第16話・皇后宝皇女
十月十八日、舒明天皇の百済宮の北に殯の宮が設けられ、それから数日後、大臣の邸で再び会議が開かれた。
大臣蘇我毛人が最初に言った。
「空位が長く続くことは好ましくない。早急に次の天皇を決めたいが、亡き天皇の皇子、古人皇子、葛城皇子、共にまだ年が若すぎる。そこで、皇子たちが成長するまでの間、皇后に立っていただこうと思うのだが、皆はどうだろう」
阿倍臣とは既に話がついていた。軽皇子と通じている阿倍臣の、皇后を中継ぎに立てたら、と言う提案を毛人が受け入れたのだ。
「ほお、皇后とは」
「確かに小治田天皇という前例もある」
「しかし、その小治田天皇は、そうしている間に太子が先に薨じたではないか」
「それをふまえて、最初から期限を決めてしまえばよいのだ。例えば五年。五年後には譲位する、と」
「五年後……」
五年たっても葛城皇子は二十一か二歳、かたや古人大兄は三十歳を越え、ちょうど良い年齢になる。明らかに蘇我氏の血縁の古人大兄を立てようとしている意図が見え見えだ。それを皆が警戒している。
「そのようなことをするよりも、やはり山背皇子に立っていただくことがよいと思いますがな」
山背皇子贔屓の豪族が言った。
「確かに、山背大兄は立派な方。だが、少々お歳を召し過ぎているのでは」
毛人が穏やかにそう言った。
「ならば山背皇子の御子でも良いではないだろうか。確か古人大兄より幾分年長だったと」
「それが問題なのです」
突然、入鹿が大きな声で言った。
「今、山背皇子が立つと、上宮王家には山背皇子の弟君も御子もおられる。そうなると、次の代には田村皇子系の王家と上宮王家、二つの王家ができてしまうのです。二つの王家が存在するのは世が乱れる因となりましょう。父と私はそれを案じているのです」
入鹿の正論は、群卿全員を黙り込ませた。
「ううむ、まあ、確かに、そういうことがあるかもしれぬような」
それまで山背皇子を支持していた者も、もう反論することはなかった。




