13 僕を殺してください
路地の外。シャルムのせいで積みあがった瓦礫を踏み越えるクリフォード。
ユーリーだけでなく、少女――エミリーまでも見失ったクリフォードは彼らを探していた。路地の中に入っていったのだから、きっとその近くにいるのだろう。戦いながら移動しているのでなければ。
クリフォードの近くには瓦礫がつもっていた。
そして。クリフォードの目に映るのはユーリーの姿。
「クリフォード……!」
ユーリーはクリフォードに気づき、声をあげた。
クリフォードは瓦礫の上からユーリーを見下ろしていた。
「よう、ユーリー。終わったか?」
「正直、胸糞悪い最後だったよ。エミリーのヤツ、助太刀とか言ってあれはねえだろ……」
と、ユーリーは吐き捨てる。
彼とエミリーの関係は、とクリフォードは気になっていた。エミリーを見たとき、クリフォードは彼女を敵だと思えなかった。ただ単にユーリーに助太刀したいだけの少女かと。持っている武器や身体能力に違和感を覚えてはいたが。
「エミリー……あの女の子だろ? 彼女がやったのか」
と、クリフォード。ユーリーは頷いて。
「ああ。建物から飛び降りてきた瞬間に、ザクッ、だ。別に助太刀なんて頼んだ覚えはないし、俺の立場上あいつは敵だ」
彼は続ける。
エミリーはユーリーもよく知る人物。トロイの娘のような存在で、かつては――今でもだが、ユーリーのことを「お兄ちゃん」と慕っている。
彼女はきっと、ユーリーが戻ってくることを望んでいるのだろう。だが、ユーリーにそのつもりはなかった。
「ジャレッドさんのところに行こう。俺たちが行くところは、多分そこしかない」
と、ユーリー。クリフォードは頷いて彼についていく。
――悪意に翻弄されて殺されるくらいなら死んだ方がましだ。
民家の一角に横たわる中年男性の遺体。死後、時間は経っていないが床には血だまりができている。
少し前までは生きていた彼はあるメッセージを残したようだった。
民家のドアが開けられた。立ち入ったのはユーリーとクリフォード。先にユーリーが民家の中に入り、その異変に気付く。
血だまり。倒れた男――ジャレッド。その近くのテーブルには何かのメモが残されていた。さらに、遺体の傍らにはナイフが落ちていた。
「見てくる」
クリフォードはそれだけ言って、部屋の中に入る。
手袋をつけ、ジャレッドの遺体に触れる。ジャレッドの安らかな顔には血がべっとりとついている。だが、傷はそこにはない。クリフォードはさらにジャレッドの身体の傷を探した。その手つきは慣れている、以外の言葉が見つからないほどだった。
やがて、クリフォードはジャレッドの首筋の傷を発見した。ナイフで刺したような傷があり、血がかたまっている。
「どうなっているんだ」
クリフォードから少し遅れて部屋に入ってくるユーリー。するとクリフォードは口を開く。
「自殺か他殺かは知らない。多分、死因は失血死だな。死んでからはだいたい6時間くらいか?」
「詳しいな。彼の顔を見てもいいか?」
とユーリー。
まだ、ユーリーは遺体の人物が誰なのかを知らなかった。この家に出入りする人物が複数である分、ジャレッドではない可能性もある。
淡い期待を抱きながら、ユーリーは遺体の顔を見た。
「……これが現実ってやつか」
と、呟くユーリー。
彼が見た顔は血塗れの男の顔。安らかな顔ではあるが、それはジャレッドのものだった。
「ジャレッドさんは、殺されてもおかしくない立場の人だったから覚悟はできていた。いざ死ぬってことになるとな……」
「そういう人だったんだな? これが自殺か他殺かはわからないが、こんなメモもあったぞ」
クリフォードは傍らのテーブルに置かれていたメモを取り、ユーリーに差し出した。
ユーリーはそれを受け取った。
「これはジャレッドさんが書いたのか?」
「知らないな。筆跡がかなり乱れていることからして錯乱していたのは確かだろう」
と、クリフォードが言うとユーリーは眉間にしわをよせた。
人を錯乱させる。精神に影響を与えるような能力についてはユーリーにも覚えがある。
ヘザー・レーヴィ。ユーリーの記憶を改変していた人物であり、感情を操る力を持つ――
「タリスマン。トロイ・インコグニート。アリス・アッカーソン――。ここで文字は消えているな」
ユーリーは呟いた。
トロイの名前は知っている。だが、ユーリーはアリス・アッカーソンを知らない。アリスなる人物が何者なのかも。
「そうか。せめてこの遺体はなんとかしたい」
「だな……」
部屋に横たわる遺体。仮にこの民家を本拠地とするには、できれば見たくないものだ。
ユーリーがジャレッドの遺体に触れようとしたとき、民家に入ってきた者がもう1人。
「あ、あなたは」
入ってきた者――ダリルはふと、声をあげた。
「ジャレッドさんを殺したんですか? 来いっていう手紙が届いたから来たのに……」
ダリルは言った。
「違うぜ。俺たちもさっき来たし、そいつも死後6時間は経っているみたいだ」
「口では何とでもいえます。僕はあなたがやったって判断することもできるんですよ。しないけど」
ふと、ダリルから殺意が消えた。だが、まだ彼はユーリーのことを気にしているようだった。そこにあるのは敵意とは別のもの。ダリルは何を考えている。
「ユーリー・クライネフ……さん。お願いがあります」
ダリルは続ける。ユーリーはごくりと唾を飲んだ。
「なんだ……」
「僕を殺してください。じゃないな。僕を殺して、この町を滅ぼしてください。あなたにはそれができるから……。見ていたんです。あなたがその能力で人を殺すところを。だから頼んでいるんですよ……あなたが町と一緒に僕を滅ぼしてくれるなら、僕はその……最高に逝けそうだから……フフ……」
徐々にダリルの顔に狂気が浮き上がる。不気味なほどに口角があがり、その顔に影が入り込む。無害なような見た目だったダリル。だが、今はそのように見えるはずもない。
ダリルが望むのは死と破滅。そのためにユーリーを利用しようとしているのだ。
「気持ち悪いことを言いやがって……」
ユーリーは小声で吐き捨てる。
「さあ! 僕を殺してくださいよ! 多分、あなたに殺されることが一番興奮する!」
ダリルは狂気にとりつかれていた。
「逃げるぞ」
ユーリーの後ろでクリフォードは言った。
入り口の方はダリルが塞いでいる。ならばどうするか。クリフォードが目を付けたのは窓だった。
「窓だ。窓から逃げる!」
――そうだ。逃げることが最善だろう。得体の知れない相手だから。
クリフォードは一足先に窓から外に出た。それに続き、ユーリー。
目の前から逃亡したユーリーとクリフォードを見たダリルはため息をついた。
「僕は別に怪しい人でもないのに」




