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5 首

 このピアノ線は絡まれば確実に人の首でも切断する。トミーは自身の能力を過信していた。

 彼の前にいるアディナ。ピアノ線が再び彼女を襲うとき、アディナはそれをひらりと受け流す。ピアノ線は街灯に絡みつき、真っ二つに切断した。

 アディナはその様子を右目の端で見ていた。


 ――危なかった。あと少し反応が遅れたら私の首が落ちていた。


 間一髪のところで避けたアディナはトミーの能力の恐ろしさを認識した。これまでに戦った中でも人を殺すことに特化しているのだろう。

 トミーがピアノ線を手繰り寄せる。対するアディナはなんとか隙を突こうと右脚で地面を踏みしめる。

 現れる地面由来の棘。

 トミーはピアノ線をほんの少しずらす。すると棘は何層にもスライスされた。アディナが考えながら出現させた棘はいともたやすく攻略された。彼女を襲うのは一瞬の絶望感。


 ――どれだけ私があがいたところで……


 アディナの顔に絶望の色が現れる。トミーはそれを見逃すこともなく、もう一本のピアノ線を放った。

 そのとき、アディナが目を付けたのは自分のすぐ下。範囲内であれば操ることなどたやすい。アディナは右脚で地面を踏みしめる。地面を足場と囮にして、ピアノ線を躱す。

 彼女が予想した通り、トミーの放つピアノ線は足場に絡みついて切断。それと同時にアディナは宙を舞う。


 ――私にとって最善とはいえないけど、あれで首を落とされるよりは……!


 アディナは商店の屋根に着地した。トミーは彼女の方を見ておらず、商店の屋根は完全に死角だった。ここに直接攻撃が来る、というわけではないがアディナにも攻め方がわからなかった。下手に地上に降りればトミーのピアノ線で体を切断される。だが、そうしなければトミーを攻撃することはできない。

 もし、空中で能力を使うことができたなら。もし、別に武器を持っていたら。アディナは今の状況に追い込まれていなかっただろう。


 ――さて。彼に見つかれば、私も危ない。彼の能力の破壊力はこの目でしっかりと見ていたから。


 トミーはそのピアノ線であらゆるものを切断していた。本来であれば、ピアノ線程度で切断できないはずの街灯なども。それらが切れているということは、人間の胴体だろうが首だろうが、いとも簡単に切断できる。

 アディナはその考えに至った瞬間、戦慄した。


 そして、トミーが振り返る。どうやらトミーはアディナに気づいたらしい。


「絶対に仕留める……兄弟にコイツの首を……」


 トミーがピアノ線を放つ。それと同時にアディナは跳び上がる。ピアノ線は避ける。攻撃は後回しだ。

 ピアノ線が建物を切り裂いた。どうにか避けたアディナはトミーの近くに隙を見つけた。ねらうなら、そこだ。

 アディナはピアノ線の間をくぐり、トミーの後ろに着地する。


 トミーが振り返った瞬間、アディナはトミーの前に地面から何本もの棘を出現させた。その分、地面が抉られてゆく。

 ピアノ線が触れたのは、棘。それらが無惨に切断される。立っていればアディナも輪切りにされていたのだろうが――


 アディナは抉れた地面に伏せていた。彼女の上をピアノ線が舞う。

 棘の残骸が崩れてきた瞬間、アディナは抉れた場所から脱出した。ピアノ線はすでにトミーの手に戻りつつあり、恐らくこのまま斬られることはない。今がチャンスだった。

 地面に手を突き、トミーの顔を見る。


「どうやら、お前の能力は隙もできるようだな」


 脚だけではない。アディナの能力は、手を通じてでも――手が地面についていれば発動できる。たとえ、彼女が逆立ちしていたとしても。

 アディナの掌から伝わるエネルギー。一度切り裂かれていた地面の棘も集まって、トミーを下から貫く。


 ――胴体、とまではいかなかったか。それでも片腕――左腕は封じた。


 アディナは「ふっ」と笑う。

 対するトミーの顔はみるみるうちに怒りを浮かべた顔となる。アディナを追い詰めた能力を使う彼なのだから、それも仕方がない。


 次こそは心臓を狙い打つ。アディナはトミーの後ろに回り込む。今、彼の後ろには隙がある。

 アディナはトミーの体の中心を貫くように、地面から棘を生成する。抉れた地面から現れる棘。彼女は勝利を確信した。が――


「引っ掛かったな! 俺はその気になれば穴がない状態にだってできるんだよ!」


 振り返るトミー。彼の右手に握られていたピアノ線は2本。片方は虚空を舞ったものの――


 秋の空に影を作るピアノ線。そのうちの1本がアディナの体に絡みつく。


 首が落ちる。

 腕と胴が切断される。

 次は腰、脚。


 ピアノ線によってアディナは、文字通り輪切りにされた。

 彼女の血が渇いた地面を赤く染める。この一瞬で、アディナ・フランクリンは死んだ。

 切り刻まれた彼女の亡骸を見下ろす、白い顔。トミーはもはや喋らないアディナを見て、口角を上げた。


「今戻るぜ、エリオット――いや、違うな。まだ俺の相手はいるらしい」


 バイクのエンジン音が木霊する。次のエリオットの標的は――


 ダウンタウンの道を走ってくるバイク。それに乗っていたのはゲオルドとマルセルだった。そのうち、マルセルは片手に拳銃を持っていた。これはゲオルドが護身用に持っていたもの。ゲオルドは運転しながら射撃はできないだろうと考えて銃をマルセルに渡していた。


「いいか、マルセル。合図したら撃て。銃は3点バーストになっているはずだ」


「はい」


 マルセルは銃口を白髪の男――トミーに向けた。バイクは動いているが、外すわけにはいかない。


「今だ」


 と、ゲオルド。

 彼の合図とともに、マルセルは引き金を引いた。が、弾は外れる。銃声をききつけたトミーはバイクの進行を止めるかのように、ピアノ線を張り巡らせた。


 バイクは止まれない。ゲオルドがブレーキをかけてもすぐには止まらない。

 トミーがピアノ線を手繰り、それは2人の首に触れる。


 ざくり。


 ピアノ線が食い込む。

 血がバイクと地面を濡らす。

 運転手が絶命し、バイクはコントロールを失って商店に突っ込んだ。


 首のない遺体の近くは血でぬれている。


「エリオット……今行くよ。そっちに行ったブスもいずれ始末する」


 トミーは呟いた。が――

 彼の後ろに何者かが迫っていた。その者は、人間とはかけ離れた何かだった。



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