5 看守のふりをした甲斐があった (挿絵あり)
「この先の刑務所にはプリズン・ギャングがいる。刑務所の中だってのに麻薬取引や飲酒が後を絶たないようだ」
隠し通路。真っ暗な通路を懐中電灯で照らしながらグランツは言った。
「気を付けろよ。プリズン・ギャングはイデア能力を持った連中ばかりだ。俺たちを見れば殺しにかかるヤツだっているだろう。特にユーリー。あんたはギャングどもから恨まれてると思え」
「……恨まれているのはわかっている。デーモンボーイズのことがあったからな」
ユーリーは答える。
そして思い出すのはシャルムとの戦い。お互いに歩み寄ろうとできたはずだったが、ユーリーとシャルムは殺し合うことになった。その時に向けられた視線。ユーリーは忘れずにはいられなかった。
「わかっているならそれでいい。殺される……じゃねえな。殺す覚悟で行けよ」
と、グランツは言った。
やがて、3人の前にうすぼんやりとした光が見えてきた。ほんの少しの隙間から漏れる光が隠し通路の出口を示している。通路がつながっている先はルナティカの独房だ。
ユーリーは足を速める。きっとこの先にルナティカがいると信じて。
「焦るなよ」
グランツは言った。だが、懐中電灯に照らされた彼の顔も心なしか焦っているようだった。
「焦ってねえよ。急いでいるだけだぜ」
と、ユーリー。だが、その口調にも焦りは現れていた。
焦るのも無理はない。ルナティカを取り巻くのは絶望的な情報だろう、とユーリーは信じているのだから。そして、ユーリーはルナティカが巻き込まれたことを知らない。
ユーリーは通路の入り口を塞いでいるものを渾身の力で押した。
ずっ、と音を立てて塞いでいたもの――ベッドがずれる。ここから刑務所の中に入ることができる。
ユーリーは穴をくぐり、その先に出た。ルナティカはここにいるのだろうか。
だが、現実は非情だった。ユーリーが見たものは、もぬけの殻となった独房。ここにはだれもいない。扉の窓から見えるのは、地獄絵図。押し寄せたレヴァナントが刑務所の内部をうろついている。
「そんな……」
ユーリーは言葉をこぼす。
「様子はどうだ――」
ユーリーから少し遅れてやってきたクリフォードもそれとなく状況を察した。ここにルナティカはいない。逃げだしたか、もしくは別の誰かに連れ去られたか。
独房の壁や扉が壊された形跡も、荒らされた形跡もない。ルナティカは忽然と消えていた。
「駄目だったよ。連れ去られたか逃げ出したか。とはいえ、あいつが考えなしに逃げ出すとは思えねえ。誰かの介入があっただろうな」
と、ユーリー。
グランツも独房に到着する。2人と部屋の様子を見て、現状を把握する。
「やっぱりいなかったか。ルナティカはどこにいると思う?」
グランツは言う。
「逃げだしたわけではないだろうな。誰かが連れ去ったとみているが、隠し通路を知っていそうなヤツでルナティカを連れ去ったとか、あるか? 俺はその可能性があると思う」
「知っているヤツなら、俺たちのほかにプリズン・ギャングの連中だな。そいつらと接触してみるか? プリズン・ギャングの連中はトロイ・インコグニートの弱みを握ろうとルナティカの接触を試みたって話だ。この騒ぎに乗じて接触している可能性だってあり得る」
グランツの口から出たプリズン・ギャングという言葉。ユーリーは無意識のうちに拳を握りしめていた。
「あんまりかかわりたくはなかったが、ルナティカのためなら仕方ねえ。ここから行けるのか?」
「行ける。あの隠し通路を通って、男子刑務所の方に侵入する。内部のつくりはわかっているさ」
と、グランツは言う。そして。
「目的は違うが半年の間、看守のふりをした甲斐があった」
グランツにも彼の事情がある。何のために看守のふりをしていたのかはユーリーにとって知ったことではない。が、目的は一致した。
3人は男子刑務所を目指す。
路地に身をひそめる男女。うち1人はプリズン・ギャング、もう1人はタリスマンの元参謀。
「どこに連れていく気? タリスマン支部の連中に見つかったら、最悪私は殺されるんだけど」
フィルの陰に隠れながらルナティカは言った。
その顔には不安が見え隠れしていたが、あからさまにフィルを警戒している様子はない。仮に警戒していたとしても、それを隠しているのだろう。
「そりゃ、タリスマンの連中でもデマだと決めつけたあの場所だ。廃棄所横の吸血鬼屋敷ってな」
と、フィルは答える。
ルナティカは目を丸くし、口角を上げた。
「いいね、そこ。私は書類上でしか知らなかったけど、本当にあるなんて。で、吸血鬼がいたらどうする? 私はその、考えることはできても戦うことはできない」
「考えるだけで十分だぜ。つうか、交渉ができるならそれを頼みたいところだ」
フィルは言った。
交渉。ルナティカが得意としていることの1つだった。特に、刑務所との連携などで――尤も、それは後にルナティカに牙をむくことになったのだが。
「割に合わない気がするけど、まあそれでいいか。断れば安全な場所がなくなるわけだから」
と、ルナティカ。
今の彼女はいつも以上に冷静だった。いや、今に限ったことでもない。刑務所にいるときから、ずっと冷静だ。彼女はフィルが思う以上に肝が据わっている。
2人は辺りの様子を見ながら廃棄所に向かう。
途中、ストリート・ギャングらしき人物などを見かけたが、何かがあるというわけでもない。タリスマン支部の構成員も。外部からタリスマンにやってきた対策チームのメンバーも。
「ここが吸血鬼屋敷か」
廃棄所のすぐそばにある屋敷を目にして、フィルは言った。
吸血鬼屋敷は蔦の絡みついた洋館。フィルはそのドアに手をかけて開く。かび臭い匂いが洋館の中から漂ってきた。
「そうだよね。吸血鬼って日光に当たれないからこんなところで過ごすんだよね」
ルナティカは言う。
「悪く言うなよ? いや、それにしても趣味悪ィな。住んでいた吸血鬼がどういうヤツか気になるが……」
多分戦いは避けられない。フィルは腹を括っていた。
次回からしばらく刑務所パートを挟みます。