4 対策チーム (挿絵あり)
本日最後の投稿分です。
しばらく毎日投稿、30話~40話をめどに隔日投稿にする予定です。
――痛みはない。額の違和感もなく、銃弾を受ける前の状態と大して変わらない。
ベッドで上体を起こすユーリー。その目に見える景色は気を失う前とそれほど変わらない、鮮血の夜明団本部の医務室。彼の前にいたのは、あのヘンリク。
「やっと目が覚めたかな? 」
ヘンリクはユーリーの方を見て言った。
「ああ。おかげ様で調子もいい。錬金術ってこんなこともできるんだな」
ユーリーは呟いた。
「できるよ。相当な知識を詰め込んで、経験を積めばね。あとは適性もものをいう」
ヘンリクは答えた。さらに彼は持っていたバインダーに挟んでいたメモを見ながら――
「そうそう。俺が伝えたかったレヴェナントとかいうやつらのこと。現地からの報告もあってかなりスムーズに進んだ。その結果、レヴェナント対策チームが派遣されることになってな。そのうちの1人に君が選ばれたというわけだ」
ヘンリクが言うには、ユーリーが眠っている間にタリスマンの町でのことについて会議が行われ、彼の了承も得ずに作戦への参加が決定した。
ユーリーが麻酔で意識を失ってから2日程度、時間がたっているようだった。
「ああ、そうか。逃亡者にはこれがお似合いだよな。死地に放り込んで、捨て石扱い。これでいいんだ」
不服そうだが納得した様子で、ユーリーは言った。
「違う、違う。君が選ばれた理由はタリスマンの町について一番詳しいってわかっていたからだよ。別に君を捨て石扱いするつもりもない。会長だって拒否権くらいは与えてくれた。知らないところで決められて、死地に送り込まれるのも可哀想だろうってな」
「いや、別にそれはない。決まったわけではないけど黒幕の可能性が高いやつを、俺は知っているからな。別のところで知らされていたなら、俺も独断で行くつもりだった」
――まだそうだと決まっていないとはいえ、支部長のしたことであれば放っておけるわけがない。これまでにしてきたことを考えれば。
思わず、ユーリーは怒りを顔に浮かべていた。
「ま、作戦そのものは明後日からだし。俺は一足先にタリスマンの町近くの廃棄所の様子を見てくる。お互い、生きて会おう」
ヘンリクはユーリーの怒りを気にすることもなく、そう言って外に出た。
医務室の外はヘンリクも知る、選抜された魔物ハンターたちが待っていた。戦い方も、これまでの経歴も違う中で。ただ、タリスマンの町に現れた者に対して有利に戦えるであろうといわれる者たちが集っていた。ユーリーも彼らに混じって戦うのだろう。
選ばれた者たちに混じって、零もその場にいた。
「ユーリーの様子はどうだ? 」
ヘンリクが医務室から出てきたところを見て、零は尋ねた。
「後遺症もない。治療は成功したみたいだ。錬金術を使った甲斐があったね」
と、ヘンリクは答える。
錬金術での治療は万能ではない。だが、ヘンリクはユーリーの傷を痛みもなく治療した。
「なら、よかった。俺たちは一足先に廃棄所に調査に行くというわけだな」
「そうだよ。廃棄所近くでは何があるかわからない。ま、頼りにしているよ」
ヘンリクは言う。
――元はといえば、調査はヘンリクが提案したものだ。『レヴェナント』と呼ばれる者たちがどこからやってきたのか。魔境とも名高い廃棄所と関係があったら。ヘンリクはそれを気にしていた。彼は鮮血の夜明団の一員として、それ以上に錬金術師や研究者として、『レヴェナント』に興味を持っていた。
「ああ、頼られた。全く、2年前に死んだあいつといい、お前といい。なんで俺の周りには研究者気質のヤツばかりが集まるんだろうな? 」
やれやれ、と言わんばかりに零はため息をついた。
ユーリーもヘンリクの後を追うようにして医務室を出た。その外にはヘンリクと零もいたが、選抜された者たちもいた。顔の良い男、褐色肌の女など、総勢4人の男女。そこにユーリーが加わることになる。
「待たせやがって……」
4人の間には明るい空気など流れていなかった。彼らが醸し出していたのは過度な緊張感。まるで、チームの連携がすべて否定されたかのように。
「マルセル!この初対面の場で空気を悪くするなよ。俺たちはこれでも1つのことを成し遂げるためのチームになるんだ」
七三分けの青年が言った。
「すみません、ゲオルドさん」
マルセルと呼ばれた銀髪の青年はそう言って黙る。
「さて、5人集まったことだし、お互いの名前と特技も知っておこうか。特に、君」
ゲオルドはユーリーの方を見る。
「……そう、ですね。俺はユーリー・クライネフ。武器は斧で、殺人カビのイデアを使います」
「殺人……」
褐色肌の女――アディナ・フランクリンはあからさまに表情を変えた。彼女としては、ユーリーがあまり好印象に映らなかったらしい。
「……まあいい。私はアディナ・フランクリン。能力は、地面を操ること。こんなふうにね」
アディナが名乗り、彼女の周囲に砂埃らしきものが漂う。しばらくすると、地面が棘状になる。これに刺されたらひとたまりもないだろう。
アディナの能力を見て、目を丸くする赤髪の男――クリフォード・カーライル。
そして彼が次に名乗る。
「クリフォード・カーライルだ。武器は銃、能力はコイツだな。言ってみれば、解毒剤か」
クリフォードは言った。彼もまた、数々の死線を潜り抜けてきているようだった。
クリフォードの次に名乗ったのは、銀髪の青年だった。
「俺はマルセル・クロル。レヴェナントと吸血鬼の可能性が示唆されたので参加することになった。使うのは、光の魔法とこのクロスボウだな」
そう言うと、マルセルは腰に下げていたクロスボウをユーリーに見せた。クロスボウにセットされている銀の矢。これに光の魔法を込めて射出するのだろう。
マルセルの戦法はユーリーに劣等感を植え付けた。
――銀の武器を使う者は、どうも過去の経験を思い起こさせる。銀の仕込み傘を使う母と比較され、自分にはその才能も適性もなかった。ただ、周囲の者たちは光の魔法と銀の武器で活躍し、自分はそれができない。だから自分は吸血鬼と戦う必要のない場所に左遷された。
「おい、しけた面するのはやめろ。コンプレックスでもあるのか? 」
「何でもない。あったとしても、初対面の人間には言うつもりもないな」
ユーリーは言った。
もともと和気藹々とした雰囲気とは程遠かったが、ユーリーとマルセルによってさらに殺伐とした雰囲気になっていた。
「つづけるぞ、マルセル! 」
と、2人に声をかけたゲオルド。
「俺がゲオルド・ムーア。特技は射撃。会長からはこのチームのリーダーを任された」
最後に名乗ったのはゲオルドだった。彼はあからさまにいやそうだという空気は出さず、ユーリーにとっても親しみやすいようには見えていた。
「さてと。タリスマンに向けて出発するのは明日。タリスマンの町に近い、テュールの町の外れから車を出してもらう予定だ。レヴェナントが出ている以上、タリスマンの町に直接行くのは危険らしいからな」
と、ゲオルドは言う。
ユーリーはつい最近までいた場所に思いを馳せる。
――まさか。自分がいたときはすでにレヴェナントが発生していた、なんてことはないだろうか。