6 とんだ差別主義者だよ (挿絵あり)
人間が好きな吸血鬼と吸血鬼を敵視する人間。
窓ガラスを挟んだ場所にある鏡に、蛍光色の男の姿が映る。ストリート・ギャングの服装とは若干違っているが、サイバーパンク風の服装をしている。さらに彼は10月には珍しく、その筋肉を惜しげもなくさらすような大胆な服装をしている。
それと同時にマルセルはクロスボウにボルトを装填した。連射できるように
「敵襲?」
「かもしれない。いや、敵襲だ。ヤツが吸血鬼だからな」
アディナが尋ね、マルセルが答える。彼は外にいる何者かにクロスボウを向けた。
蛍光色の男――ジェシー・インソムニアはマルセルの方を向く。彼の目は深紅に輝いていた。それは、まぎれもなく吸血鬼の証。
タリスマンの町には吸血鬼がいる。吸血鬼は絶対なる人間の敵。彼らと人間は本質的に相いれない存在。
少なくともマルセルはそう教えられていた。吸血鬼は徹底的に排除する。吸血鬼などに人権を与えてはならない、認めてはならない。その歪んだ思想がマルセルを支配していた。
マルセルは窓から飛び出し、ジェシーの方へ向かう。
「寝首を掻こうという判断か。だが思うようにさせるつもりはない!」
クロスボウから放たれる銀のボルト。それに込められるは光の魔法。ジェシーは直進するボルトをひょいと避けた。ボルトは彼がいた場所と近い廃屋に突き刺さる。
マルセルは通りに出ると銀のボルトを再装填し、弦を巻き上げた。
「今度こそ逃がさん!」
ボルトに集められる光の魔法。吸血鬼を仕留めるという意思が、その力を強くする。
やがてマルセルはジェシーの動きをとらえ、彼に向かってボルトを放つ。今度は同時に3本を放っている。1本くらいは――
「僕は吸血鬼。身体能力が人間を上回ることくらい知っているだろう?」
ジェシーは両手を地面について両脚を宙に浮かせ、銀のボルトを脚で叩き落した。光の魔法がその柔肌を抉ることもなく、銀のボルトは地面に落ちる。
その間、約1秒。
「フフ……知ってるよ、君みたいな人種。なぜだか僕たちを――じゃないね。人間こそがレムリアの支配階級だと知って、吸血鬼を排除する連中だろう? とんだ差別主義者だよ。嫌になるね」
一度、逆立ちのまま跳び上がったジェシーは着地するなり言った。
「ところでさあ、ユーリー・クライネフ知らない? 僕が探していて、一番気になっている人だ。僕、こう見えて人間は大好きでね……」
「なるほど、人間が好きな吸血鬼か。理性を保っている奴らも少なくはないが、結局人間の血がなければ生きていられないだろう。そもそも――」
「おおっと、ここまでだよ。吸血鬼ハンター君」
ジェシーの顔に闇が差し込んだ。飄々としていた彼だったが、この瞬間彼は吸血鬼としての一面をマルセルに見せつけた。マルセルもよく知る『人の生き血を啜る不死身の化け物』の姿を。
さらに、不死身の化け物は彼自身の周囲に雪の結晶のビジョン――イデアを展開した。それはマルセルには見えていなかったが。
「君が君の矜持のために僕を殺そうというなら、僕もそれに応じよう。先に言っておくよ。僕の能力は液体を凍らせること。もちろん、人間の血液も含めた体液も凍結する。どんな吸血鬼よりも確実に、君を仕留めることができる」
薄ら笑いを浮かべるジェシー。イデアというものを見ることができる者であれば、ここで引くことを考えていただろう。だが、マルセルはジェシーの展開したイデアを見ることができない。
もともと見えないものに対して懐疑的だったマルセルはもちろん、自分では見ることのできないジェシーのイデアをないものだと思っていた。
それが命取りとなる。
