4 電話に出ることができません (挿絵あり)
『見つけることはできてもたどり着くことはさせるかよ』
男の声とともに、目の前の風景が変わる。
ここは本拠からそれほど離れていない、ダウンタウンの外。携帯端末からはノイズのみが流れていたが、じきにそれも直る。流れるのはコール音だけだ。
『ただいま電話に出ることができません』
携帯端末からはその声が虚しく響く。ゲオルドにつながらなかったのだろうか。それとも――
本拠の近くにはほとんど人がいなかった。空の明るさもすべて。本拠を出たときと同じく。
――本拠を出たときと同じく?
ブリトニーはふと、周囲の様子に気付く。これがループならば、また同じことが繰り返される。同じことが繰り返されるのなら、もう一度携帯端末の回線から敵を探ることもできるかもしれない。
ブリトニーは携帯端末に電磁波を流し込んだ。
そのとき。
「何が起きているの?」
バイクを運転するアディナが言った。彼女も何かに気づいたのだろうか。
「またループしたみたいだ」
と、ブリトニー。するとアディナは疑うような顔をブリトニーに向けた。
「嘘を言わないで。私達はさっき本拠を出たばかり。ダウンタウンも通っていないのに」
アディナは答えた。
ブリトニーはここにも違和感を覚えた。さっきまでアディナは敵の能力に気づきかけていた。同じところを、同じ時をぐるぐると回っていることにも。だが、今のアディナはそれさえも忘れている。否、わかっていない。
まるで、アディナの思考が初期化されているようだ。おそらく、彼女の思考までループの餌食となったのだろう。
「これからダウンタウンを抜けて刑務所に近づく。敵襲には気をつけて」
と、アディナ。ブリトニーは彼女のその言葉をもう一度聞くこととなった。
「わかったよ。敵なら大方目星がついている」
ブリトニーは「ふっ」と笑う。その不敵な笑みが向けられるのは携帯端末。
そして、バイクは再びダウンタウンに突入する。
ダウンタウンの入り口では2人組の男女が並んで煙草を吸っている。派手な服装であるためか、ブリトニーは最初に見たときから2人の様子を覚えていた。
これはループに巻き込まれる前と同じ。次の町の様子は。ブリトニーは周囲の様子を探ることに集中した。これといって特徴的なことが起こっているわけでもない。次に見るべきは、看板の近くの黒猫。
「敵の気配はどうだ?」
前を見たまま、アディナは言った。
「もう気づいたぜ。あたしらはループに巻き込まれてる。敵は携帯端末からもう一度探ってみる」
と、ブリトニー。
電磁波を携帯端末に流し込みながら周囲を見回すブリトニー。
黒猫だ。特徴的な看板の近くを黒猫が横切った。ブリトニーが覚えている限りでは、その黒猫も一度見ていたもの。
置かれた状況がわかっているのなら、次は対策を考える。そもそも、そのためにはループさせている元凶を見つけなければならないのだが。
ブリトニーは携帯端末に電磁波を流し込んだ。
――これで見つけ出すことができれば。
コール音。ノイズ。再び聞こえる、呪文のような声。ブリトニーはそのノイズに引き寄せられるように電磁波を流し込んだ。
――これでどうにかできるなら。
サイバーパンク風の衣装を纏った赤髪の青年は頭を押さえた。
彼を襲う、激しい頭痛。そして、彼の周囲――半径2メートルほどの範囲に展開されたイデアが激しく乱れた。メビウスの輪を象ったビジョンが崩れ、砂嵐だらけのスクリーンのようになる。
「くそ……いずれ気づかれると思ったが……」
彼――エリオットは近くに置かれていた携帯端末を取った。彼が電話をかける相手は、彼自身の相方――トミー。2人は兄弟のように親密な間柄だった。
コール音の後、携帯端末ごしにエリオットの耳に入るトミーの声。
『どうかしたか?』
「俺の能力が破られた。いずれ発狂してくれると思ったけど案外しぶといな。はやいとこ、片付けてくれねえか?」
と、エリオットは言う。
『仕方ねえ。兄弟が言うことならなあ。面倒だが』
「頼む。俺もいずれそっちに行く」
電話が切れる。
エリオットは立ち上がり、ベランダから町を見下ろす。もうすぐループから解放されるダウンタウンは、やはりいつも通り。たかがループでは根本的に変えることなど不可能だ。
エリオットはバイクのエンジン音が聞こえてくると通りに出た。
「頼んだぞ、兄弟」
エリオットはアサルトライフルを握りしめた。
――トミーのやつ、昔から信用できないとか言われていたよな。だが、俺は信じている。生きて会おう。もし死ぬようなことがあったとしても――
携帯端末からノイズと声が消える。ブリトニーはその理由がよくわかっていなかったが――
「一度バイクの速度を落とす。降りて戦うことも考えて」
アディナは言った。
そして。運命の時はやってきた。
通りに現れる、ストリート・ギャングの青年。彼はその手にピアノ線らしきものを持っていた。それが何なのか――
青年とアディナの目が合った。アディナはブレーキを踏む。
「こいつじゃねえ! あたしらを閉じ込めたのは――」
「なぜ敵がひとりだけだと思える? 昨日の、あの女みたいに影に誰かがいるのかもしれない」
と、アディナ。彼女はバイクを降り、ストリート・ギャングの青年――トミーをしっかりと見ていた。
「あんたは、ループさせたヤツを探しな」
アディナはそれだけを言って、左脚で地面を踏みしめた。
せりあがる地面。棘のようになった地面はトミーを下から貫こうとした。が――
「だろうと思った」
アディナの視線の先。そこにあるのは、切断された地面由来の棘。トミーはその能力で地面の棘を切断していたらしい。
「絶対に生きて戻るぜ、兄弟」
トミーは言った。
生き残る意志はアディナとトミーの双方にあった。
しばらく話の流れが難解になってきます。この流れが終わったらどこかの後書きで解説を入れる予定です。




