4 最高の手札が揃うまで
レヴァナントの犠牲となる看守。彼らもクロイツが買収し、手下にした者たちだった。が、クロイツは彼らを憐れもうともしなかった。
「お前が襲われるまで手を出すなよ」
クロイツはそう言って、レヴァナントの群れの中に単身で突撃した。
爪や噛みつきがクロイツを襲っても関係ない。吸血鬼であるクロイツはレヴァナントになりえない。
クロイツは傷を恐れず、1体、また1体とレヴァナントの首を落としてゆく。首をなくしたレヴァナントは身体が地面に叩きつけられるようにして動きを止める。
「……確かに俺にできることじゃねえな」
レヴァナントの群れを相手に立ち回るクロイツの姿を見ながらライオネルは呟いた。
当然ながら、ライオネルの声はクロイツに届いていなかった。
今度はクロイツが回し蹴りを入れる。その威力は人間離れしており、レヴァナントの首をいともたやすく吹っ飛ばす。それはまるで斧のようだった。
回し蹴りを受けたレヴァナントの頭がごろりと転がる。そろそろ地面がレヴァナントの残骸で埋まってきた頃だ。
「ライオネル!」
クロイツはふと、声を張り上げた。
そんなときでも彼はレヴァナントの首を落とす。今のは拳だ。拳の一撃でレヴァナントの首が飛ぶ。個体によっては頭が破裂する。
「離れろ! お前は返り血を浴びてはいけない!」
クロイツはそうつづける。
その言葉はライオネルを想ってのことだったが――
「俺を参加させない気かよ? まあいいが――」
このとき。ライオネルは妙な気配を感じた。レヴァナントや看守、囚人とも違う何かの気配。天井近くから、そいつは見下ろしている。
――多分俺たちは監視されている。それも、刑務所の外部の人間から。どういう目的があるのかわからねえが。
ライオネルは上を見上げた。
梁の上。そこにあるのは長髪の人物の姿。身長は170センチほどで、細身の女の姿をした人物。
「気づいちゃった?」
その人物――ヘザー・レーヴィは言った。
彼の目線は冷ややかで、ゴキブリでも見ているようだった。
「あ……ああ。残念ながら、な」
「ふふ。ちょっと待ってね。最高の手札が揃うまで、もう少しかかるから」
ヘザーは言う。
彼はこの戦いに今は介入しない。今はただ、傍観者あるいは観測者という立場を決め込むようだ。が、彼がその力を振るうとき。刑務所はきっと阿鼻叫喚の地獄となるだろう。
ヘザーの見下ろすその先で。クロイツは未だ勢いの衰えぬレヴァナントの群れと戦っていた。
――思ったより切りがない。俺の読みは間違っていたのか?
クロイツの一撃で再びレヴァナントの頭が粉砕される。クロイツはその返り血を浴び、全身が血に染まる。
まだ、退けない。ライオネルを危険にさらしてはならない。
「ひどいな……」
クリフォードが呟いた。
刑務所の前にはレヴァナントの群れが押し寄せていた。状況は予想以上に悪い。刑務所に侵入するにしても、このレヴァナントの群れをどうにかしなければならない。
仮にこの状態で侵入しようとしたとして、2人そろってレヴァナントになるのが関の山だろう。
「となると、隠し通路か」
クリフォードはそうつづける。
「隠し通路?」
「ああ。お前が病院で眠っているときにグランツってヤツから聞いた。話によると廃病院から行けるらしい」
ユーリーが聞き返すとクリフォードは言った。
2人がここまで来る途中、病院の跡地らしき建物があった。が、それには蔦が絡みつき、おどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。「出る」と言われれば、大抵の人が信じてしまうだろう。
その地下から刑務所に隠し通路が伸びているのだという。
「もっと早く言ってくれよ。それとも隠し通路を使いたくない理由でもあんのか?」
と、ユーリー。
「そういう理由もある。そもそもあの隠し通路、明かりの類がねえんだよ。何の罠があるかも俺のしったことじゃねえしなあ。ま、こうなった以上仕方ないが」
クリフォードは答えた。
「腹は括った。廃病院に行こうぜ」
廃病院はそれほど離れた場所にあるわけではない。2人は再びバイクに跨り、廃病院を目指すことにした。
タリスマンの町の空は少しずつ明るくなっていた。夜明けだ。この時間になってきたのなら、屋外でジェシーの助けを借りるのも難しいだろう。
「一つだけ聞いてもいいか?」
バイクの後ろに乗ったユーリーは言った。
「なんだ?」
「グランツって誰だ? タリスマンの人でもねえようだが」
「詳しくは言えないが俺たちの協力者。誰にも言えないようなことをしているらしい」
と、クリフォードは答えた。
2人が乗るバイクは曲がり角を曲がり、その先の廃病院の前で止まる。
蔦の絡みついた廃病院。何かがいてもおかしくない場所ではあるが、ここを通らない限り目的の場所に行くことはできない。
それが嫌であれば、あの地獄のような入り口から入るしかない。
ユーリーとクリフォードはバイクを降り、廃病院に足を踏み入れた。
そして。
「また会ったな」
廃病院のロビーで手帳を閉じる男が1人。グランツだった。
グランツは閉じた手帳をポケットにしまい、2人の方に近づいてきた。
「お前ら、ここから刑務所にでも行くのか?」
と、尋ねるグランツ。
「答えるまでもねえよ。ルナティカを助け出すためにはここを通るしかねえ。もし通らねえのなら、あのレヴァナントの群れの中を突っ切るしかねえんだよ」
クリフォードは答えた。
すると、グランツは苦笑した。
「なるほどなあ。それじゃあ、行くか。俺も刑務所に用がある」
と、グランツ。
何の用なのか明かせなくとも、グランツにも彼なりの事情がある。彼を信用していたクリフォードは頷いた。