第01話・高向玄理の帰国
舒明十二年(西暦六百四十年)十月、小春日和の筑紫港に一艘の帆船が到着した。
船は新羅からの朝貢船であった。新羅の大使が貢物を持って来日したのだ。
着港した船から降りてくる新羅人に混じって、一人の壮年の男がいた。
男の名は高向漢人玄理。端正な顔立ちの学者風のその男は、唐の服を着ているが、日本で生まれ育った帰化系日本人である。
今から三十二年前の推古十六年(西暦六百八年)天皇と皇太子厩戸皇子の命を受け、玄理は留学生として隋の国へ渡った。今日まで一度も帰国することなく、隋、そして唐で勉学に励み、暮らしていた。
三十二年ぶりに日本の土を踏んだ玄理は、ゆっくりと辺りを見回した。
「本当にここが日本なのだろうか」
彼の記憶にあった日本とは同じようで全く違った。懐かしさは全く込み上げてこなかった。初めての土地に足を踏み入れた気分だった。何しろ、彼が大陸へ渡るためにこの港を出たのは十八歳の時、三十二年も前のことなのだから。
「どうした」
一緒に帰国した留学生仲間の南淵請安が横に立っていた。
「ようやく故郷の国に帰ってきたのに、何も懐かしさを感じない。まるで初めての土地に来た気がする」
「俺も同じさ」
請安が慰め顔で言った。
「何の感慨もない。帰ってきても俺を待つ人間は誰もいないのだからな」
玄理が帰国を決意した時、請安は「唐にいても、これ以上自分の為すべきことがない。どこへ行っても同じならば、日本へ帰るのも良いかもしれぬ」と、玄理と共に船に乗った。
玄理らの身上を知った筑紫の役人は大層驚いて、飛鳥京へ早馬を出した。まさか三十二年前の遣隋使が突然帰ってきたとは誰も思うまい。
玄理らを乗せた船は、筑紫で休息し食糧などの補給を済ませると、瀬戸内海へ入り幾つかの港を経由して難波津へ着いた。難波津で外洋用の帆船から小舟に乗り換え、大和川を遡って飛鳥京へ向かう予定である。
難波津は自分が旅立った時とはずいぶんと景色が変わっていた。土地が広く切り開かれて建物も増え、人も増え、交易が盛んらしく聞き慣れた大陸の言葉が行き交っている。
「ずいぶん難波津も大きくなったな」
請安も流石に感じるところがあるように見えた。
「我々がこの国を出てから、さぞこの国も発展したことだろう」
玄理は頷いた。
玄理らが遣隋使として大陸へ渡ってから、多くのことが起きた。
隋の国に渡った玄理が必死で勉強し、そろそろ帰国を願い出ようかと考えていた十年目、あれほど強大だった隋が滅び、新しい国、唐が成立した。
隋の皇帝や高官は殺され、国内はずいぶん混乱した。勉学を学びながら隋の官邸で仕事をしていた玄理も身の危険を感じたが、日本からの客であることが幸いし、唐国の政治が安定するとそのまま唐の官人として勤めることができた。
官人として勤めると、玄理は唐の国がもっと大きくなっていくのを見てみたいと思うようになった。ちょうどその頃、玄理は唐の女性と知り合い、そして結婚した。玄理は妻を愛していたし、子供も生まれ幸せだった。このまま唐で一生を終えても構わないと玄理は思っていた。ただひとつ、故郷の年老いた両親だけが気がかりであった。
一方、日本では、皇太子であった厩戸皇子の下で順調に国家の制度作りが進められていったが、厩戸皇子が死ぬと、それも停滞した。同時に遣唐使の派遣も中断し、やがて高齢だった大臣蘇我馬子、天皇が相次いで死に、次の天皇が決まって国が落ち着くまでの間、唐への送使はなかった。
遣唐使が再開したのは、田村皇子(たむらのみこ=舒明天皇)が即位した翌年、今から八年前のことだ。その返使と共に、玄理の留学生仲間、旻法師らは日本へ帰った。
玄理も一緒に帰らないかと誘われたが、病気がちの妻を日本へ連れて行くのは困難だと考え、玄理は断った。
今回、玄理が帰国を決意したのは、三年前に妻子が流行病で相次いで死んだからである。
「年老いた両親にひと目、成長したこの姿を見せたい」
そう思った玄理は唐の皇帝に帰国を願い出た。しかしその後、一向に日本から遣唐使が送られて来なかった。それで、定期的に日本に遣いを送っている新羅へ行き、新羅の大使と共に日本へ帰ることにしたのである。
難波には京からの遣いが来ていた。迎えの役人が到着するまで、難波の宿で休むようにと指示があった。
そこで玄理と請安は、京へ上る前に、日本の現状を知るべく難波にて情報収集をした。
唐の国内でもここへ来るまでにも大まかなことは聞いて知っていた。玄理らが日本を発った後、国は皇太子厩戸皇子の下で改革が進み制度が整い、目覚ましく発展した。厩戸皇子が天皇になれば人々の暮らしはますます良くなって国は栄えていくのだろうと思われた。
しかし、天皇より先に皇太子が薨去した。その後、天皇が代わっても政治の大きな変化はなかったが、ただ新しい天皇は病気がちで、代わって蘇我大臣が国を動かしているようだ、ということだった。
玄理らは、難波の宿で、祖父が宮仕えをしていたという若い役人と出会った。
