第2話 「校内で噂になっても知らないデスヨ~♪」
文化祭まで残り2日。
今日も文化祭の準備で慌ただしい時間が流れた。
その甲斐もあってうちのクラスは衣装の最終調整や装飾の追加、メニューの味調整と細かな部分の残すのみ。再び慌ただしい時間が流れるのは文化祭当日になるだろう。
故に今日は居残りの作業はなく、クラスメイト達はすでに下校または部活へ行っている。
じゃあ俺は何をしてるかって?
それはだな、今もぼんやりと窓から外を眺めているよ。
「……ひどい雨だな」
昼頃から降り始めた雨は今も絶え間なく降り続いている。
今の俺を誰かが見れば、傘を忘れて帰れないのでは? と思うかもしれない。
だがそれは違う。俺は傘を持ってきている。ちゃんと天気予報を見てから登校したから。
でも遅刻しそうになったんだよね。
それは矛盾してないか? と突っ込まれそうだが答えは簡単さ。金髪メガネな幼馴染を迎えに行ったら見事に寝坊されただけだよ。
ここ最近は毎日迎えに行ってやっているわけだが、今日は特にひどかった。あまりに出てこないから部屋まで乗り込んで叩き起こしたし。高校生なんだからひとりで起きて欲しいよね。
そもそも、普通こういうことって俺が起こされるべきだと思わない?
朝から自分の部屋に制服姿の女子がってシチュエーションなら夢もあるけど、その逆って男としては微妙だしさ。
いやいや女子の部屋は入れるなら夢あるじゃん!
と思う者も居るかもしれない。確かにそれは認めよう。女子の部屋というのは男だけなく、場合によっては女であっても魅力的な空間だ。
だがしかし、それは憧れや想いを寄せている相手ならだろう。
俺が入ったのは長年付き合いのある幼馴染の部屋。部屋のどこを見てもフィギュアや漫画、ラノベやプラモデルと二次元が目に入る。女の子らしい部分なんてカーテンやベッドの色合いくらいで……こんな部屋に入ってもドギマギしたりしない。
「…………あと30分で下校時間か」
うちの下校時間は19時。冬場や悪天候の日などは早まったりするが、今日は雨が降っているが台風が来ているというわけではない。下校時間は19時のままだろう。
ただ、今の時期は申請しておけば文化祭の準備で21時まで残ることが出来る。
お前のクラスって今日は何もないんだろって? はい、そのとおりですよ。だから俺はあと30分で下校しなくちゃなりません。
傘もあって居残る理由がないのに何で居るのか分からん。
そう思う方は先ほど説明した朝のことを思い出してもらいたい。
別にじらすこともでないから正解を言ってしまうが、俺はシャルを待っているのだ。朝バタバタしていたあいつは傘なんて持ってきてないだろうからな。
何で傘を持って行くように言わなかったのかって?
