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GIFT of Judas ~偽りの正義と裏切者への贈り物  作者: 墨崎游弥
ステージ5 不穏分子たち
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11 俺を殺す権利は

 ――これでシャルムの身体を蝕むことはない。これで忌まわしき力を使うこともない。


 穴の中。光が消え去った後、ユーリーは斧を強く握りしめた。イデアは展開できる。殺人カビとしての力だけが封じ込められたにすぎない。

 目が眩む中で、ユーリーは目の前の敵の顔を見た。シャルムの顔は怒りに満ちていた――だが、それと同時に行き場のない思いもあった。


「おい、シャルム。何か勘違いしていねえか?」


 ユーリーは斧を握りしめたまま言った。


「それはないな。お前が兄弟を殺したという事実は動かない」


 シャルムはそう吐き捨てると、腰に差していた2本のジャックナイフを抜いた。彼がジャックナイフを手にした瞬間、その刀身は消えた。だが、柄だけはその手に握られていた。

 シャルムにはまだ、何かがある。


 今度はユーリーが先に動く。斧を振りかぶり、シャルムの首を狙って振るう。

 シャルムは斧での攻撃を見切っていた。刃の消えたジャックナイフで斧を受け止める。が、ユーリーの攻撃はあまりにも重く、シャルムは吹っ飛ばされた。


 さらに追撃しようとするユーリー。建物の壁にぶつかりながらもユーリーから目を離さないシャルム。2人の間にはゆずれないものがあるようだった。


 建物の壁が崩れる。人間がぶつかっただけで崩れるような代物ではないのだが、不完全ながらもイデアを展開するユーリーとシャルムはそれをいとも簡単に破壊した。


 崩れ落ちた瓦礫の中。シャルムはその隙間からユーリーの姿を見ていた。

 斧を持ち、イデアを展開したユーリーは神話の破壊神か、英雄のようだった。その姿を前にして、シャルムの中で「勝てる気がしない」という思いが湧き上がる。だが、シャルムはユーリーを殺さなくてはならない。これは兄弟たちへの弔いだから。


 瓦礫の山が消滅する。押しつぶされかけていたシャルムは立ち上がり、ジャックナイフを持ち直す。

 斧を持っていたユーリーは自分から仕掛けてくることもなく――


「来いよ」


 ユーリーは言った。

 彼には何か意図がある。無意味にシャルムを挑発しているということでもなく――


 シャルムもユーリーの意図にはそれとなく気づいていた。そうしたうえで。

 口元はガスマスクで覆われてわからないが、シャルムの顔は笑っていた。


「いいだろう……」


 シャルムはあえて、ユーリーの挑発に乗った。

 刃の消えたジャックナイフにイデアを集め、ユーリーに詰め寄る。この刃で、ユーリーの首筋を掻き切らんと。

 ユーリーは間一髪のところで躱す。が、刃に触れた毛髪が消えた。


 ――なるほど。その刃そのものがイデアになったってわけか。


 シャルムのイデアの全容。使い手でもないユーリーの知ったことではないのだが、その予想はついていた。

 能力が『消滅』であること。それも範囲を自在に操れるような。その最大の範囲はわからなくとも、クレーターを作るくらいは造作ないこと。


 ユーリーはふらついた身体を起こしながら、シャルムの連続した斬撃を躱す。

 消滅の斬撃を受け止めるようなことがあれば、ユーリーの方が無事では済まないだろう。


 ――消してやる。殺してやる。


 シャルムの怨嗟がユーリーに伝わる。彼は憎しみに駆られている。己の古巣を憎むユーリーと同じように――


 シャルムの刃が空を切る。ユーリーは彼から間合いを取ろうと後ろに下がるが、その距離も詰めてくる。

 見えない刃は実体がない。振るわれるたびに空気は動くが、その姿はとらえることもかなわない。だが、ジャックナイフを包むようにイデアは展開されていた。


 後ろに下がることしかできないユーリーはついに追い詰められた。

 ユーリーの後ろは壁だ。このままであれば、シャルムの能力で殺されるだろう。

 まだ勝つ方法ならばある。手段を択ばなければ、シャルムなど簡単に殺せる。が、ユーリーはその気にはなれなかった。


 振るわれる不可視の刃。だが、刃はユーリーの目の前で止まった。顔に傷を入れることもなく。


「何だ……」


 戸惑うユーリー。すると、シャルムは口を開く。


「トウヤ・インコグニートを殺したのはお前か?」


「俺が殺した。実際にそうする理由があったからな」


 隠す必要もない。何を言ってもシャルムはユーリーを殺しにくるだろう。ユーリーはそう考えていた。

 だが――


「そうする理由……? 元はそいつらと同じことをしていたお前だ。相当な事情でもあったんだろう。例えば、失望するようなことがあった」


 シャルムはユーリーの状況を見抜いていた。

 ユーリーは顔を引きつらせて言う。


「あったよ。それも、ヤツらを殺すに十分な動機になりうることが。それでも、お前にも俺を殺す権利はあると思うぜ」


「それは知っている。せいぜい、楽しく戦うか? 俺はこう見えて戦うことは好きだ」


 シャルムはそう言って、突き付けていたジャックナイフを下した。いつの間にか、シャルムのジャックナイフの刃が元に戻っていた。それだけでなく、シャルムの展開していたイデアだって消えている。

 そして、シャルムの表情も変わっていた。彼の敵意は少しずつ薄れている。


「そうさせてもらうぜ。けどな、お前はなんでイデアの展開をやめた?」


 と、ユーリーは尋ねた。


「俺の中に迷いができてしまったからだ。だが、勘違いするな。敵が同じだからとはいえ、兄弟を殺されたことは忘れない。俺がやめるのは戦うことではなく、お前を消滅させて殺すことに過ぎない」


 シャルムは言った。

 すると、ユーリーもイデアの展開をやめて斧を持ち直す。


「わかったぜ。お前の敵意なら受け止めてやる。多分、そうすることしかできねえからな。お互いにイデアだけ封印ってことでいいだろ?」


「構わない」


 シャルムはそう答え、「ふっ」と笑った。

 2人は因縁を乗り越えたようにも見えた。




 ユーリーとシャルムを見失ったクリフォード。

 完全に取り残されたようだった彼は、2人が入り込んだ市街地の方に――市街地の建物の屋上に人影を見つけた。


 それは12歳くらいの少女だった。黒を基調としたロリィタ風のワンピースを身に着け、その姿に似合わぬ大きさの鉈を持っている。


 ――危険だ。


 本能がクリフォードに訴える。

 そんな中で、少女――エミリーは建物から飛び降りてクリフォードの方へ向かってきた。


「ユーリーはむこうに行ったみたいよ」


 エミリーは市街地の方を指さしながら言った。


「そうか。向かってみる」


 クリフォードはエミリーの言葉を真に受けてその方向に向かおうとした。が――


「わたしもついていく。手助けしてあげないと、ユーリーが可哀想だから。わたし、こう見えて人の首を落とすのが得意なの」


 エミリーは言う。

 彼女が放つのはおおよそ少女とは思えない不気味さ。拒否すれば殺しにかかる。人外の力に殺される。そのような不気味さだ。


「……危なくなったら逃げるんだぞ」


 エミリーの圧に押されたクリフォードはそう言った。

 2人が向かうのは、ユーリーとシャルムのいる市街地。彼らはそこで戦っているはずだから。



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