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GIFT of Judas ~偽りの正義と裏切者への贈り物  作者: 墨崎游弥
ステージ7 タリスマンの闇
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10 水の魔物

 クヌートが喚び起こすのは疑いを抱く前の日々の記憶。

 当時はまだ、何も知らなかった。

 それはガラス細工のように脆く、そして儚く美しい日々。ユーリーは走馬灯のように思い出すのだった。




 †




 俯瞰するように。その一点から見れば未来から観測するような形で。

 ユーリーは過去を思い起こす。


 見ている場所はタリスマン支部の会議室――4年前だろう。

 会議室には当時まだ17歳だったユーリーを含めて5人の男たちがいた。今とは違う、一件何も隠し事をしていないような顔で。おそらく、このときからすべては始まっていた。

 この5人が当時の、ユーリーが逃亡する前のチーム。通称・ジェラルドチーム。ジェラルド・アイゼンバーグを筆頭に、ケイシー、スティーヴン、クヌート、そしてユーリーというメンバーからなる。

 会議室に集まった5人は任務についての話があるようだった。


「ストリート・ギャングの一派の粛清任務だそうだ」


 ジェラルドは書類を机に出して言った。

 当時の彼は今のようにユーリーを敵として見ている訳でもない。リーダーとしてチームのメンバーを率いていた。仲間からも、上司であるトロイからも信頼されていたのだ。


「またか。支部長も懲りないな。いくら対立勢力で、外部との麻薬の取引があったにしても」


 ジェラルドの正面で言うクヌート。

 偏った思想を持つ魔物ハンターが多い中でも彼は良識派だった。ときに対立するメンバーの間に立って仲裁する。そんな立場だ。


「いや、本当に支部長直々の任務なんだよ。断ったら断ったで面倒だ。ま、ストリート・ギャングが絡む以上オレらの評判下がることには間違いねえがな」


 と、続けるジェラルド。ケイシーやスティーヴンも頷いている。ユーリーだってそれはよく理解していたつもりだった。

 ストリート・ギャングとタリスマンの町は密接なかかわりがあり、その準構成員だって町の住人にはざらにいる。もし粛清などをしてしまえば彼らの反感を買うこととなる。

 そして。


「オレらがすべきことは評判を守ることと任務の両方。片方を疎かにすることは許されない。そうだろ、ユーリー」


 ジェラルドはユーリーの方を向く。


 ――そんな顔でユーリーを見るな。そんな顔をしていたって、俺に××しているんだろうが。俺だって何も知らなかったんだ。何も覚えていなかったんだ!


 ユーリーは「確かに」と言う。

 当時の彼は本当に何も知らない。いいとはいえない環境の中で、信じさせられたものを信じているに過ぎなかった。それこそ、思考を放棄させられているように。


 ――俺のしていたことは何だったんだ……?


「任務は明後日。それまでにコンディションを整えて万全の状態で挑むこと。最近、デモニとかいうかなり強いヤツがいるらしいからな」


 ジェラルドはそう続けた。

 デモニという人物のことならば最近噂になっている。あるとき突如現れたゲートから出てきて、タリスマン支部の関係者に取り押さえられた。かと思えば姿を消し、ストリート・ギャングの一員になったとのこと。


 ――■■■■■のことか。今の俺は『デモニ』のことを知っている。今思えば俺は。


「俺知ってるぞ、デモニ! 明らかにあのストリート・ギャングの人種と違うもんな! 肌が黒くて、水を操る……! 水の魔物だろ!」


 口を挟むスティーヴン。


「思うんだが、デモニをぶっ殺せば俺達の報酬増えるかも知れないぜ」


 スティーヴンはそう続けた。


「そうかもな……」


 ジェラルドも他の3人も笑う。


 ――なんで俺は笑っているんだ。やめてくれ。笑っている俺を殺したくなるんだ。


 やがて、ユーリーの見る光景は別のものへと変わってゆく。


 次に俯瞰するように見たものは廃工場付近。麻薬の売人を追っていたときにユーリーが見つけたのが件の少年。褐色の肌と藍色の髪を持つ少年だった。彼はよく目立つ見た目をしており、ユーリーもすぐに見つけることとなる。


「追手カ」


 少年――■■■■■はすぐさまイデアを展開し、ユーリーの前に出る。

 彼の足元には泉のように水が湧き上がり、一部が浮遊している。それがユーリーにも見えた。


 ――■■■■■。俺はあんたを知っている。当時は最悪の敵だと思っていたくらいだが。誤解は差別や対立を生むらしいな。


「『デモニ』。多分、あんたを殺すのはこの俺みてえだな」


 ユーリーは口走る。

 彼の持つ斧は少なからず血で汚れていた。ここに来るまでに何人か殺したことは目に見えている。

 ■■■■■は顔をしかめ――


「これハ……」


 誰なのかもわからない。だが、ユーリーは確かに人を殺した。緑と黒ではない服を纏っていたものの、彼らは――

 準構成員。おそらくユーリーが殺したのはそういった人々だ。


「誰の血ダ? 兄弟ハ……」


 ■■■■■は動揺した様子を見せながらもユーリーを敵と断定していたよう。ユーリーもそれに応えるかのようにイデアを展開した。


 ユーリーを包み込む灰色の胞子。それは未だに力を振るうことのないカビの原型。

 いつでも■■■■■を殺す準備はできていた。

 斧を握りしめ、ユーリーは■■■■■との距離を詰めた。願わくばカビで人を殺すことのないよう。


 ■■■■■はユーリーの挙動を見ながら攻撃を受け流し、少しずつ後ろに下がってゆく。彼の後ろには廃工場があり、そこにユーリーを誘い込もうとしているらしい。ユーリーは気づいていなかったがその廃工場には罠が張られていたのだった。


 麻薬の売人。ストリート・ギャングの構成員と準構成員。廃工場に住み着いた家無き人々。

 彼らはそこで、ユーリーを待ち伏せていたのだ。


 ――やめてくれ。俺にこれ以上あの光景を見せるな!



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