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第14話・葛城皇子と鎌足

 その後も天皇の体調は良くなり悪くなりで安定しなかった。

 そんな夏の終わり頃、葛城皇子が飛鳥寺の庭で蹴鞠の催しを行うことになった。優れた者には葛城皇子から褒美が与えられると、若い貴族豪族の子弟の間で話題になった。十六歳となる葛城皇子も自ら蹴鞠に参加するという。

 葛城皇子の主催する催しは以下の通りだ。

 参加者をくじ引きで六人ずつの組に分け、それぞれの組ごとに輪になり、鞠を回しながら蹴る。鞠を落とさず何度蹴り続けられるか、回数の多い組の勝ちとなる。勝った組には葛城皇子から褒美が与えられ、さらに、優秀な個人にも特別に褒美がある。

「どのような褒美がいただけるのだろう」

「いやいや、褒美などどうだっていい。葛城皇子の覚えめでたくなれば」

 皆、この機に乗じて天皇の第二皇子の葛城皇子に近付こうと思っていた。

 催しに集まった若者の中に、中臣連鎌足がいた。鎌足は競技に参加せず、葛城皇子を含めた最初の組が輪を作ると、回数を数える見証として輪の外側に立った。

「やあ、鎌足は蹴らないのか」

 輪の中から佐伯連子麻呂が声をかけた。

「いやいや、私はみなさんの足を引っ張るだけですから」

 その会話に気づいた葛城皇子は、側にいた舎人に訊いた。

「あの見証は誰だ。見ない顔だが」

「は、中臣連鎌足様のことでしょうか」

「中臣、鎌足……」

 皇子は、聞き覚えのあるその名を思い出した。

「あれが、入鹿より頭が良いと言われている中臣連か……」

 やがて準備が整って、皇子の組が蹴鞠を始めた。

 皇子は、鎌足の様子を窺いながら鞠を蹴っていた。

 皇子のところへ鞠が回ってきた時、皇子にふとある考えが浮かんだ。

「えい」

 皇子は鞠を蹴ると同時に、わざと自分の革の靴を鎌足めがけて飛ばした。

「やあ、しまった」

 皇子が言うか言わないかのうちに、鎌足は靴を拾い、自分の上着の袖で土埃を払うとすかさず皇子に駆け寄った。

「どうぞ、皇子」

 そう言って皇子の前に跪き、片膝を立てた袴の上に靴を置いた。

「うむ」

 皇子は遠慮もなく靴に足を入れる。

「そなた、名はなんという」

 鎌足は跪いたまま答えた。

「は、中臣連鎌足と申します」

「中臣連鎌足、服が汚れてしまったな。後で代わりの服を取りに宮へ来るがよい」

 皇子はつっけんどんにそう言うと、顔を上げて皆に言った。

「我は抜ける。皆はそのまま続けよ」

 皇子は踵を返して庭に作られた休憩所に向かった。

 皇子の後姿を見送る鎌足に、背後から声が聞こえた。

「鎌足連はうまいことやったな」

「軽皇子についで葛城皇子にも取り入ったか」

 鎌足が皇子たちに近付くのをやっかむ人間もいる。

 だが、鎌足は思っていた。

「何も行動を起こさず、言うだけの人間には何の成果もないのだ」


 翌日、鎌足は葛城皇子の宮へ呼ばれ、汚れた服の代わりにと布を賜った。

「そなたは蹴鞠はやらないのか」

 葛城皇子が問うた。

「少しはやりますが、体を動かすことはあまり得意ではありません」

「そうか。では何が得意だ」

「胸を張って得意だと言えるような技は持っておりません」

 勉学だという答えを期待していた皇子は、どうしたものかと考えた。

「ふうむ……。では、そなた、碁はやるか」

「はい。碁でしたらよく打ちます」

「ならば一局」

 碁盤を前にして、鎌足は考えた。

 鎌足は囲碁が得意であった。幼い頃に母から習って以来今まで誰にも負けたことがない。葛城皇子のご機嫌を取るだけならわざと負ければよいのだが、ここは本気で打つつもりでいた。皇子が負けた時にどのような態度にでるのか、皇子の性格を見極める策に出ようと考えた。

 勝負は早くについた。

「そなたは強いな」

 葛城皇子の完敗だった。

「我も、強いほうだと言われているが、そなたには敵わぬようだ」

 葛城皇子は、皆が皇子相手に手加減していることを知らなかった。

「そなた、我が叔父上と親しいそうだな」

「親しいなど恐れ多うございます。宮への出入りを許されているだけにございます」

「どうだ、叔父上と我とどちらが強い」

「今は、軽皇子のほうが上です」

「はっきり言う」

「軽皇子が碁を始められて何十年、かたや葛城皇子はまだ数年、経験が違いまする。今は軽皇子のほうが実力が上なのは当然のこと。ただこの先、皇子がどれほど上達するかは皇子次第です」

「ふん。まあよい。ところで、そなたが叔父上を天皇に推していると女官たちの間でもっぱらの評判だぞ」

「は」

「叔父上は本当に天皇になれると思っているのか」

「もちろんでございます。軽皇子は次の天皇にふさわしいお方と」

「ふうん……。そなた、これからも我が宮に来るがよい。碁をしよう」

「それは」

 鎌足は顔を曇らせた。

「嫌か」

「皇子は聡明なお方、私も正直に申しましょう」

「なんだ」

「皇子は軽皇子とはお立場が違います。まずそのことを御自覚なされた方がよろしいかと」

「わかっている」

「いいえ、わかっておられません。皇子と軽皇子との違いとは、葛城皇子が古人大兄の即位の障害となることです。今まだ、古人大兄が適齢となるまでに時間がございます。もしかすると中継ぎが必要になるかもしれませぬ。軽皇子はその候補として考えられています。軽皇子なら適当な時期に古人大兄に譲位するのも考えられます。でも、葛城皇子は違います。古人大兄よりお若い。葛城皇子が古人大兄から天皇の座を奪うのではないかと誤解されましょう」

「そうか、なるほど……そうかもな」

「世の中には、私が皇族の方々に近付くのを快く思わない者がいます。一部の豪族は、軽皇子の宮に出入りしているのを苦々しく思っています。そこで今、私めが葛城皇子にも近付いたらどう思われます。おそらく皆、軽皇子と私が、葛城皇子を天皇にしようと企んでいるのではないかと疑いましょう。噂されるだけでも古人大兄や蘇我大臣が警戒します。皇子のお立場が悪くなるかもしれませぬ。どのような災難が降りかかるやも」

「ううむ……」

 葛城皇子は押し黙った。

「皇子は南淵請安という学者をご存知ですか」

「唐国から帰国した学者でして、稲淵の庵で塾を開いています。私は時々講義を聴きに行っておりますが、とても興味深く勉強になります。皇子も一度、行かれるとよろしいかと思います」

「ふうん」

「私はそこにおります」

「……」

 しかし、葛城皇子が中臣鎌足に会いに請安の塾へ行く前に、天皇が薨去した。

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