「天皇はどのようなお方なのですか。亡き天皇の御子なのでしょうか。私が国を発った時は上宮様が太子だったものですから」
役人は京から派遣されたばかりだった。
「三十年ですものね。随分変わりましたでしょう」
彼は育ちの良さそうな屈託のない笑顔を向けた。
「天皇は、亡き他田天皇(=敏達天皇)の孫皇子にあたられます。祖父から聞いた話ですが、先の小治田天皇(=推古天皇)が薨去された後、次の天皇を決めるのに、ずいぶんと時間がかかったそうですよ。上宮様の大兄、山背皇子か、それとも他田天皇の大兄であられた彦人皇子の御子、田村皇子か、群臣の意見は二つに割れたと聞いております」
「彦人皇子……誰だったか」
微かに聞き覚えのある名前だが、誰だったろうか。
請安を見ると彼は首を横に振った。
「俺は能力のある人間しか覚えていない」
「彦人皇子は、他田天皇の大兄皇子であられたお方です。なんでも、大兄皇子でありながら、蘇我大臣と血縁でなく縁戚関係も築けなかったから太子になれなかったお方だそうです。それで、蘇我大臣の娘を妃にした上宮様が太子になったのだ、と聞いております。田村皇子はその彦人皇子の御子で、彦人皇子が亡くなられた後、小治田天皇が、まるで血の繋がった本当の孫のように可愛がっておられたとか」
そういえば、山背皇子の母親は、大臣蘇我馬子の娘だったはず。玄理はだんだんと記憶が蘇ってきた。
「でも、なぜ、蘇我大臣の血縁の山背皇子でなく」
「それなんですが」
役人は声をひそめて言った。
「田村皇子のお妃は、今の大臣、蘇我毛人大臣の妹君なのです。しかも第一皇子を産んでおられる。一方で山背皇子は大臣の甥でありながら、蘇我氏の血縁の妃を持っていない。ちょうど、以前の彦人皇子と上宮様の時と、立場が逆になってしまったような具合なのです」
「なるほど。それで、蘇我大臣が田村皇子を推し、決まった、と」
「ええ、その通りです。天皇には、お后との間にも皇子がおられるのですが、先に生まれた皇子、蘇我大臣の甥にあたられる古人大兄皇子がいずれ皇太子として立てられるだろうと言われています」
そんな経緯で天皇となった田村皇子だが、ここ数年は体調が思わしくなく、度々静養に出かけ京を離れている日が多く、ほとんどの政を大臣に任せているという。どちらが天皇だかわからないと陰で言う人間もいるらしい。
「蘇我大臣には逆らわないほうがいいですよ」
と役人は最後に言った。
そんなことはわかっている、と玄理は心の中でつぶやいた。
自分がこの国を出た時だって、蘇我氏に逆らう者は天皇でさえ滅ぼされると言われていたのだ。それが、厩戸皇子が皇太子になってから力関係に変化が起き、皇太子中心に政が行われるようになったのだが、結局元に戻ってしまったか。
元々、高向氏は漢王族の子孫が日本に渡り帰化した東漢氏の配下にある一族だ。東漢氏は優れた技術と武力と持ち、時の権力者の下について地位を確立してきた。蘇我氏が台頭してきてからは蘇我氏の下で働いてきた。蘇我氏が滅びない限り、我ら高向氏一族は蘇我氏について行くのだ。逆らうことなど考えられない。逆らう必要などないだろう。自分は権力者に逆らってまでこの国でやり遂げたい何かがあるわけでもないのだ。
今まで大陸の国で、権力者に逆らった人間の行く末を多く見てきた玄理は、そう思いながら、遠く窓の外の赤く染まった山々の向こうを眺めた。
・ ・ ・
新羅や百済の遣いが難波の館で接待されている間、玄理らは一足先に飛鳥からの迎えの役人と共に、乗り換えた小舟で飛鳥京へと大和川を上って行った。玄理がこの国を出た時には、この水路を下って難波へ向かったのだ。
舟から見る河岸の紅葉が美しい。
玄理は初めて日本に帰ってきた気がした。
しばらく行くと、前方に寺の塔が見えてきた。
「あ……」
斑鳩の地、厩戸皇子の宮に隣接して建てられた斑鳩寺の五重塔である。玄理は三十二年前にも同じ塔を見た。
遣隋使として派遣されることが決まった三十二年前、出立の挨拶に訪ねた斑鳩宮。そこで上宮太子の言葉を聞いたのだ。
「我と共に国の礎となれ」
希望と不安とを持った玄理に、重く響いた太子の言葉。
自分は大陸で多くのことを学び、持ち帰り、上宮太子と共にこの国を作るのだ。
そう決意した十八歳の夏。その時に見た色鮮やかな斑鳩寺の塔が、今でも瞼の裏に浮かぶ。
「だいぶ色褪せてはいるが、この壮厳さは今も変わっておらぬ」
突然、玄理の中に懐かしいという感情が湧いた。
「斑鳩には上宮様の御子、山背皇子が住んでいると聞いたが。なんだか取り残された古の京のようだな」
隣に座る南淵請安がさほど興味なさそうな声で言った。
「落ち着いたら一度ご挨拶に伺いたい」
「今の天皇になってからは、上宮家は政治の中枢から遠ざかっていると、難波の役人から聞いたではないか」
「政治的な話ではない。上宮様に恩があるのだ」
玄理は、背後に遠ざかる斑鳩寺の塔を眺めなから「この国にもいろいろあったのだ」と呟いた。