バカ言わないでくれ。そんな暇がないくらいマジで切羽詰まっていたんだ。朝から全力疾走とかマジ勘弁。今が文化祭の時期で助かったよ。まあ文化祭の時期だからこそあのメガネが遅刻したとも言えるんだが。
「毎度のこととはいえ張り切り過ぎなんだよな」
それにひとつのことに熱中すると時間を忘れて打ち込む。
悪いこととも言えないが、毎日のように睡眠時間を削ってるだけに体調はふとしたことで崩れるだろう。
文化祭は準備もだが何よりも当日楽しんでなんぼ。今体調を崩せばほぼ間違いなくシャルは文化祭に参加できない。
そうなってはシャルクラスメイト達も引っ掛かりを覚えながら文化祭を過ごすことになるのではないか。
その手の事態を防ぐためには、俺が見張りとなって下校時間には帰らせ、しっかりと睡眠を取らせなければならない。
もしも家で作業をしそうな雰囲気があれば、最悪あいつの家に泊まることも辞さない。理由を話せばシャルの両親は快諾してくれるはず。
「……さて」
そろそろシャルのクラスに行くか。
シャル以外に誰か居ればからかわれたりするかもしれない。自ら進んでからかわれたいとは思わないが、まあその手のことは小中に散々あった。
何よりシャルの健康を考えれば、他人にどうこう言われるくらい安いものだ。身近な人間が弱っている姿なんて見たくはない。
かばんを手に取ると電気を消して教室を後にする。
焦る必要もないのでゆっくりとシャルのクラスへ歩いていく。だが物音は聞こえてこない。
複数人残っているなら話し声くらい聞こえても良さそうだが……シャルだけ残って無言で作業しているのだろうか。
その疑問はシャルの教室を覗き込んだ瞬快に解決する。
「……すぅ……すぅ」
教室の中に居る生徒はただひとり。窓際の席に座って机に突っ伏している。
体調が悪いのかと心配にもなる光景ではあるが、規則正しく呼吸しているようなので大事はないだろう。
まあ突っ伏しているのがシャルだからというのが最大の理由ではあるが。ここ最近ずっと寝不足だったことを考えれば、寝ているとしか思えない。
「やれやれ」
実に気持ちよさそうな寝顔だ。
おそらく誰かが起こさなければ、このまま明日の朝まで寝てしまうのではないだろうか。そう思えるくらいぐっすりと眠っている。
メガネを外してるってことは少し休憩しようとしたんだろうな。今の状態なら寝落ちするって分かりそうなものなのに。
どうせ寝るなら家で寝た方がいい。家で寝させるにはさっさと起こして帰るのがベスト。それは俺も分かっている。
ただ……シャルの頑張りを知っているだけにもう少しだけ寝させてやりたい気持ちにもなる。
「……寝ぼけたまま帰って怪我でもされたら面倒だよな」
そう自分に言い訳しながら適当にかばんを置き、そのへんからイスを借りてスマホを取り出しながら座る。
先に帰った雨宮や最近会っていない景虎さんからメッセージが届いていた。雨宮はともかく、景虎さんって本当よくメッセージ飛ばしてくるよね。
根が構ってちゃんみたいだから仕方がないことかもしれないけど、誰だってひとりになりたい時間がある。付き合いたての彼氏彼女でもないんだし。
まあ意外と顔文字とか使ってくるから可愛らしくはあるんだけど。あの見た目であの言動だからギャップを感じるのも仕方ないよね。
ふたりに返事をした後はICOの攻略サイトを覗いて時間を潰す……つもりだったのだが、ふたりとも返信が早過ぎてそれどころではない。
何なの暇なの? 暇を持て余してるの? 暇ならICOでもやってなさいよ。あなた達は最強のプレイヤーでしょ。その地位を守るためにも腕を磨こうよ。
このままではエンドレスな気がしたので、勇気を持ってスマホをポケットに仕舞いました。返事は家に帰ってからしましょう。未読が数十件とかなったら恐怖を感じそうだけど、そのときはそのとき……ということにしよう。
「すぅ……すぅ……シュウ…………デュヘヘヘ」
……ねぇ、今のは寝言だと思う?
俺の名前を呼ぶところまでは良いよ。よく会う仲だし、夢に出てきてもおかしくないから。でもそのあとの笑いはアウト。普通の人はデュヘヘヘなんて笑い方しないもん。仮にしたとしてもその笑い方は女の子としてアウトだと思う。
「お前、本当は起きてるんじゃないのか?」
そう言ってシャルの頬を突いてみるがこれといって反応はない。
熟睡しているならこの無反応も分かるが……シャルの性格を考えるとフェイクという可能性を捨てきれない。
だがそれ以上にとある思考が脳内を駆け巡る。
この子、今の体勢で寝て苦しくないのかな?
いくら両腕を枕にしているとはいえ、机に突っ伏している関係上グレートなお胸は圧迫されている。ブラジャーのサイズが合わないと胸が締め付けられて苦しいって話は聞くし、人並み以上のお胸をお持ちのシャルさんはこの体勢苦しい気がするんですが。
というか、マジでデカいよねシャルさんの胸。今はまだ大丈夫だけど、さらに成長すると高校在学中に胸のボタンがドーン! ってなるんじゃないかな。
クオリティの高いコスプレ衣装が近くに置かれているというのに、それを着た女子を想像するよりも幼馴染の胸に関して考えてしまう俺はかなりのおっぱい星人なのかもしれない。
でもこれだけは言わせて。
健全な高校生としては間違ってないと思う。性欲のある男なら間違ってないと思うの。だって僕も男の子だから!
