幕間 人間が好きな兄弟
「あ、珍しいね。いつもは洋館にいるはずの君がここにいるなんて」
蛍光色の吸血鬼は紅き吸血鬼を見るなり声をかけた。
ここはかつて精密機械を作っていた廃工場。数年前、デーモンボーイズと魔物ハンターが派手に争ってから半分以上が破壊されている。本来、この場所は立ち入り禁止になっていたのだが――
「うるさい。僕に声をかけないでくれ、愚兄」
紅き吸血鬼アンディー・インソムニアは答えた。彼は蛍光色の吸血鬼ジェシー・インソムニアに視線を送ることもない。ただ、ズタズタにされた少年の死体だけを見ていた。
「ええ!? 冷たくないか? せっかく声をかけたというのに!」
「黙ってくれ、変態。君の思想で迷惑をこうむる人間だっているだろうに」
アンディーは言う。
「変態……ひどいなあ。だいたい、何を以て変態というのかい? 虐げられて興奮する被虐趣味を持つ人か? それとも動物と性行為をする人かい? 確かに後者については……山羊とか人間以上に快感を味わえるらしいからね。山羊と性交して罪に問われた人も――」
「不愉快なことを言うなッ!」
自重しないジェシーに対し、アンディーはかみつくような口調で言った。
「僕、不愉快なことをしたつもりはないんだけど」
アンディーはそう言って、アンディーに近寄った。
――彼の顔はアンディーと同様、端正な顔立ちだった。それを強調するかのように施された蛍光色の化粧。ジェシーは彼自身が整った容姿を持っていると自覚しているようだった。
「しているだろう。僕が不愉快だと思えば不愉快だ」
「ちぇっ、つれないね。それで、本題なんだけど」
ジェシーは急に表情を変えた。これまでの発言はすべて彼としてはあいさつのようなものだ。
「この町に新たな勢力がやってきた。新手のストリート・ギャングでもない。鮮血の夜明団から派遣されてきた、レヴェナント対策チーム。彼ら、なかなか面白そうだよね」
「対策チーム……そんなものがあったのか」
「そう。屋敷に引きこもる君と違って僕はいろいろ知っている」
ジェシーの言葉は確実にアンディーの神経を逆なでしていた。
「君が興味を持つんだ。禄でもない人間たちだろうな。僕はやつらと接触しないからな」
と、アンディーは言い放つ。
相変わらずだ、と頭を抱えるジェシー。彼は世界中の誰よりもアンディーのことを知っていた。『同じではいたくない』という嫌悪から、ジェシーとは正反対の行動をとろうとするところも。
「……夜が明けて、次の夜から僕は貴様の敵になる。僕が好きなのはあくまでも人の心や生き様じゃなくて、体。その味だ」
アンディーはぞっとするような気配を放ちながら言った。それは、彼が65年ぶりに発揮する『殺人者の気配』。
――アンディー・インソムニアは人間だった頃、人肉食に手を染めていた。最初は嫌悪から。次に愛する者と一つになるため、死体の処理。しまいには人肉食のために快楽殺人者となり果てていた。
「ふふ、いいよ。僕は、真の意味で気に入った人間に肩入れしてみたい。その相手も、もう決まっているんだけど。さようなら、僕の可愛い弟」
ジェシーは夜の闇の中に消えた。
彼が向かったのは、アンディーも知らないレヴェナント対策チームの本拠。そこで吸血鬼狩りに特化した魔物ハンターが見張っているということも知らずに。
呪われた兄弟の運命は今、正反対の方向に伸び始めた。