6 参謀
車窓から見えるのは森。ブナなどの森林の中を過ぎてゆく列車の中で。これからテュールの町に向かう5人はほとんど口を利くこともなかった。
1つの目的のために編成されたチームだったが、メンバーがそれぞれ馴染みもないうえに人と関わりたがらなかった。それゆえ、チームのメンバーが交流するようなこともない。
今、ユーリーを含めた5人がいるのは寝台列車のラウンジだ。
アディナとマルセルは本を読み、ゲオルドは眠気に耐えられずに眠り、クリフォードは何かの資料をまとめていた。ユーリーはそんな4人をよそに車窓から外を見る。
――移動時間ほど退屈な時間はないな。これまでにかかわりがなかったうえ、新たにかかわりを作ろうとするメンバーとも言えねえ。結局……
ユーリーはため息をつく。
が、ユーリー自らも交流しようとしていないことは事実。彼としては、死地に向かうメンバーに中途半端な思い入れを持ちたくないというのが本心だった。下手な思い入れで全滅するようなことがあれば、最初からかかわらない方がいい、とまで。
これから向かうテュールの町はある特定の分野の研究が盛んにおこなわれる、学問だけで発展した町。最終的な目的地であるタリスマンの町にも近く、研究所や図書館も立ち並ぶとのことで、ユーリーたちの中継地点に選ばれた。
テュールの町に到着し、スケジュールが予定通りに動けば死体研究所にレヴェナントが届けられるとのことだが――
「ユーリー。テュールの町って行ったことあるか? 」
ユーリーの隣で資料を見ていたクリフォードが顔を上げ、言った。
彼が持っていた資料は化学式などが書かれたものだった。
「そんなところは行ったことがない。そもそも、死体研究所は支部長しか行かないし俺はあまりあの町から出てないぞ」
と、答えるユーリー。
「そうか。なかなか凄いものが見られるぞ。水死体に焼死体。野ざらしの遺体だってある。その辺は居住区とは離れているが、風評被害も凄い。別に死体すべてが悪臭を放つというわけでもないんだがな」
「詳しいんだな。どこで知ったんだ、そんなこと」
「テュールにも支部が置かれるって話があるだろう。俺はその支部の下見に何回か行ったことがあるというだけだ。町の事情もそれなりにわかるし、あの研究所にも行ったことはある。研究は結構まともだったぜ。聞こえは最悪な内容だけどな」
と、クリフォードは言った。
――予想だにしない経歴の人間がいるものだ。
ユーリーは今のチームに所属するメンバーのことを知って、世界の広さを実感することとなった。
「問題のテュールの町まではまだ時間がかかるみたいだな。ま、まだ肝心のあの場所に行くわけじゃないんだ。肩の力を抜いたらどうだ? 」
クリフォードは微笑みを浮かべながら言った。ユーリーもあまり彼に話しかけようとはしていなかったが、彼はマルセルのように気難しい人ではないようだった。
「ああ。そうする。と、言いたいが。まさか死体研究所の死体がアンデッドにされることなんてないだろうな?もし黒幕が俺の予想する人物ならあり得ない話でもないと思う」
ユーリーがその言葉を口にすると、クリフォードは目を見開いた。
「そりゃ、どういうことだ?詳しく聞かせてくれ。お前の予想する黒幕について、な。俺としても結構気になるんだなあ」
――これを話してしまえば信用にかかわるだろう。いくら親しそうに話しかけてくるクリフォードでも自分の突拍子もない答えを聞いたなら。
ユーリーはその重い口を開く。
「黒幕は、俺のいたタリスマン支部の支部長だと思っている。俺はよく知らないが、アンデッドを生み出すことができるやつがタリスマンにいるはずなんだ。支部にうろつくアンデッドがそれを証明している。アンデッドなんてヤバいものを管理しているんだから、それが隠蔽できる地位にある支部長が妥当だと思う。俺の推理なんてでたらめだと思うかもしれねえが、ルナティカ……参謀も同じことを言っていたから多分間違いはない」
ユーリーの口から出た、アンデッドという言葉。
クリフォードはまた驚いた様子を見せていた。
――やはり、タリスマンという町も、その支部も闇が深い。
「それで、もう一つ聞いていいか?ルナティカだか誰だか知らないが参謀が見抜いていたのに、なんでお前は本部まで逃げてきたんだ? 」
クリフォードの発言とともに、ユーリーの目が見開かれる。
クリフォードは核心を突いていた。
「それは……」
タリスマン支部の参謀ルナティカ・キールは支部長トロイ・インコグニートを怪しんで、その上で接触が多かった。それゆえに彼女はトロイの行った数々の悪行とその秘密を知ってしまった。だからこそ彼女は賄賂と冤罪のせいで投獄された。
この事情を言うことなど、ユーリーにはできなかった。いくらクリフォードが信用できる人物であろうとも。
「まだ、言えない。会長がそれを知ってからかな、言うことになるのは。知り合って数日程度の人間にホイホイ言える事情ではないってことだけでも言っておく」
ユーリーは数秒悩んで言った。
「だろうなあ。じゃ、ルナティカがどんな人なのか教えてくれるか?よほど大切に思っていそうだしな」
「ルナティカは……俺の恋人だ。参謀を名乗れるくらいだから凄く頭もいい。非力なヤツだが戦況の分析が得意で。俺は彼女の頭脳に何回も助けられた」
と、ユーリーは答えた。
彼の表情は心なしか緩んでいた。
「多分だが、ルナティカは頭が良すぎたせいで投獄されたんだろうな。野放しにしておけばいずれ蹴落とされるということで」
ユーリーはここで言葉を止めた。
「ルナティカは刑務所の中にいるが、どこの刑務所なのかは教えられなかった。俺に突き付けられたのはルナティカが投獄されたって事実だけだ。そのうえ、あいつがルナティカを人質にまでしやがって」
「なるほどなあ。お前の事情ならよくわかったぜ。タリスマンの町でその証拠も掴んでやろうじゃないか。俺は楽しみだったりする」
と、クリフォードは言う。彼の顔は笑っていた。
第一の目的地に向かう列車はやがて森を抜けた。広がるのは一面の耕地。
――まだテュールの町は遠い。
アンデッドという呼称はユーリーの主観から出たものです。仲間内で定められている生ける屍の呼称はレヴェナントです。