2 イレギュラー
ルナティカが彼女の能力で見ているのは外の様子だった。苦戦している様子のフィルを見ながら「やはりか」と思いながら彼女はダリルの方を見るのだった。
「ここから出る。フィルに苦戦させてちゃ彼が持たないだろうし、なにより私が危ない。腹、くくってよね」
ルナティカは言った。
「はい」
ダリルが先陣を切り、ルナティカが彼に続いて外に出る。
「――てめえが死んでからだよ」
指から、左手から血を流すフィル。腕は無惨にも切り開かれ、骨が露出している。
ダリルはフィルとジェラルドの姿を確認するなり、手に持っていた空き缶を爆弾に変える。それをジェラルドに向かって、投げる。炸裂する爆弾。ジェラルドは得物でそれを防ぎながらダリルの存在に気が付いた。
「なんだ……お前は!? 吸血鬼でもないだろうが……」
「そうだよ。僕は吸血鬼じゃない」
と、ダリル。そして。
「ルナティカさん、フィルさん! 逃げてください!」
爆風で怯んでいたジェラルドをよそに、ダリルは叫ぶ。外に出たばかりのルナティカは走り出し、フィルの手を取る。
「早く!」
ルナティカも声を上げる。これが、ルナティカが考えて、フィルに告げていなかった策。
この屋敷を出た後、2人が向かう場所については何も知らされていないフィル。目を白黒させながら、フィルも走る。
「……これからユーリーたちのアジトに向かう」
と、ルナティカ。すでにルナティカの息は上がっているようだった。事実、彼女の走るペースも目に見えて落ちてきていた。
「場所は」
フィルは尋ねた。
「タリスマンのダウンタウンの外れ。まあ、行ってみればわかるから」
「なるほど……」
廃棄所の洋館――吸血鬼屋敷の前。ダリルはジェラルドの前に立ちはだかる。空き缶のほかに持っていた鉄パイプをその手に持って応戦しようとしていた。
ジェラルドは歯ぎしりをして、得物を持ち直す。そう、この少年ダリルがいなければ今頃、ジェラルドはルナティカを確保することができていた。フィルなどは取るに足らない相手だったのだから。
「歯ぎしりしましたね。どんな気分ですか? 僕、そういうのを見てるのが好きなんですよ」
ダリルはそう言って挑発する。すでに彼の周囲には緑色のイデアが展開されている。
「ふざけんじゃねえ、クソガキが。×されてえのか?」
ジェラルドはそう言いながらダリルに詰め寄る。
ダリルも負けじと、得物を受け止める。ダリルはただここでジェラルドの足止めをしていればいい。ジェラルドの消耗を待てばいいのだ。
鉄パイプの先端を爆発させ、ダリルはジェラルドと再び距離を取る。この状況で、ダリルはジェラルドの行く手を阻む位置にいる。このままジェラルドがルナティカらを追えるはずがない。
「できれば殺される方がいいなあ。破滅を見ながら死んでいくことができないのは困るけど、死ねるならね……ふふ……」
戦いの中、ダリルは不気味な笑みを浮かべた。
ダリル・グラッドストンは普通の人間には想像もつかないような思考回路を持っていた。タリスマンの終焉を望む、人並外れた破滅願望。そして、死というものへの異常な執着。彼は異常者として十分であった。
そんなダリルに恐怖を覚えたジェラルドはさらにダリルから距離をとろうと後ろに半歩下がる。
――脅威があるってわけじゃねえ。それでもだ。どうしてこいつは俺をここまで怯ませる? 気持ち悪い……!
ジェラルドはダリルから目をそらさずに後ずさり、片手で得物を持ったかと思えば付近の木を切り倒す。得物一振りで何本も。ジェラルドはそこから逃げようとしている。
「待て……」
ここがダリルの盲点だった。ジェラルドは一本道からではなく、廃棄所の方に続く森を通って強引にルナティカらを追おうとしているらしい。
ダリルが気づいたときには、ジェラルドはすでに廃棄所の森に姿を消していた――いや、まだかろうじて見えているのだが、ダリルが追いつくのは到底不可能なことだろう。
「……ああ、やってしまった。僕、本当はどうするべきだったんだろう」
と、ダリルは呟いた。
合わせる顔がない。せっかく足止めをしようとしたダリルだったが、ジェラルドには逃げられ、おまけに彼を見失ってしまった。もしルナティカやフィルがそれを知ってしまったら。
その後のことを考えたダリルは少しだけ笑みを浮かべたが――
――それもあの2人が生き残っていたらの話だ。でも、僕は。
やはりダリルを襲うのは自責の念だった。一時は興奮することもあったのだが。
木や蔦をかき分けながら、ジェラルドはどうにか廃棄所を出た。この地区はネビロス地区。スラム街にも等しい場所だ。
ジェラルドは携帯端末を取り、彼の上司――トロイに連絡を取る。
「支部長、俺だ。イレギュラーがいた。ストリート・ギャングでも囚人でも対策チームのやつらでもないようなヤツが。どうすべきだ?」
至って冷静な口調でジェラルドは言う。
『適当なタイミングで殺しておけば問題ない。あわよくばこちらの戦力としても利用してみたいところだよ……そろそろ私も手が空くところだからね。彼については私に任せておいてくれればいいよ』
電話口のトロイは言った。
手が空く。これまで様々な事情で忙しそうにしていたトロイの手が空くことなど、ジェラルドの想像できることではなかった。
「わかりました」
電話が切れる。
ジェラルドはまだ、トロイの隠している事実と手が空く理由について何も知らない。




