12 もうじきタリスマンは終わる
嘘だと信じたかった。だが、それはありのままの事実。ユーリーが見捨てた――いずれ合流できるだろうと考えていたクヌートは今こうやって――
レヴァナントと化したクヌートはイデアを展開していたのだ。彼の周囲には地面がドロドロに融けたと思われるマグマがあった。その中央に立つクヌート。その目は白く濁り、彼がすでに生きていないことを意味していた。
「クヌート……俺だ。なあ、俺いずれ合流できるんだと信じていたんだぜ。確かにあのときは、身を守るために逃げた。それだって作戦のうちだっただろうが……誰か1人が逃げてもどこかで合流するのはよ……」
ユーリーは動揺を含んだ声で言う。
このときのユーリーはあまりにも不安定だった。いくらあれから回復したのだとしても、やはり変われないということか。クリフォードはそんな様子のユーリーを見て眉間のしわを寄せた。
「俺が逃げた後、何があったんだ……?」
と、ユーリー。すると。
「裏切り者に言える事ではない……俺を置いて逃げて……新しい仲間はどうだよ……? 再教育を受けることもなくのうのうとしやがって……」
クヌートは言った。明らかに以前とは違う掠れた声だった。すべてをあきらめたように笑い、そしてユーリーに怨嗟の言葉を投げかける。
「俺は……逃げることも許されなかった……なまじお前が優秀だったから……その分まで俺に強いられた。俺が抵抗すれば、再教育よりも酷いものがまっていた。トロイ・インコグニートが……俺をこうした……生きることも死ぬこともできねえ地獄ってやつだよ……」
のしかかる呪いの言葉。もしこれがジェラルドの言葉であればユーリーも無視することができたのだろう。だが、元のメンバーのうち最後まで信じられると思っていたクヌートからだったら?
「すまねえ……なんかですませられねえな。クヌート、あんたは俺に何を望む?」
ユーリーは言う。
限界のようだった。忌まわしき過去の記憶を思い出し、ただでさえ不安定な中でユーリーはさらにクヌートから追い打ちをかけられることとなる。
「……じゃあ、死ねよ。もうその綺麗なツラで動いているお前を……見たくもない。お前が死ねば問題の半分は解決するしな……戻ればいいっつってる連中もいるが……」
クヌートが望むのはユーリーの死だった。それは、ユーリーにとってもどこか救いのようだった。そして――
「クリフォード。俺の頭を撃て。治療できないくらいにな。こいつは俺の死を望んでいるし、恐らくはそれも俺の贖罪なんだと思う。ほら」
「何を言っているんだ……?」
聞き返すクリフォード。そんな彼であったが、ユーリーの心が限界に近付いていることにも気づいていた。このまま死地にいれば、いずれユーリーの精神も崩壊する。
――生かすべきか、殺すべきか。それを問われたとしても、俺の心情としてはユーリーを殺したくない。だが、生き続けることはユーリーにとってプラスになるのか? ユーリー抜きでやるのが一番なのかもしれないが。
クリフォードは答えを出せないままユーリーにアサルトライフルの銃口を向けた。その引き金は重い。いや、引き金を引く気にはなれない。
「早く撃てよ。仲間じゃないのか!?」
「仲間だよ。それに撃たないんじゃない、ジャムったみたいだ。だから今はあんたを撃てない」
クリフォードは言う。
実際、クリフォードの持つアサルトライフルはジャムなど起こしていない。それはクリフォードの狂言にすぎず、彼がユーリーを撃てないことの証明ともいえた。
――どうせこうでも言わないと銃ひったくって自決するんだろうが。こういうヤツは何回も見てきたからな。
じれったくなったユーリーはクヌートの方に向き直る。
「だそうだ、クヌート。せめて俺が斧じゃねえ刃物使っていたらここで首でも切って死ねただろうな。笑えよ……お前に望まれていながら死ぬに死ねねえ俺の姿を見てな……」
「ああ、そうかよ……まとめて殺してやる」
クヌートはまずマグマの手をユーリーに向けて放とうとした。
そのとき、クリフォードはユーリーが取るであろう行動を予測していたのかクヌートに向けてアサルトライフルを撃った。
「撃てるじゃねえか……」
ユーリーは呟いた。
ユーリーは避けるつもりもなかったのだが、クリフォードの撃った弾丸がクヌートに命中し、マグマの軌道がずれる。そうしてユーリーを避けるようにしてマグマが動く。そのマグマの動きは軌道がずれたにしてはユーリーを狙っていなかった。まるで、ユーリーを殺さないことを意図しているかのようで――
「こんなところを撃ったところで……」
――なぜ俺は、ユーリーの死を望む。俺が本当に死んでほしいのは……。
苦痛の表情を見せるクヌート。痛みを感じないはずのレヴァナント。その表情を見せる彼にはわずかながら、生前の意思が残っている。
「ユーリーを死なせてたまるか」と。
――ユーリー……今はつらいのかもしれないが。どうか耐えてくれ。もうじきタリスマンは終わるから。
「望み通りヘッドショットにしてやろうか」
クリフォードは再びクヌートに銃口を向ける。レヴァナントは恐怖を感じないのか、クヌートは構わずにユーリーを狙う。その隙を見て、クリフォードはクヌートの脳天を撃ち抜いた。
それにともない、マグマのイデアは消滅する。残ったのはイデアによって熱せられた蒸気のみ。
茫然とした様子のユーリーは一瞬にして、ただの遺体と化すクヌートを見た。
「やめろ……あんただけは……俺が最後まで信じられると……」
と、ユーリー。その力ない声はクヌートには届かない。
「すでに死んでいた敵に信じるも何もあるものか。過去にすがりついているだけで今の状況が解決すると思うなよ」
クリフォードは言う。
ユーリーを突き放すような厳しい一言であったが、彼なりにユーリーを気遣っていたのだ。
「わかってんだろ、そいつはすでに死んでいた。多分、黒幕にいいように操られていたにすぎない」
「ああ……それでも俺は死を望まれていた。最後まで信じるべきだと思っていたやつにな。俺は裏切ったのか。裏切りもなくあそこでゆっくり死んで行けたのならこうならなかったのか……?」
ユーリーは言った。
もし時間をさかのぼって決断しなおすのであれば、ユーリーはタリスマンでゆっくりと死んでいくことを選んだだろう。だが、現実ではそうもできない。クヌートの怨嗟はユーリーに冷酷な刃を突き付けた。
「お前、本当は優しすぎるんだろ。敵の悪意まで容易く背負い込むなよ」
と、クリフォード。
ユーリーは何も言えなかった。
ユーリーの本来の記憶が戻りつつあってただでさえ精神が不安定なのにクヌートが追い討ちをかけました。ですがクヌートは悪くないです。