8 ゲートに近づくことなく
イアン・クレヴィックが見たものは市街地での爆発。範囲こそ限られている――何かに仕切られているようだが、その爆発はそれ以外の範囲を巻き込もうとしている。
廃墟が破壊される。あの場所で何が起きているのだろう。
「何が起きているんだ。あの規模の爆発、今の人間の技術で起こせるはずもない。隕石か、それともイデアか何かなのか?」
胸騒ぎがしたのか、イアンは爆発した場所に向かおうとした。
だが、爆発が収まろうとしたそのとき。再び爆発が起こる。それも何らかの力で範囲が限られていたのだが。
――早いところ向かうしかない。
爆発の起きた場所からはキノコのような雲が上がっていた。それも、核爆発のように。
水のバリアがあるとはいえ、ブリトニーたちは爆発の威力のすさまじさを間近で知ることとなった。
爆発の衝撃でバリアに波紋が広がる。ブリトニーが感じ取ったのは放射線。彼女はとっさにイデアの作用を組み替えて放射線をその能力で相殺していた。
――危なかった。熱や爆風を防げたとして、電波はどうにもならないことがあるからな。あたしがいなかったら――
考えるだけでも恐ろしいことだろう。ブリトニーは能力を発動させたまま、バリアの向こう側を見ていた。あの爆発の中心にいながら、アレンは無傷。イデア使いが通常の人間とは一線を画していることを示していた。
再び、爆発。
メルヴィンは水のバリアをさらに厚くし、ブリトニーも電波を相殺する。その爆発は先ほどより規模が大きくなっている。アレンの「殺す」意志はそれほど確固たるものだった。
一体、彼は何のためにブリトニーらを殺そうとしているのだろうか。妨害どころではない威力だったのだ。
爆発の直後、アレンを中心としたエリアには小さなクレーターができていた。
「小細工かよ! 今度こそはそうもいかねえからな!」
アレンが叫ぶ。だが、ブリトニーらは彼が何と言っているのかもわからなかった。
そして、アレンに起きていたのは異変。顔色が悪く、足元が震えていた。体に傷こそないものの、ODによって引き起こされた爆発はアレンの体に負担をかけていたのだ。
それはブリトニーらにとってチャンスでもあった。
「今だ、ブリトニー。焼き殺すなら弱っている今だろう」
「そうだな……せっかく弱っているから聞き出すチャンスだったが。あいつは聞く耳を持たねえみたいだからな」
メルヴィンがバリアを薄くしたところを狙い、ブリトニーはバリアの外に飛び出した。
アレンが直視するブリトニー。彼女の周りに展開されたイデアは虹色に光るが、肝心の攻撃は不可視。アレンが目を見開いたかと思えば――
焼け爛れるアレン。弱り果てた彼は熱を発するブリトニーの攻撃によって焼かれゆくのだ。
アレンが展開していたイデア――光の束を放つ12の天体も薄れてゆく。タリスマンの町さえも破壊しかねない能力を持っていたアレンだったが、その最期はあっけないもの。
醜く焼け爛れたアレンは奇妙な形のクレーターの底に横たわる。
ブリトニーはそれから無言で、しばらくの間アレンの死体を見ていた。
死体研究所から遺体を持ち去ったうちの1人である彼だったが、なぜブリトニーやメルヴィンに刃を向けたのだろう。彼には姿を消すという選択肢もあったのだから。
「ブリトニー」
「なんだよ。ちょっと考え事してたんだ」
ブリトニーは答えた。
「そうか。いや、俺が言いたいのはそういうことではない。別にお前の心がどうこうというのは興味がないが……ODについて」
「ああ、さっきのアレか。アレンの持ってた注射器がどうかしたのかよ」
と、ブリトニーが聞き返す。すると。
「イデアの覚醒薬があるだろう。あの薬はイデア能力を覚醒させるものだが、他に2つの効果があるんだよ」
メルヴィンは言う。
