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2 理不尽な話だ

レムリアの食事の事情がちょっとわかる回です。

 ユーリーがチームから外れた翌日。本拠にいたのはヘンリクも含めて5人――クリフォードはユーリーを連れてアトランティスロードの向こう側へ行った。

 本拠で迎えた朝は明るいものではなかったが。見張りから戻ったブリトニーはなぜかニヤニヤと笑っていた。


「そういえば、昨日言ってたあの吸血鬼。処刑人とか言って、人を食べてるんだって?」


 部屋に入ってくるなりブリトニーは言った。


「カニバ、じゃないか。でもさ、実際に人の肉食べる人っているんだろ? そういう性癖もあるって話だけどさあ」


「朝から何を言っているんだ……」


 呆れたようにゲオルドは言った。ゲオルドは本部から持ってきたレトルトの食品を鍋で温めている。朝食の準備をしているときにする話ではない、と不愉快な様子だった。だが、ブリトニーは構わず続ける。


「あたしが言えたことじゃないけどさ、愛した人と一つになりたくて食べたり。あとは復讐とかもあるよね。宗教だったらもう笑いたくなるな」


「そうね。理不尽な話だ。特に宗教。神様に供えると言っておきながら、その本質は虐めや差別なんかと変わらないんじゃないか?」


 椅子に座り、インスタントコーヒーを口にしていたアディナが言った。


「指さして笑うのも結構なくらいに滑稽な習慣だと思うよ、宗教における食人というのは。躾、刑罰といった具合でやるのもね」


「アンタが言えばやけに生々しいな。いや、もしかするとあたしが世間知らずなだけなのかもしれねえ。残念だけどさ、アンタたちよりあたしは経験がない」


 ブリトニーはその本心を吐露した。

 それはほかのメンバーに比べて平穏――命の危険に晒されるようなこともないような生活を送っていた彼女からしてみれば自虐だったのかもしれないが――


「人の人生はそれぞれだよ。つらい過去を送ってきた者こそ偉い、ということはない」


 と、ヘンリクは口をはさむ。


「さて、今日は刑務所近くに行くんだったか。ユーリーとクリフォードはいないが4人ならできるはずだ。シオンが選んだメンバーだろう?」


「ああ。俺はこのメンバーの指揮を執ってくれと言われているに過ぎないが。ひとまず、食事の準備ならできた。最近はいろいろな種類が出てきたんだな」


 と、ゲオルドは答えた。

 種類。それはゲオルドが温めていた戦闘糧食のことだ。彼がその手に持っていたのは銀色の簡易的な食器に載せられた戦闘糧食。ハンバーグと豆料理とコーンスープとクラッカーが朝食になるようだ。

 作りたての料理とはかけ離れた、だが食べられるような匂いが本拠にいる5人の鼻に入り込む。


「意外と食べられそうな匂いってわけか。あたしが今まで食べたことのあるレーションってとにかく味がひどくてさァ。持ち運びにはいいんだけど」


 ブリトニーは言う。


「テュール近くで売られてるやつは確かに不味いな。確か、パロとディレインと春月あたりのレーションが美味しいらしい。今日のはディレインのレーションだぞ」


「へえ……」


 ブリトニーはゲオルドからプレートを受け取るとそれをまじまじと見る。彼女がこれまでに食べていたようなものとは全く違う。実用性もあるようだが、その匂いも悪いものではない。

 ブリトニーはレーションについていたクラッカーに手を付けた。さくり、という音とともにブリトニーの口の中にクラッカーの破片が広がる。


 ――味はまあまあかな。少なくとも、私の知っているレーションよりは美味しい。


 食事中。気にしていないそぶりを見せながらも、対策チームの面々はユーリーを気にする思いを隠せずにいた。特に、ゲオルドは顕著だった。


「やっぱり気にしているだろう」


 ヘンリクは言う。


「ユーリーの心が元に戻ることがあれば謝っておきたい。俺はあいつを見捨てたからな」


 ゲオルドは答えた。


「いいや、君は間違っていないよ。それに、一度壊れた人の心が元に戻ることなんてない。仮に回復したとして、元通りだと思わないことだよ」


 ヘンリクの言葉は重い。それでいて、情を捨てられないゲオルドを突き放しているようだった。

 壊れた心が以前のようになることはない。大病を患い、完治した人のように。

 ゲオルドは後悔を押し殺し、豆料理に手をつけた。


 ――不味くはないレーションでも、この気分で頂くと不味く感じる。不思議なものだ。


 ふと、ゲオルドが顔を上げる。すると彼はアディナと目が合った。


「意外と繊細なのね。いや、繊細というかあんたは優しい。そんなの、見ればわかる」


 食べかけのクラッカーを持ったままアディナは言った。


「よく言われる。でも、俺は仲間を失うのが怖いだけだ」


「そのわりに、仲間を信頼して危険な場所に送り出す勇気もあるじゃないか。主観でものを見るところは好きじゃないけど」


 珍しく、アディナの顔は柔らかい表情を浮かべていた。


「そうか。俺も一歩引いたところからものを見られるようにならないとな。リーダーとしては致命的かもしれない」


 苦笑いを浮かべるゲオルド。

 指揮を執るためには情を捨てることも必要なのかもしれない。だが、ゲオルドは優しすぎた。きっと彼の優しさは命取りになるだろう。




 食後。対策チームはヘンリクを本拠に残して刑務所近くへ向かう。

 刑務所近くをうろつくレヴァナント。タリスマンの町を根城にするストリート・ギャング。見回りをするタリスマン支部の構成員。変わった戦況で、彼らは再びぶつかり合うことになる。


 刑務所に近いとある建物の屋上。そこにいた少年の口角が上がった。



レーションは戦闘糧食のことですね。

現実世界でも国によって違うらしいですが、レムリアでは地域によって違うようにしてみました。

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