8 人を頼ることを覚えないとね
通りを挟んだ向こう側の相手。彼が現れて1分ほどで、アディナは異変に気付く。
まず、覚えたのは息苦しさだった。いくら息を吸っても、それが全く意味をなさないように。高所にいるかのように。
「あんたは下がってな。ここは私が守らなきゃ、マズい」
アディナは静かな声で言った。
「ふざけんなよ。あたしだって……」
イデアを再び展開しようとしたブリトニーは明らかに息切れしていた。アディナより体力がなく、経験も浅い彼女。すでに無理をしているのだろうとアディナは察していた。だからこそアディナはブリトニーを制止する。
「駄目だ。あんたは、このシェルターの中にいればいい」
アディナはそう言って、地面を操りシェルターを作った。
そして、彼女はアトランティスロードの向こう側にいる男を見つめた。初対面である男は普通の人間とはどこか違う。具体的にはアディナもわからなかったが、彼の意志がそこにないようだった。
「かかってこれるならかかってきな。命が惜しくないならね」
声は道の反対側にいる敵――ルーファスには聞こえていなかった。が、2人の目が合ったことが合図となった。
――酸素を薄めたら、お前も弱る。どっちが弱るかっていえば、場数を踏んでいない方だ。それは――
イデアをその身に纏い、ルーファスは近くにあった信号機をへし折る。彼は信号機を得物にするらしい。彼はアディナに向かって突っ込み、信号機を振り上げた。
アディナはその一撃を警戒するが――
叩きつけられる信号機。鈍い音が響き渡る。ルーファスはすぐに信号機を持ち直し、アディナに狙いを定める。そして、振り下ろす。
――こんな得物を使っているというのに、速い!大振りなのに!?
アディナは信号機での打撃を躱す。
ルーファスはアディナが攻撃する隙も与えない。それに加え、アディナは確実に消耗していた。標高の高い場所で体を動かしているように。
ルーファスは何か細工している。アディナはそう考えていた。おそらく、ルーファスは酸素濃度を操る力でも持っているのだと。見えない分だけ厄介だ。
「隙だらけだぜ」
壊された信号機がアディナの横腹を打つ。その瞬間にアディナの顔は歪んだ。
「くっ……」
2人で戦っていれば。アディナは吹っ飛ばされながら後悔していた。が、今更後悔したところでブリトニーは手を貸すのだろうか。
また、人を頼れなかった。
アディナは立ち上がり、口元をぬぐう。その視線の先。ルーファスはとどめを刺さんとアディナに向かってくる。
――私が負けてたまるか。こんな相手、ヤツほどでもないっ!
アディナは左脚で地面を踏みしめた。すると、地面がせりあがる。地面から形作られるのは檻だ。その檻の中にルーファスは閉じ込められた。
「お前の攻撃が逆に私のチャンスを作ったというわけだ。いくぞ」
戦いの流れは少しずつアディナに向いてきた。だが、アディナも万全の状態で戦えているわけではない。やはり、消耗が激しいうえにイデアも満足に扱えていない。強制的に6割の力にまで落とされているようだった。
ここできめる、とばかりにアディナは右脚で地面を踏みしめる。檻の中、土の棘が現れた。これがルーファスを貫けばいいのだろう、とアディナは考えていた。だが――
破壊される檻。檻と棘は砂のように崩壊し、中から無傷のルーファスが現れる。
一瞬の油断と慢心が命取りになるとはこのことだろう。ルーファスは信号機の残骸を振りぬいた。
――間に合わない!
ごっ、と音を立ててアディナの脇腹に当たる信号機の残骸。肋骨が折れ、アディナの身体に鈍い痛みが走る。体内にイデアを展開し、痛みに耐えるも――
「殺してやる! まずは――」
アディナに迫るルーファス。もはやアディナに抵抗する暇もない。せめて防ぐことができれば、とアディナは考える。そして彼女は地面に手を触れる。
シェルターのようなものが形成された。
シェルターで守られたブリトニーの前。わずかに空いた穴からその様子を見ていたブリトニーは言葉を失っていた。一人で十分だといわんばかりに突撃していったアディナはルーファスを前に絶体絶命の状態だ。外から見ても状況はわかる。
「無理しやがって……あたしだって」
見守ることしかできない。それはアディナの言葉による、縛りだった。言葉は時に、呪いのように人を縛り付ける。ブリトニーはそれをよく知っていた。だからこそ、言葉の縛りから抜け出そうとした。
――どうやって出たらいいか知らねえが、あたしだって手を出してもいいだろう?
シェルターの中でブリトニーはイデアを展開する。
頭痛とめまいに苦しめられ、立っているだけでも体力を奪われているようだった。だが、ブリトニーは指先から電磁波を放った。狙いは、ルーファス。
アディナが彼女自身を守る壁を作り出したその瞬間。ブリトニーの放ったものはルーファスに命中する。
それは目に見えない脅威。見えないどこかから忍び寄り、華やかさの欠片もない外見で対象を焼き尽くす。見えないからこそ、注目されない。
「焼き尽くせ」
ブリトニーの静かな声。その声に気づかずして、ルーファスは内側から焼けただれ、爆ぜる。
振るわれるはずの信号機の残骸が地面に落ちた。アディナは、予想していた一撃がこないのを不審に思い、シェルターの穴から敵を見た。
それは凄惨な光景だった。サイバー風の服装の男――ルーファスはその面影を徐々に失ってゆく。燃え爆ぜる彼を目の前にして、アディナは身震いした。
これはブリトニーがやった。
「おい、アディナ! あたしに感謝しろよ!」
もう一つの方のシェルターから声がする。アディナがそちらを見れば、ブリトニーがシェルターの隙間から叫んでいる。
アディナはふらふらする体の中にイデアを展開し、シェルターの方へと向かう。
「感謝してる。私も、人を頼ることを覚えないとね」
と、アディナは言った。