「しかし……」
寝込みを襲う勇気は俺にはない。
そもそも襲うこと自体アウトではあるんだけど、多分シャルなら俺が触ったところで怒りはしないはず。前に触った時も何事もなかったし、シャルの方から誘ってきたことだってあるわけだから。
でもさ、それはシャルがちゃんと意識があるときだったわけですよ。だから意識のない(と仮定する)今触るのは卑怯っていうか。触りたいなら意識のある時に堂々と言うべきだと思うんだ。
だって同意の上なら何も問題ないから!
……はい、すみません。そろそろ健全な思考に戻りたいと思います。このまま考えていたらもうひとりの俺が覚醒するかもしれないし。寝起きにそれを見られたら不味いし。
「………………何か」
前にもこんなことがあった気がするな。
何だと!? 前にもシャルを襲おうとしたことがあったのか!
と思った方、違うので落ち着いてください。そういう意味ではありません。シャルの寝顔を見てそう思っているだけで、性的な意味では言っていません。
……とは言ったものの俺はいつの寝顔と重ねているのだろう。
シャルの寝顔なんてこれまでに散々見てきた。だってガキの頃からの付き合いだし。ただよく見る寝顔と今の寝顔は微妙に違うわけで……
「……あ」
そうか、あのときの寝顔に似ているのか。
あのときじゃ分からんという人のために説明すると、シャルが日本に来て小学校に通い始めた頃のことだ。
この頃のシャルは、まだ日本語での会話どころか読み書きも苦手だった。
また今とは違って内気な性格をしていたため、学校で話せる相手は俺くらいのもの。だから必然的に親や教師からはシャルのサポートを頼まれ、今以上にシャルと一緒に居た気がする。
それが嫌だったとかそういうことはない。ただ、子供は時として残酷だ。
遊び半分で俺とシャルの関係をからかう者が居た。だがこの頃、その標的になったのは日本語に不自由だったシャルではなく俺。恥ずかしさはあったものの俺が我慢すれば良いだけの話だった。まあ今でもたまに似たようなことでからかわれはするし、いちいち気にしていては身が持たない。
問題だったのは日本語を上手く話せないこと、読み書きができないことを責める輩だ。
俺は一度その手の輩とシャルの目の前で盛大にケンカしたことがある。
ガキ大将な上級生にその取り巻きふたり。取り巻きはまだしも上級生とは明確な体格差があったというのによくケンカしたものだ。今思えば小さい頃の俺の正義感ハンパねぇ。
「その後くらいか……」
こいつがそれまで以上に努力するようになったのは。
学校でも家でも日本語漬けの毎日。いつも手の小指側は黒ずんでいた。時には体調を崩してしまって寝込むほど、寝る間を惜しんで勉強していた。
この頃のシャルはおそらく自分が日本語を話せないから、日本語の読み書きが出来ないのがいけないんだ。このままだとまたシュウがケンカする。またシュウが怪我をしてしまう。子供ながらにそう思ったのだろう。
今でこそあんなノリだが、シャルは責任感の強い子だ。だから何か任せられると頑張る。頑張り過ぎてしまう。
だから俺が止めてやらないといけない。今見える寝顔があの頃に見た寝顔に似ていると分かるのは俺だけなのだから。
「ほんと……世話の焼ける幼馴染だよお前は」
あの頃からちっとも変わらない。
……いや、変わったところはあるか。昔は可愛らしい感じだったのに今では綺麗系にクラスチェンジしたし。身体つきも女らしくなって正直エロいし。
ここだけの話、お前の薄着癖には困ってるんだからな。人より発育良いんだからもう少し自分の色気を自覚しろ。俺だって男なんだからいつ自制心が外れてお前を襲うか分かんないだからな。
顔に掛かっているシャルの髪の毛を退かしながらこんなことを考えている俺は、自分が思う以上にシャルのことを女として見ているのかもしれない。
ただ文化祭が終わればシャルの無理もなくなる。そうなればあの頃の寝顔に重なる寝顔を見ることもなくなるわけで。この想いは今だけの幻なのかもしれない。
「んぅ…………あれ……やべッ寝ちまっただ!? 時間は……ノオォォォォォッ! 下校時間まで残りわずか。今日は居残り申請していないというのに。5分だけ休むつもりがこのシャル一生の不覚!」
寝起きと同時に何でこんなにハイテンションなのかな。
こいつのギアは0か100のどちらかしかないのか。それはそれである意味才能だけど。
にしても……悔しさの表現で机を思いっきり叩いてたけど大丈夫なのか?
