1 不幸であることが
ステージ5開始です。
――僕は結局受け入れられない。でも、それでいい。不遇で不幸であることが、僕のアイデンティティだから。
意識を取り戻したダリルはダウンタウンをうろついていた。
彼のいるダウンタウン。通りにはレヴァナントの残骸や、かつての仲間の遺体が転がっていた。はっきりいって非常に痛ましい光景ではあるが、ダリルはそれから目をそらした。
時間は夜中3時前。破壊されるか電気の供給が止められた街灯の光はなく、かわりに付近のアパートから漏れる光が周囲を照らしていた。
ここで戦いがあったことはダリルにも想像できる。それを物語るのはやはり死体。ほとんどの死体から首が消えていたこともあり、何かがあったのだろうとダリルには想像できた。
そんなとき。
「ダリル。ダリル! 気づいているか!?」
ダウンタウンの路地から、ダリルもよく知る人物の声がした。
「僕に――」
ダリルはその声の主を拒絶しようとした。だが。
「知ったことか! 来い!」
声の主はシャルム。ダリルが路地に目をやると、そこには返り血を浴びたシャルムがいた。隣にいるのは赤髪の男――アンディー・インソムニア。
シャルムは路地の近くを見回し、ダリルのいるメインストリートに出た。
口元はガスマスクで隠れているが、その目は確かにダリルを信用しているような目だ。
――ここまで言われてしまっては折れるしかない。
「わかりましたよ……」
ダリルは渋々と路地に入る。
「簡単に今の状況を説明すると、俺たちデーモンボーイズは実質壊滅していることになる。アンディーが力を貸してくれるとはいえ、4人でどうなるのだということだが」
「4人?」
ダリルは聞き返す。
ボスはいないとして、シャルム、ダニエル、メルヴィン、アンディー、そしてダリルがいれば5人のはずだ。
そう、まだダリルもこれまでに起きたことを知らない。
「4人だ。廃工場でダニエルが殺されたからな。酷い最期だった」
と、シャルム。
感情を圧し殺しているようだったが、彼のなかには深い悲しみと怒りがある。
ダニエルはシャルムにとって、最も大切な人物だった。同じ場所で生まれ育ち、幼少期からの付き合いがあった。だが、お互いに貧しく、まともに暮らすことができなかったということでストリート・ギャングに落ちた。
長い間共に過ごしたというだけあり、2人の絆は並大抵のものではない。まさに、兄弟だろう。
「殺されたんですね。それで、メルヴィンは?」
ダリルは尋ねた。
「アジトにいるんじゃないか? 俺と入れ替わりでアジトに戻るとか言っていたが」
「そうですか。あと、彼は……」
ダリルはシャルムの隣にいる男に目をやった。中世や近世の貴族のような、時代錯誤な服装の男、アンディー。彼はどこか不気味で、ダリルに無意識の恐怖感を植え付けていた。
「アンディー・インソムニア。この町に伝わる吸血鬼の都市伝説があるが、その一人が僕だ」
と、アンディーは名乗る。
すると、ダリルの眉がぴくりと動く。
「吸血鬼……実在したんですね。噂では散々聞きましたけど、本当に見ることになるとは」
ダリルはそう言いながらアンディーをまじまじと見る。外見は普通の人間と変わらない。特徴があるとすれば、赤い瞳。アルビノのようではあるが、肌の色からしてアルビノではない。
だが、このアンディーに日の光を当てれば1時間と経たないうちに灰になる。彼はその性質を持つがゆえに人間社会から距離を置き、廃棄所の前の廃屋にて暮らしていた。それがいつしか都市伝説となっていた。
「彼も確かに吸血鬼だが、俺たちのボスも吸血鬼だったぞ」
ここでシャルムが口を挟む。
「アンディーと険悪でな、名前を出そうとは思わないがとにかく凄い方だ」
シャルムがあえて名前を出さないあたり、何かあったに違いない。ダリルは過去の出来事をできる限り予想してみた。例えば、裏切り。だが、ダリルはすぐにそのことを深く考えるのをやめた。
デーモンボーイズのメンバーがたびたび口にする『ボス』。その人物が一体誰なのか。それはダリルに知る由もない。
「いや、これ以上話すのはやめよう。アジトに行くぞ」
シャルムは話を切り上げ、2人を連れてアジトへ向かった。
デーモンボーイズのアジト。鍵はすでに開いていた。メルヴィンがいるのだろうか、と勘繰りながらシャルムは中に入る。
ドアのすぐそばにいたのは黒猫。シャルムが気まぐれで拾い、このアジトで飼っている猫だ。
「戻ったか」
アジトの奥からメルヴィンの声が響く。シャルムの後ろにいたダリルはほんの少しだけ恐怖を覚えた。
ダリルは一度、メルヴィンから見捨てられている。彼と会うことはダリルとしても気が引けることだったが――
「ああ。前に俺とダニエルが会っていたアンディー・インソムニアもつれてきた」
と、シャルム。
「彼か。それと、俺が見限ったはずのダリル。あんたは見捨てないんだな?」
「ああ。仲間……兄弟だろう? 兄弟を見捨てるようなこと、あってはならないと思うぞ」
シャルムは答えた。
メルヴィンは「やれやれ」と言って、アジトの地下に姿を消した。
「シャル……リーダー。僕、まだここにいてもいいんでしょうか?」
ダリルは言う。シャルムには認められているとはいえ、メルヴィンとは気まずいままだ。アンディーは初対面のうえ、ダリルも恐怖を植え付けられるほど。今、ダリルがここで信頼できるのはシャルム1人だろう。
「何を言っているんだ。当然だろう。俺たちは兄弟だからな」
シャルムは言った。
「さて。これからの俺たちだが……タリスマン支部をどうにかすることだけは決まっている。ダニエルが殺された今、仇くらいは討ちたいところだ。それと、ユーリー・クライネフ達にも、な」
リーダーはタリスマン支部だけでなく――かつてタリスマン支部に所属していたユーリーや、その仲間に対しても思うところがあった。主に恨みとして。
事実、ユーリーらはストリート・ギャングを何人も殺している。彼らに報いを与えるべきだ、とシャルムは考えていた。
そして、メルヴィン。彼の心は穏やかではなかった。
この4人でもひときわ異質な彼は、再び己の行動について考えなくてはならなかった。
因縁のある相手はいたるところにいる。特に、メルヴィンにとってはそうだった。