7 ボクの前で踊りなよ
タリスマンの町を2つに分断する大通り・アトランティスロード。それは『貧富を分ける路』とも呼ばれている。外側は比較的裕福な者たちが、内側は貧しい者たちが住んでいる。
通りの向こう側に見えるのは鮮血の夜明団タリスマン支部の寮だ。近くにはレヴェナントが蠢いている様子もなく、平穏そのものだ。外側の住人たちは、内側で起きていることなど知ることもない。――いや、知ったところで興味を持つこともないのだろう。内側と外側の人間は根本的に違う者たちだから。
「拍子抜けだぜ。一昨日はあれだけあたしに集まってきたってのに」
アトランティスロードの反対側を見ながらブリトニーは言う。
「レヴェナントもそうだけど、私たちが気を付けるべき相手はほかにもいる。例えば、ストリート・ギャング。タリスマン支部の人間だって敵といって差し支えないだろうね」
と、アディナは言う。
彼女は絶えず周囲を警戒し、変わったところがないのかどうかを探っていた。紛争地にいる兵士のように。その警戒心は語られぬアディナの過去を物語る。彼女はブリトニーが想像することもできないような、壮絶な過去を送ってきたようだった。
「それで。この近くの様子だけど、動物の様子がおかしいね。さっきから、カラスが私たちの周りをうろうろしている。何かに操られているようにも見えるけど」
「そんなところまで気づくんだなあ。どういう人生だったんだよ」
ブリトニーはため息をつきながら言う。
「簡単に話せるような人生ではない。一言で言えば、いろいろあった。さて、人の発する電磁波ってあんたはわかるか?」
「感じようと思えばね。探ってみようか」
ブリトニーは五線譜のイデアを展開した。その能力、電磁波は攻撃だけでなく索敵にも転用することができる。
光り輝く五線譜が、ブリトニーを中心とした全方位に広がった。
反応はまだ、ない。広がるイデアはレーダーのように周囲の様子を探る。細かくわかることはなくても、ある程度であれば。
ふと、ブリトニーは神妙な顔になった。
「どうかした?」
「あたしの索敵が妨害されているみたいだ。こう、ある一定の場所で薄められているというかさァ」
アディナが尋ねるとブリトニーは言った。
「あたしより明らかに経験積んでそうなあんたに聞くぜ。どう思うか?」
「多分、敵だね。何をしているかは私もわからないけれど」
と、アディナは言った。
「だよな。それと、もう一つ気配があるみたいだぜ。そいつも仕掛けてくる様子はないけど、まるであたしたちが監視されているみたいだ」
ブリトニーはそう言ってイデアの展開を解除した。
――監視している人物は案外近くにいる。そいつは自ら手を下す様子はなくとも、何らかの力で介入してくるのだろう。彼女はいったい何が狙いなのだろう?
アトランティスロードに面した建物。その屋上で黒髪の女はくすりと笑った。これから起きるできごとはすべて彼女の掌の上だ。
彼女の周囲にローズピンクのイデアが薔薇の花の形に広がった。
「さあ、ボクの前で踊りなよ」
タリスマン支部を挟んだ反対側。タリスマン支部の中庭が見える場所。サイバー風の服装をした青年が周囲の様子をうかがっていた。
今、彼がここにいる理由はあくまでも偵察。本腰を入れて殴り込むというわけではない。このタリスマン支部の戦力を知ってリーダー達とともに殴り込む。これが偵察に来ていた青年――ルーファスの考えだった。
そんなルーファスの前に、ブリトニーの発したイデアが到達する。薄れた虹色の五線譜。ルーファスは真っ先にそれを怪しんで、対抗するようにイデアを展開した。
「しょうもねえ能力ってのはわかってる。それでも、どう戦うかで変わってくるモンだろ?」
ルーファスの周りに展開されたものは、透明な液体。水と変わらない、浮遊する液体だ。ルーファスは液体状のイデアをブリトニーが放ったイデアにぶつけた。彼の周囲に届いたイデアだけは薄められ、四散する。
何者かがルーファスを狙っているらしい。
――早く行動した方が勝ちだ。俺の場合、嵌めてしまえば。
すでにルーファスの身体は動いていた。アトランティスロードの方へ。
そんなとき、ルーファスを襲う紫色の光――いや、霧だ。それはルーファスの口と鼻から体内に入り込み、脳を支配する。
――俺の中の悪意と殺意が騒いでいる。殺せ。緑の女を殺せ。ズタズタに引き裂いてしまえ。俺はいずれ、あの女の血塗れの肉の上で嗤う。あの女だった肉の上で。殺してしまえ。俺は――
「君の悪意、ボクが掌握した。存分に潰し合ってもらうよ♡」
建物の屋根の上から眺めていた女――ヘザー・レーヴィは不気味な笑みを浮かべた。彼女は今、3人の人物の未来の決定権を握っているに等しかった。
一方。ルーファスは湧き上がる殺意に支配されながら、何かに引き寄せられるようにアトランティスロードへ向かっていた。そこに何がいるのかもわからないまま、彼は進む。そこにいるであろう何者かを探して。
ルーファスは正気ではなかった。
「来る!」
ふと、アディナは声を上げた。離れていてもわかるくらいの殺意。アディナやブリトニーを殺そうとしてこちらに近づいているようだった。
アディナはすでに戦闘となることを見越してイデアを展開した。
――おかしい。さっきまでむこうが仕掛けてくる気配なんてなかったはずだ。一体何があった?
そして。
曲がり角から現れる悪鬼。彼が展開していたイデアは、空気中の酸素濃度を低下させた。
「さて、どうあがいても殺し合いってわけか。8年前を思い出すな」
と、アディナは言った。