あ、擦り始めた。やっぱり痛かったんだな。顔も何となく後悔してる感じだし。そんなことなら後先考えずに行動しなければいいのに。
「待てよ……己の力を1分間に使い切る気でやればまだ間に合うのでは!」
「間に合うわけあるか」
「いやいや、そんなのやってみなければ分からない。やる前から諦めては勝利はつかめないのデス!」
勝利目標は衣装の完成ではなく、文化祭当日を十分に楽しんで終えることだろうに。ここで燃え尽きてどうするつもりだ。
「ところで……何故シュウがここに居るんデスカ? も、もしやワタシの身体が目的でここを訪れ、ワタシが寝ていたことを良いことにア~ンなことやイヤ~ンなことを!?」
「するか。雨降ってるからお前を迎えに来たんだよ」
「なるほど。つまりシュウはワタシと一緒に帰りたいと。も~うほんとシュウはワタシのことが好きなんですから。校内で噂になっても知らないデスヨ~♪」
こいつ1発叩いていいかな。
グーで行くつもりはないけど、チョップくらいなら許されるんじゃないかな。端的に言ってウザいもん。
「はいはい好きですよ。だからさっさと帰りましょう」
「そんな投げやりな言葉じゃシャルさんのハートは射抜けません!」
「置いて帰っていい?」
「そんなことしたらワタシは泣きマス。そして傘がないのでシュウに電話して迎えに来させマス」
何て横暴な奴なんでしょう。
でもそれを実行されると悪者になるの俺なんだよね。女の子を泣かせることになるわけだし、無視すると雨の中ずぶ濡れで帰すことになるから。
ま、置いて帰ったりしませんがね。そんなことしたら待ってた意味がなくなるし。
「そうか。なら今すぐ帰るぞ。さっさと片付けて準備しろ」
「了解でありマス!」
「あといい加減メガネ付けたらどうだ?」
「なん……だと。ワタシとしたことが己がアイデンティティであるメガネを付けずに活動してしまうなんて。シュウ、謀ったな!」
「寝起きで頭が回ってなかっただけだろ。人のせいにするな。それにお前はメガネがなくても美人キャラってアイデンティティが付くから安心しろ」
「いや~それほどでも」
「まあ……美人は美人でも残念が付くけどな」
「その一言は余計デス! まあただの美人よりは残念が付く方がキャラ映えするので美味しくはありマスガ」
なら余計って発言が余計だったじゃん。
というか、メガネをクイクイしてないでさっさと準備しなさい。下校時間も迫ってるんだから遅れようものなら先生からメッされるでしょ。
「隊長、片付け及び下校準備完了しました。シャル大尉、いつでも下校できるでありマス」
「あっそ。じゃあ帰るぞ」
「シュウがつれない……でもそこが良い! 痺れる憧れるぅ!」
何かいつも以上に支離滅裂だな。
この状態のシャルと一緒に帰るとか疲れそう。でもひとりで帰すのも不安だし。さっさと送り届けて寝せよう。睡眠を取れば多少はマシになるはず。
「さあシュウ、さっさと一緒にくんずほぐれつイチャコラチュッチュッチュ~しながら帰りましょう!」




