8 誰の血がかかるんだろうね
夜が明ける。凍傷の治療を受けていたマルセルに代わり、ユーリーとクリフォードが見張りをしていた。
夜は珍しく、デーモンボーイズからの襲撃はなかったが、ユーリーは一晩中何かを気にしていた。
朝日を浴びながら、クリフォードは焦燥したユーリーに声をかける。
「大丈夫か?」
「大丈夫か大丈夫じゃねえかは関係ないだろ。あいつの裏切りも受け入れるしかねえ。どうやら、本当の黒幕もわかったみたいだしな。さすがルナティカだ」
ユーリーは言う。
やはり彼は昨夜の手紙を気にしているようだった。
「というと?」
「黒幕はトロイ・インコグニート。表向きでは空間の見え方を操作する能力の持ち主だったが、本来はレヴェナントを操る能力だと。やっと俺の中でいろいろとつながった」
と、ユーリー。気にしていたことが解決したとはいえ、やはりユーリーは怒りをごまかせていなかった。信頼していた人物2人に裏切られたことに対して。ルナティカが牢に閉じ込められたことに対して。
「あとはゲオルドたちと話し合って、これからの行動を決めたいな。あの野郎のところに直接殴り込むか、住人たちの安全を確保するか」
夜中から見張りを続けていたユーリーはトロイのことを考えていた。レヴェナント対策チームがタリスマンの町に突入したと知ればどう行動に出るだろうか。彼を取り巻く親衛隊をどのように動かしてくるだろうか。
大して回らない頭をフルに回転させて、ユーリーはトロイの行動を予想した。効率を求める彼は――
「そうか。で、トロイ・インコグニートはどんな人だったんだ? 外部からだといまいちわかりづらくてな」
クリフォードはユーリーに尋ねた。
「戦略的なことについては会長以上だと思う。とにかく頭が回るし、人の特徴を見抜くのが上手い。少しでも俺たちの情報が漏れてしまえば対策されるだろうな」
「なるほどな……」
――廃屋をそのまま利用しただけの本拠。廃屋の立ち並ぶエリアに構えたことは、身を隠すためということでは最適な場所の1つだろう。
だが。本拠のありかは案外早くばれていた。
本拠近くの路地裏に身をひそめる2人の男。洋服の上から藍色の羽織を羽織った黒髪の青年と、黒いコートに身を包んだ屈強な青年。黒髪の青年の羽織にはだれかを殺した後なのか、赤黒い血があちらこちらに付着していた。
「あそこか」
黒いコートの青年が言う。
「そうみたいだ。今すぐ焼き討ちにしてしまいたいところだけど、あいつらはデーモンボーイズの連中も殺したみたいだしね。彼らが潰しあって弱ったところに俺たちが介入するということでどうだろう?」
「トウヤにしては良いこと言うよな。支部長が言うには、双方をぶっ潰すのに手段は問わねえ。ただでさえあのユーリーが裏切ったんだ。使えるモノは使っておきたいな」
「本当にね」
トウヤと呼ばれた男は、彼の薄い唇をぺろりと舐めた。
「さっきデーモンボーイズの荒くれ者を殺してきたけど。今度は誰の血がかかるんだろうね。デーモンボーイズのリーダーか、それとも侵入者の誰かか。どちらでも面白いなあ」
黒いコートの青年は、トウヤの発言に恐怖を覚えた。トロイが息子と呼ぶトウヤは人殺しにためらいがない。最低限の『教育』で心を壊されていた彼は、言動こそ紳士的だがその中身は殺人鬼。いずれトウヤは――
「わかったよ。ユーリーだけは俺にやらせろ。イザベラにもヘザーにも絶対に近づけない」
黒いコートの青年は言った。
2人は本拠に手を出すこともなくその場を去った。2人が向かうのはタリスマン支部。支部長の元で行動している以上、報告はしなければならないのだ。
そして、同刻。
殺害されて間もない男の死体が教会跡に転がっていた。ガラスや煉瓦が崩れ落ち、壁には落書きがある場所で。殺された男はその死の間際、レヴェナントと関係のある人物と接触していた。
殺された男は喉から胸にかけて切り裂かれ、その血でサイバーパンク風の衣装を赤く染めていた。傷口から骨がのぞくその様はあまりにも無惨だ。
教会跡にて殺された男を見かけたのは、彼の仲間であるシャルムとダニエル。変わり果てた仲間の姿を見て、ダニエルの中に怒りがこみ上げる。
「やっぱり鮮血の夜明団か? 侵入者か?」
ダニエルは静かな声で言った。
「どちらにしても俺たちの敵であることに変わりねえ。こんな無惨な殺し方をするのはな。けど、この殺し方に見覚えはないか?」
と、シャルム。
彼の発言によって導き出される、過去の出来事。喉から首にかけて傷を開き、頸動脈や心臓にも傷を入れる。この殺し方は。
「ジェラルド・アイゼンバーグ……」
ダニエルは口ごもる。
数年前から5人組のチームを組んでいた魔物ハンターの1人こそが、ジェラルド。過去、ダニエルやシャルムを含むデーモンボーイズが戦い、運が悪ければ殺されていた。彼らからしてみれば凶悪な男が、また仲間を殺したのだ。
「野郎、また見せしめか? それとも見つけ次第順に殺していくってか?」
「どちらの可能性もあるな。となると、こっちもこっちで手を打たねえとな。俺が入団を断ったヤツからも面白い情報を得たことだし、手を打つのにこれ以上いいタイミングもないぜ」
と、シャルムは言って口角をあげた。
「そうと決まったわけではないんだが特徴は一致していたから言っていいだろうな。俺らの中でも悪名高きユーリー・クライネフが、アンデッドを殺していた。多分、裏切ったんだろうな」
「本当か?」
ダニエルは聞き返した。
「本当だ。ま、むこうの立場が変わっただけで、俺たちの敵だってことには変わりない。残りの仲間をあぶりだして、そっちもぶっ殺す」
「さすがだぜ、シャルム。それじゃあ、俺がジェラルドを殺して、お前がユーリーを殺す」