7 悪趣味な学問の町
テュールの町に寝台列車が到着する。
この町は学問によって発展してきた町だ。死体の研究に始まり、吸血鬼の研究、錬金術など。これらの学問の成果が終結した図書館だってこの町にはある。
そのためか、テュールの町はこう呼ばれる。『悪趣味な学問の町』と。
5人のメンバーはテュールの町に降り立った。
死体研究所があるとはいえ、さすがにテュール駅まで死臭が漂ってくる、といったことはなかった。
一行の目的地はまず、宿。そこで1日休んでから死体研究所へ向かうということになっている。一行は和やかとは程遠い雰囲気のまま指定された宿に向かった。
死体研究所。
そこは、死体の腐敗や損傷の進行について研究している施設だった。その施設は各地から様々な状態の死体を引き取って、その状況を細かく記録している。研究成果は大陸の様々な場所で役に立っているという。
通常、死体研究所に近づく者は研究員以外ではほとんどいない。死体が安置されているということで、近づきたいと思う人間の方が少数だろう。
だが――
鳴り響く警報。混乱する研究所内。
研究エリアの見回りを行っていた1人の女性が所長のもとにやってきた。
「緊急事態です!遺体が何者かに持ち去られています!1週間以内にデータを取り始めたものがすべて持ち去られました! 」
彼女は言う。
彼女はたった今、研究エリアから戻ってきたところだった。エリア内の異変にいち早く気づいた彼女がうろたえている間に警報が鳴っていたのだ。
「犯人はどうなっている? 」
所長クレヴィックは見回りの女性――タリアに言った。
「はい、今は戦闘員たちが交戦中です。ですが、彼らで手におえるんでしょうか?相手は、得体のしれない力を使っていました」
「なんだと……」
クレヴィックは確認していた書類を机に置いて立ち上がる。
「いいか、タリア。私は現場に行ってみる。君はここにいろ。事情は後で私から話しておく。あと、重要な人たちから連絡が入るはずだから電話は必ず取ってくれ。もし、ゲオルド・ムーアと名乗るのなら明日は連絡した通りだと伝えておいてほしい」
と、クレヴィックは言って所長室を出た。彼を見送ったタリアは茫然とした状態で――
「えぇ、所長……1人で行くのに無理があるのでは……」
タリアは愚痴をこぼす。が、彼女が戦闘能力を持っていないのは事実であり、現場に行ったところで何一つ貢献できることはないだろう。せめて銃の扱いだけでも覚えておけば、とタリアは後悔した。だが。
ふと、タリアは窓から研究エリアの様子を見てみたくなり、所長室の窓から外を見た。研究エリアはいくつかの区画に分けられ、網の下や池の中などに遺体が置かれていた。すべてタリアの見慣れたものだったが、見る場所を変えてみればまた新鮮だった。
そんな中でタリアは全力疾走するクレヴィックを見た。
「所長……!? 」
――追いつかなければならない。得体のしれない力だとするならばなおさら。
クレヴィックは研究エリアの西の果てにて、犯人グループに追いついた。
「……さて。私から逃げられると思ったか?戦闘員を全滅させたようだが」
クレヴィックはにこりと笑いながら犯人グループの前に回り込むと言った。その彼の周囲に異様なオーラが立ち込める。
「くそ……こいつ、イデア使いだぞ!捕まえられる前に逃げろ!」
首魁らしき人物が言うと、丸刈りの少年が咄嗟に走り出す。それを見切っていたクレヴィックはイデア――鎖のビジョンを展開して少年に向かって放った。
だが。その鎖がとらえたのは少年ではなく、別の男。
「あいつだけは必ず逃がす。かかって来いよ、鎖男! 」
首魁らしき人物は言った。それと同時にクレヴィックは3本の鎖を同時に放った。ただの研究者とは思えないような身のこなしで。
3人に絡みつく鎖。彼らが抵抗するほど鎖は強く巻き付いてゆく。
「てめえ……! 」
「ん?どうかしたかな?どうもしていないならもう1人を――」
クレヴィックはこのとき、背後に強烈な殺気を覚えた。これは、逃亡した少年や鎖で縛られた3人の青年とはまた違う。その正体は――
その男は、クレヴィックを足止めするのではなく、殺そうとしていた。突き付けられる銃。音もなく放たれた弾丸。
「こざかしい真似を……」
その声以外に、何一つ物音はない。まるで、無音の空間を作り上げられたかのように。
だが、その無音こそが襲撃者の作り上げたものだった。
襲撃者――隣町からやってきたメイナードは音もなく発砲。クレヴィックは空気の流れからそれを察知し、鎖で銃弾を受け止めた。
「こざかしいのは君も同じだ。君そのものがサイレンサーになっているということでいいのかな? 」
クレヴィックの鎖から銃弾がこぼれ落ちる。
彼の目はしっかりとメイナードの姿をとらえていた。メイナードは、クレヴィックよりも明らかに若い、特徴的な髪型と髪色の男だった。
――外見だけで決めるのも良くないだろうが、ろくな人ではなさそうだな。
クレヴィックは左手の方にも鎖のイデアを展開して、メイナードに向けて放った。
これで捕らえられるだろう。その過信がメイナードにチャンスを与えることとなる。
メイナードは銃を放り出して鎖を誘導し、彼自身は新たに武器を取った。それは、刃渡り25センチほどのジャックナイフだった。
「甘いぜ、所長さん。いくら戦闘ができても、慣れが違うようだな」
メイナードは一瞬にしてクレヴィックに詰め寄り、彼に刃を突き立てた。
クレヴィックの肩から血が噴き出し、白衣が赤い血に染まる。それと同時に、クレヴィックの鎖がメイナードをとらえた。
「な……」
「慣れか。私の素性を中途半端に知る者ほど油断するからね、その点に関しては。少し捕まっていてくれ」
鎖はメイナードをきっちりと縛り上げた。
クレヴィックはそれを確認すると左肩を押さえてうずくまる。
彼がやることはすでに決めていた。運搬できる者に連絡すること。鎖で捕らえたとはいえ、ここに放置するわけにはいかない。
クレヴィックはメモ用紙に震える右手で殴り書きし、それを研究棟に向けて飛ばした。
「さあ。これで君たちは完全に身動きが取れなくなったわけだ。遺体は取り戻せなかったがね」
クレヴィックは捕らえられた4人を見ながら言った。
「せめて鎖をほどければてめえなんて……」
メイナードは悪態をついた。
やがて、クレヴィックのもとに数名の職員が訪れ、捕らえられた4人をある場所に連行した。
同刻の所長室に電話が鳴り響く。
タリアは震える手で電話を取った。
「はい、テュール死体研究所所長代理のタリア・バローネです」
『先日連絡させていただきました、ゲオルド・ムーアです。明日のスケジュールについてですが、何か変更点は』
低く、色気のある声が電話機越しにタリアの耳に入る。その声の主こそが所長の言うゲオルド・ムーアだった。
「私の口からははっきりお伝えできないですが、連絡された通りこちらに来てくださって構いません」
『なるほど。わかりました。明日、伺いますね』
短いやり取りが終わり、電話が切れた。