第25話・生駒山の別荘
生駒山の別荘は、斑鳩宮の裏手の山から一里ほど行った信貴山の麓にある。厩戸皇子が建てた邸だ。かつて戦の時に厩戸皇子が必勝祈願をしたという信貴山の朝護孫子寺からそう遠くない。斑鳩宮よりは部屋数も少なく狭かったが、朝晩の寒さが身に堪えるこの季節、雨風防げるだけありがたかった。
上宮一族と付き従う家臣たちが別荘についた時には、すっかり陽が落ちていた。
薄暗い部屋に入ると、山背皇子と家族たちは肩寄せ合って腰を下ろした。 下男が無言で火鉢を支度した。
「どうしてこのようなことになってしまったのだろうか」
山背皇子は肩を落として呟いた。
「一体誰がなぜ私たちを」
舂米皇女も疲れた顔をしていた。
「今は理由など考えている暇はありません。これからどうするか、です」
次男の弓削皇子がぴしゃりと言った。
「これから」
山背皇子には何の考えもなかった。
「我は……我に謀反の疑いがかけられているのなら、我が処罰されればそれで済むのだろう。それでよいではないか。我ひとりの命を差し出せば、そなたら一族の者たちには類が及ぶまい。そうしよう」
「父上……」
「いいえ、そのようなこと許しませぬ」
舂米皇女がキッとして言った。
「貴方は処罰されるようなことをしていません。何も悪くないのに黙って受け入れるなど、罪を認めるようなものです。無実の罪を着せるこのような横暴を許していては国が滅びましょう」
「母上の言う通りです。父上には何の罪もない。処罰を受け入れてはいけません」
長男の難波皇子も言った。
「ならば」
家令の三輪君が言った。
「戦いましょう。こうなったら戦うしかない。上宮様の部民を召集すれば、かなりの数の軍勢となりましょう。軍勢を集めて京へ上り、悪政を滅ぼすのです」
「そのようなことをしたら」
渋る弓削皇子に、難波皇子も迫った。
「どちらが滅びるか、もうその選択しかないのです。ならば父上が君となる道を選ぶのです」
三輪君も加えて言った。
「大兄様が軍を出したと知れば、加勢する者も大勢出てきましょう。世の中には今の世に不満を抱いている者も少なくありません。大兄様がその気になりさえすれば、上宮様に恩ある者たちも、多くの者が力になってくれましょう」
「……」
山背皇子は考え込んだ。突然の出来事に翻弄され疲弊し、頭が働かなかった。
「……とにかく休もう。皆も疲れたであろう。今日のところは休んで、明日、また考えることにしよう」
翌日、下男が食糧や必要な物の調達に出かけている間、山背皇子は息子たちと話した。
「まず、どこか良い場所に陣を作りましょう。大勢の人を集められる場所を」
三輪君が言った。
「高橋宮あたりに陣を置くのもよろしいかもしれませぬと思ったのですが」
難波皇子が言った。「先ほど偵察に出した者が直に戻ると思う。もしかしたら、高橋宮も見張られているかも知れぬな」
「私は」
三輪君が言い出した。
「斑鳩寺が適当だと思います。塔から広く見渡せますし、多くの人を集められましょう」
「斑鳩寺か……」
山背皇子はまだ兵を集めることに気が進まないようだった。
「それはよい。私も賛成です。斑鳩寺は父上の寺。たしか領地の書類も置いてあったはずです。斑鳩寺を使って全国各地の領地に使いを出し、人民を集めましょう。きっとうまくいきます」
舂米皇女が賛同した。
やがて、様子を見に行っていた下男が戻った。
「付近にはまだ軍隊の姿があります。斑鳩宮の焼け跡を捜索しているようです」
「日置皇子はどうしている」
山背皇子は気になる実弟の様子を訊いた。
「宮の周りに見張がいます。皇子の屋敷の者なのか、大臣の手の者なのか、遠目でしたのでわかりません」
「うむ、おそらくいずれかの見張はいるかもしれない。近寄らなかったのは賢明だった」
もし山背皇子が無事だったら弟を頼って逃げ込むだろうと考えているに違いない。弟の宮には近付かないほうがよい、と山背皇子は考えた。
「もうしばらくここに潜んで様子を見ることにしよう」




