第11話・蘇我入鹿
玄理は律令制度の作成に携わる傍ら、役人たちに大陸文化や学問を教えた。
大臣毛人も入鹿も、律令の草案作りについて、口で言うほどには急いではいないように見えた。新法を発布するのは今の天皇ではなく古人皇子の世になってから、と考えているようだった。毛人は、皆に学問を教えることに多く時間を割くようにと玄理に言った。
一方、入鹿は教授にそれほど力を入れなくてもいいと言う。
「人には得手不得手がありますから、無理に教えなくともよろしいかと。大勢に教えるのは高向臣にとっても負担になりましょう」
人に教えるのは玄理には向いていない、と言いたげだった。
目上である玄理に対する入鹿の口調は丁寧だったが、どこか慇懃無礼な印象を玄理は受けた。彼の心底にある傲慢さなのか、それとも誤解されやすい人柄なのか、玄理はまだ判断できなかった。
入鹿は、大陸情勢について詳しく知りたがった。
「幼い頃から、任那を奪った新羅を信用してはいけない、任那を取り戻すことが天皇家の悲願である、と聞かされてきました。今でも年長者は事ある毎に新羅討伐を言い出します。しかし我は、外征より国内を統一することが今は重要だと思っています。律令と税制度を整備し国中に浸透させることが先決。隋はそのような時期に外征に力を入れすぎて滅びたのだと聞いていますが」
「その通りです。民が新制度に戸惑っている時期に兵を召集するのは世に混乱を招きます。そもそも私は大陸の国々と争うべきではないと思っています。かつては敵同士だったとしても、今は新羅がこうして我が国に朝貢してきている以上、反目し合うことはお互いの利益にならないし、昔のように新羅を討伐しようとしても、新羅は唐に援軍を求めましょう。任那に関しては天皇のお考えもありましょうが、それはこれからも話し合いで解決していけばいいと思います。この国はまだまだ大陸の国から学ばねばならないことがたくさんあります。今すべきは争うことではなく、互いの利益になる交易を盛んにすることだと思います」
「ではこの先、どの国と交易することがこの国にとって有益とお考えですか」
「まず唐。唐は学問や文化、仏教も全てにおいて日本より先に行っています。唐には、我らが聞いたこともない大陸の国々から様々なことが入ってきているのです。上宮様の時代に隋と国交を結んだのは、本当に幸いなことです。半島の三国も唐から学んでいます。半島の国と争えば、半島経由で入ってくる唐の文化を学ぶことが困難となります。この国は最も百済と親しくしていますが、一方で新羅には今、勢いがあります。高句麗も強大な国ですし、三国は牽制しあっています。三国共うまくやっていける方向でいいと思います」
「唐は半島の国を征服するつもりは」
「今のところ無いと思います。隋の時代、数回に及ぶ高句麗への出兵は失敗し、それは国が滅びる遠因となりました。唐は、今は属国として三国を従わせているほうが楽だと考えているのではないでしょうか。大陸の北の国からの侵略や、西、南の国々のことも考えねばなりませんから、恭順の意を表している三国にかまっている余裕はないのかと」
「なるほど、勉強になります」
入鹿は玄理が思っていた以上に国際感覚がしっかりしているようだった。
冷静に柔軟な考えを持ち、一方で権力で強引に押そうとする入鹿という人物、その本質が玄理にはよく掴めなかった。