「待てよ。あたしはその効果とか薬なんかも知らねえ。そういうのが関係ないようなとこにいたんだからさァ」
「そうだったな。まあ、アレンの使っていたヤツは一般人がゲートに近づくことなくイデア能力に覚醒するためのもの。その効果が1つ目として、残り2つの効果もあるんだよ」
と、メルヴィン。
「残りの2つ……イデアを使いすぎたときの薬としての効果が1つ。それと、さっきみたいにODということになれば、イデアが進化する。それで、その進化は……人の命を削る」
「は……?」
思わずブリトニーは聞き返した。
別に彼女が理解できていなかったわけではないのだ。むしろ、耳を疑った方が近い。命を削ることについてはさっきも見たということでわかっている。
「なあ、メルヴィン。あんた、なんでイデアの覚醒薬とそのODについて知ってんの?」
と、ブリトニーは尋ねた。
「これは俺のいたデーモンボーイズと関係あることになるんだが……いや、デーモンボーイズ限ったことではないな。俺達とプリズン・ギャングの連中がばら撒いた。プリズン・ギャングのボスのクロイツはコイツを使った人体実験までやったそうだ。咎めるか咎めないかはお前次第だが。お前は俺たちを咎めるか?」
メルヴィンは言う。
ブリトニーは絶句する。隣にいる男は決して善人などではない。タリスマンの町に『薬』を蔓延させたうちの1人でもあるというくらい。
だが、ブリトニーはそれでメルヴィンを咎めようという気にはならなかった。そう考えたうえで口を開くのだった。
「いいや、咎める気はねえな。あたしが望むのは、あんたがここで生き抜いて、もし悪く思っているのなら一生をかけて償うことだ。現実から目をそらすな。このタリスマンで起きているすべてに付き合ってもらう」
「……それだけでいいのか。参ったな」
メルヴィンはそう言って苦笑する。
「罪悪感とか感じてんならそれが一番の罰になるだろうが。あんたはそれを一生抱えて死ねばいい」
と、ブリトニー。心なしか、彼女も笑っているようだったが。
「さて、あんたに聞きてえことならまだあるぜ。どれくらいの人間があの覚醒薬を持ってる? 正直なところ、アレを持っていれば誰だろうがODする可能性はあるだろ」
「……すまないな。俺は知らない。だが、確実に言えるのはプリズン・ギャング――ヴァンパイア・ブラザーフッドの連中は全員覚醒薬を持っている。それと、タリスマンの支部長も持っていることがわかっているよ。刑務所で看守を通じてそういう取引があったらしい」
「なるほどねえ……トロイのやつ、その気になればODまでできるんだろうな。これは伝えねえ他はない」
と、ブリトニー。
「そうでしょうよ、所長」
「さすが、勘がいいね、ブリトニー。この辺りで爆発があったので来てみたのだが」
いつの間にか2人の後ろにいたイアン。
「本当にタイミングが良すぎるぜ。死体泥棒ならさっき焼き殺してやった。あの爆発も死体泥棒がやった」
ブリトニーはイアンの姿を見るなり、そう言った。
2人の関係についてメルヴィンは何も知らないのだが、敵ではないということだけは理解したようだった。
「そうか。死体泥棒については何も聞けなかったのだね。いや、彼らに命令していたやつなら私が突き止めたよ。まさか、トロイ……ここの支部長だとはね」
と、イアン。
「へえ、調べたら調べるほど黒いところが出てくんだね、あの支部長。実際、誰かと入れ替わっているようだし、独善的な正義で自分の考えにそぐわねえ町の人間を排除しようとしている。鮮血の夜明団の会長だって、ヤツの殺害を許可したくらいだからな」
ブリトニーも言う。
「……待て、少し話を聞かせてくれないだろうか?」
イアンは尋ねた。ブリトニーもメルヴィンもそのことを話すつもりではあったのだ。




