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第12話・上宮太子妃という名-1

 玄理は橘王へ、先達ての桃見の宴に招かれたお礼の文と共に、唐から持ち帰った書物を白髪部皇子へと贈った。

 それに関して皇子からの質問に答えたり、宮を訪ねたりしていくうち、やがて皇子から師のように慕われるようになった。

 

 六月のある蒸し暑い日、玄理は白髪部皇子の宮を訪問した。白髪部皇子に子供が生まれたと聞き、お祝いを贈ろうとしたのだ。

 宮の門で暫し待たされた後、玄理は白髪部皇子の宮ではなく、その奥にある橘王の宮に案内された。

 そこで出迎えたのは橘王ひとりだった。

「白髪部皇子は斑鳩に行っていて留守をしています。せっかくお祝いに来てくださったのに」

 白髪部皇子の妻は山背皇子の娘だという。両親と同様、彼らも政略結婚なのだが、夫婦仲は良く、白髪部皇子は頻繁に斑鳩の妻の元へ出かけているそうだ。

「ご夫婦仲睦まじくいらっしゃるのは大変よろしいことです」

 皇子が留守なら下女に伝言を預からせればよいのに、わざわざ橘王の宮へ案内させたことが玄理はなんとなく嬉しかった。

「私が山背皇子を訪ねないから、その分、白髪部が気を使っているのかもしれませんけれど」

 そう橘王は嫋やかに微笑んだ。品の良い藤色の衣が彼女の奥ゆかしさを引き立て、よく似合っていると玄理は思った。

 生まれたのは皇女だということだった。橘王の娘、手嶋姫王てしまのひめみこも既に子を成しているが、やはり皇女だという。手嶋姫王が古人大兄皇子の正妃だということは初耳だった。ということは、古人皇子が天皇になったら、手嶋姫王が皇后となるのだろうか。

「早く皇子が生まれればよいのですけれど、こればかりは天の思し召し」

「白髪部皇子は亡き上宮様によく似ておられます。先が楽しみですね」

「上宮様が身罷られた時、あの子はまだ幼かったのでほとんど父親のことを知りません。ですから、私や山背大兄たちが上宮様の教えを伝えてきました。私が祖母から教育されたように、私も二人の子に立派な大人になってくれるよう育ててきました。上宮家の子として恥じぬような人間になって欲しいと願っています」

 そう話す橘王に、玄理は感銘を受けた。

 この姫王は上宮様のお妃として最もふさわしい御方だったのだ。

 玄理は、厩戸皇子と橘王が天皇皇后として並ぶ姿を見られなかったのを口惜しく思った。だが、そうなっていたら自分はこんな風に橘王に近寄ることなどできなかった。

「そうそう、高向臣は中臣鎌足連を知っておられますか」

 玄理は意外なところで鎌足の名を聞いて少し驚いた。

「まだお会いしたことはありませんが、名前は存じております。なんでも大層優秀な人物だとか」

「そのようですね。白髪部皇子も言っておりました。最近、旻法師の学堂で親しくなったとか。皇子も影響されて見識が広がるとよいのですが」

 そう言ってまた嫋やかに微笑んだ。


 邸に帰った後、玄理は心が揺さぶられていた。

 若き日、自分のこの頭脳を上宮様が認めてくださり一緒にこの国を作って欲しいと言ってくださった、その感激。一生忘れまいと思っていたのに、それも最初の十年だけ、隋が滅び自分の生活の不安を感じるようになると後はただ、日々を生きるに精一杯となった。いつ日本へ帰れるかもわからず、若き日の理想も夢も大望も年を重ねるごとに忘れていった。

 自分はこの国を良くしていこうと思っていたのではないか。それとも上宮様がいなければそれもできないのか。

 玄理は決意した。

 上宮様の役には立てなかったが、もしも白髪部皇子が天皇となる日が来るなら、その時は全力で支えよう。その前に自分の命が尽きるかもしれなくとも、いつか天皇となる白髪部皇子に今の自分の全てを注ごう。

 ・ ・ ・ 

 蘇我毛人は日々の仕事の合間、時に玄理の学問所の様子を見にきた。そんなある日、毛人が何気なく言った。

「近頃、白髪部皇子に学問を教えておられるようですね」

 毛人が常に自分を見張っているのかと一瞬間心が翳ったが、玄理は何食わぬ顔で答えた。

「ええ、とても勤勉なお方であらせられて前途が楽しみです」

「全くあのお方ももっと上手く生きればよろしいものを」

「? 」

「昔、今上天皇がまだ皇子であられた頃、もし位につきたいのなら皇女を妃に持つ必要があり、釣り合う皇女を探しておられたことがありましてね」

 まさか。

「私は、橘王はどうかとお勧めしたことがあるのですよ。上宮様が身罷られた後もずっとお独りでいらっしゃったので。でも、彼女の後見でもあった小治田天皇が首を縦に振りませんで。結局、同じような境遇だった今の皇后に白羽の矢が立ったわけですが、あの時、橘王さえ望めば今頃は皇后となっていたかもしれませんのに、なんとも」

 何の悪気もなさそうに橘王の下世話な噂話をする毛人に、玄理は少なからず不快な気持ちを感じた。

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