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第36話・改新の詔

 天皇となった軽皇子は、蘇我大臣の時代から滞っていた制度改革を次々と進めていった。

 今までの豪族の寄合のようだった政治が、官僚制の中央集権政治に変わる。蘇我大臣が古くからの豪族や地方の反発を恐れ、なかなか進められなかった改革である。豪族とのしがらみのない軽皇子なら、天皇の名で改革を進められる。あれほどの権勢を誇った蘇我大臣が、天皇家によって滅ぼされた効果は絶大であった。

 大嘗祭を行った後、天皇は十二月には飛鳥から難波へ京を遷し、難波長柄豊崎に宮を作り始めた。新宮が完成するまでの間は難波に既にある宮で政務をとる。皇祖母や皇太子もそれぞれ難波の宮や行宮に住んだ。

「新宮が完成してからの遷都でもよろしいのでは」

 群卿たちは言ったが、天皇は急がせた。

 翌正月には新たに百官を設け、位階、官位を授けた。そして国中から集まった豪族たちを前に新法を発布し改新の詔を発した。

 中央集権国家がここに樹立したのである。ようやく玄理の念願が叶ったのだ。

「上宮様も白髪部皇子も此処にはいないけれど、上宮様の遺志は今こうして受け継がれている。これからもこの国を良くしていこうという思いは続いていく。私の力も無駄ではなかった」

 難波の宮で重々しく詔する天皇の姿が、玄理には涙で滲んで見えた。


 その夜の宴の席で、旻法師は玄理に言った。

「請安様が言っていたように、やはり中臣鎌足連はやりましたな」

 旻法師は珍しく酔っていた。

「どこで学んだか知りませんが、大胆かつ強引な大陸風のやり方で、見事に自分の思う通りになさった。内臣となったあの方がこの先どこまでやられるか楽しみで。しかし全く、唐が隋を滅ぼした時のように鮮やかでした」

「今まで蘇我氏が推し進めていた税制改革、律令や遷都をそのまま新政権で発布しただけなのに、人民は、世が大きく変わった、新しい時代が来たと受け入れる。同じことを蘇我大臣の時にやったら反発が大きかっただろうに。入鹿臣を人身御供にして結果的には成功した。見事としか言いようがない」

「驚いたのは、天皇は右大臣に気を遣われているのか、蘇我氏の功績を否定することなく、過去の天皇に仕えたことを労っていましたね。滅ぼされた人間の墓を暴き遺体に鞭打つような政権交代が当たり前と思っていた私は、ただ驚かされるばかりです」

「やり方が甘い、と皇太子は批判していたらしいが、天皇は、これがこの国やり方だ、と言ったそうだ。天皇になるまではいろいろあったが、天皇として国をまとめる人物としては存外良いのかもしれぬ」

 軽皇子は天皇の位を手に入れるまでにかなり乱暴な手を使った。しかし結果として改革が進み国が落ち着いたのだ。改革を進めるためにはそれも仕方がなかったのかもしれないと、玄理は思った。おそらく鎌足が策を案じたのだろうと推測したが、それが軽皇子の意向なのか、鎌足自身の出世のためなのかは玄理らの知るところではない。

「大変なのはこれからですけれどね。ええ、これから、平和な世を続けることが肝心です」

 旻法師は何かを予感するかのように言った。

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