1 死なない理由があるんだろ
これまでのあらすじ
鮮血の夜明団タリスマン支部から逃げ出したユーリー。そんな彼だったが、タリスマンの町で起きたアンデッド(レヴァナント)の騒ぎの対策チームとして再びタリスマンの町へ派遣される。
一行は途中で合流したブリトニーとともに、町の調査とレヴァナントの討伐に入り、町にいた吸血鬼と協力関係を持つことに。
ジェシーが本拠を訪れていたのと時を同じくして、ダリルはとある男にその姿を見られていた。
ダリルが投げたボールはレヴェナントの目の前で炸裂し、そいつの頭を吹っ飛ばした。血が辺りに飛び散って、レヴェナントは動きを止める。
レヴェナントはダリルに接近していたものの、彼を食い殺すようなことは一切しなかった。むしろ、彼を傷つけずに利用しようとしているようだった。
「やつらは、僕をどうしようとしているんだ?」
ダリルは呟いた。
彼は周囲に襲い掛かるものがいないことを確認し、その場を走り去ろうとした。だが。彼はレヴェナントではない何かの視線を感じていた。
「……このガキ。利用してみる価値があるんじゃないか?」
物陰からダリルを見ていた男――メルヴィン。黒い肌を持つ彼もまたデーモンボーイズの構成員と同じく黒と蛍光色のサイバーパンク風の衣装を身に纏っていた。
メルヴィンはレヴェナント――ストリート・ギャングたちの呼び方で言えばアンデッド――の残骸の前で立ち尽くすダリルに近寄り――
「おい」
声をかける。
ダリルは「ひいっ」と声を上げ、後ろを振り向いた。
「あんた、このところずっとネビロス地区をさまよっているんだろ。アンデッドが跋扈するこの町で。死なない理由があるんだろ」
言葉こそぶっきらぼうだったが、彼の声にはどこか優しさが籠っていた。が、ダリルはメルヴィンを信用する気にはなれなかった。なぜなら、彼らはストリート・ギャングだから。
「ありますけど、あなたには関係ないことですよね」
ダリルは恐る恐る答えた。
――これも、人を殺す可能性のある力を持つからこそできることだ。
「いいや、関係ある。例えば、さっきアンデッドを目の前で爆発したボール。これまでには空き缶や空き瓶が爆発したのも見た。そんな力があれば、確かに戦えるんだろうな」
メルヴィンはダリルの行いをすべて見ており、彼の行動の意図も見抜いているようだった。
そんなメルヴィンを目の前にして、ダリルは震えあがる。相手がただの人間であるとしても、やはりメルヴィンには恐ろしい何かがある。
「そうですね……僕は……」
ダリルがそう言いかけると、メルヴィンは口角を上げた。
「ボスの言い方を借りるが。『俺はお前に興味があるので仲間にならないか?』ここで野垂れ死ぬよりは幾分かマシだろう。お前が訳ありなのは、最初にお前を見たときからわかる。だから興味が沸いた」
――ダリルはストリート・ギャングなどになるものかと考えていた。浮浪者のようになってもなんとか生きていけるだろうと考えていた。だが、今のダリルはこのネビロス地区で生きる希望さえも失いかけていた。
ダリルに手を差し伸べるメルヴィンは、彼の抱くストリート・ギャングへのイメージを一瞬にして覆した。復讐のために殺しあう彼らは、本当は弱者を救いに来るようなことをするのだと。
「……よろしくお願いします。僕、ダリル・グラッドストンと言います」
と、ダリルは言った。
「よろしくな、兄弟。俺はメルヴィン・デリンジャー。新入りってことでなかなか認めてもらえないだろうが、リーダー達ならなんとかしてくれるだろう」
――夜が明けて、廃ビルにて顔を合わせる2人のリーダーとメルヴィン。そしてダリル。不穏な空気を醸し出していたリーダー達はダリルを見て顔をしかめた。
「メルヴィン。そいつは?」
ダニエルが言う。
口調からして彼は良くないものを見てきた後だろう、とメルヴィンは推測した。
「新入りだ。いや、まだ正式だというわけではないか。アンデッドを爆破していたので連れてきてみた。ボスが気に入りそうな子だったんでね」
と、メルヴィンは答えた。彼に続き、ダリルは軽く頭を下げる。
「ボスが気に入るようなヤツなあ……あの人は確かに変わった人や強い意志を持つ人が好きだが」
シャルムはそう言うと、値踏みするようにしてダリルを見た。
ダリルは一目で見れば誰もが気弱な人だろうと考えるような外見をしていた。細身の体躯に、丸眼鏡。マッシュルームカットにしたストロベリーブロンドの髪。そして彼が着ているのは汚れてはいるものの、裕福な者が着るような服だった。
――そのような人をシャルムが簡単に認めるのか。
「果たしてこいつはボスが気に入るようなヤツか? 俺はそう思わない。こんな貧弱なヤツが――」
「15体。俺が見ていた間にこいつ――ダリルが殺したアンデッドの数だ。その時の目が普通ではなかったな」
シャルムの言葉を遮るようにメルヴィンが言う。
「まあ、俺としても個人的に監視していたら情が湧いてしまった。道端の雑草だけ食わしとくのも可哀想だろう」
「見ていたんですか!?」
「見ていたよ。俺たちにとって害にならないか。どう生きているか。イデアを扱う人間はそういうとこまで知っておかねえとな」
と、メルヴィンは言う。
「ボス次第っても言えるけどな。ま、一応ダリルについては認めてやる。メルヴィンの監視つきという条件のもとで、な」
疑いを持っていたダニエルをよそに、シャルムは言った。
「おう、了解だ。それと、ボスらしき人を昨夜見かけた。吸血鬼ハンターと戦っていたみたいだが。何のつもりだったんだ? いや、そもそもなんでボスがタリスマンの町にいる? ボスは、逮捕された後――今から1年前に失踪したはずだぞ」
メルヴィンが言うと、シャルムとダニエルは表情を変えた。
――彼らは、ボスが逮捕されたことも知っている。ボスにカリスマ性があり、またシャルムらはボスに恩があった。だからこそシャルムもダニエルも、他のメンバーの大半もボスを慕っていた。そして、シャルムとダニエルは『リーダー』を名乗り、ボスにはならなかった。
彼らはボスを待ち続けている。
「いや、案外この騒ぎに乗じて戻ってきたかもしれないな。ボスを探すのも悪くないぜ」
シャルムはそう言って紫と蛍光グリーンのガスマスクを外した。
「てことだ。ダリルをボスに会わせるのもやってみればいい。俺とダニエルはタリスマンの連中を相手するから、あんたはボスを探せ。見かけたんだろ?」
「見かけたな。そういうことで、俺はまた別のところに向かってみるよ」
メルヴィンはダリルとともに廃ビルを出た。彼らがまず向かった先は、ボスが出入りしていたという洋館。廃棄所に面した、あの場所。