「吸血鬼の言うことなど信じられないな。おい、吸血鬼。凍らせた血液は美味いか? 血液シャーベットなどと呼ぶのか?」
マルセルはクロスボウにボルトを装填し、それをジェシーに向けて言った。
彼なりの挑発。そして。ジェシーもマルセルに愛想をつかしたのか、明確に彼に殺意を向けた。
「君の血液次第だね」
ジェシーの能力のように冷たい声だった。
再び戦いは開始される。
イデアが見えないマルセルは手探りに等しい状態でジェシーと距離を取る。これまでに吸血鬼と戦った経験から、ある程度の動きのパターンは読めているはずだ。マルセルは牽制として短いボルトを5本撃つ。
光の軌跡を描きながら、ボルトはそれぞれに軌道を変えてジェシーに襲い掛かる。
ジェシーはそのボルトをわざと受けた。光によって崩れる吸血鬼の細胞。ジェシーのわき腹は灰と化した体組織が傷を作り、そこから血が滲みだしていた。その血もやがて灰へと変わる。
再生できないでいるジェシーの様子をうかがいながら、マルセルはボルトを再装填していた。敵がいつ動き始めるか。ずっと見張りながら。うかつに攻撃してしまえば逆にジェシーの攻撃を受けることとなる。
――残りのボルトは4本。全部使い切るまでにヤツを斃す。悔やむべきは、ほかのボルトを本拠に置いてきたことか。
ジェシーが蹴りをいれようとマルセルに迫る。マルセルは彼の脚の動きを見て、クロスボウのリムで殴打した。
「く……」
バランスを崩すジェシー。マルセルにできたのも、ジェシーの蹴りを防ぐくらいだった。
両者はよろめき、地面に手をつく。
再び。ジェシーとマルセルが同時に動いた。
マルセルが狙うはジェシーの胸。クロスボウの弦が解放され、ボルトが放たれる。ジェシーはその軌道を見切っていたかのように避け、マルセルに肉薄する。
「……君が煽ったんだ。死なない程度に凍り付けばいい」
ジェシーは手を伸ばす。
彼が発するはあらゆる液体を凍結させる冷気。クロスボウを持つ左手が冷気にさらされる。
「仕方ないか……こっちは慣れていないからできればやりたくない」
マルセルは吐き捨てるように呟き、感覚が失われつつある左手をクロスボウから離す。それと同時に外される螺子。アルミ製のクロスボウのリムが外れ、先端に銀の短剣が飛び出した。
「ふうん」
ジェシーはクロスボウの形状に一瞬だけ興味を示したが――
左手が低温で感覚をなくした今、マルセルはジェシーに接近戦を挑むことにした。
だが、彼も忘れてはいない。いくら銀の武器と光の魔法があるとはいえ、人間と吸血鬼の間には圧倒的な身体能力の差が存在している。接近戦に慣れていないマルセルがジェシーの懐に飛び込むのは自殺行為だろう。
――そんなことなど知るか。自分でやってしまったことを自分で尻拭いできずにどうする。
迫るジェシーを前に、マルセルは短剣に光の魔法を込めた。
マルセルが窓から外に出た後。残されたメンバーもマルセルとジェシーの戦闘の様子を見守っていた。特に、マルセルとは以前から深いかかわりのあったゲオルドは窓から外をじっと見ていた。
戦っているマルセルは遠距離攻撃を捨てた。彼の左手もまともに動いていないらしい。明らかにマルセルは押されていた。
「ユーリー、アディナ。援護を頼む。あの吸血鬼にマルセルを殺させるな」
と、ゲオルドは静かな声で言う。
「え、あたしは?」
「ブリトニーはここで待機。俺が2人を止めるから、ユーリーとアディナは玄関から通りに出てほしい。クリフォードは窓から射撃ができるようにしてくれ」
ゲオルドはそう言って窓から外に出た。
彼に続いてユーリーとアディナは玄関に向かった。