5 お前が信じる正義が本当に正義か
「ま、どうせ俺たちの中で鮮血の夜明団は敵って認識している。顔がわかるやつと、協力者はわかるだろうな」
シャルムはそう言って、メモを手に取った。己の無事を知らせ、仲間に現状を伝えるために。
そして、人数分のメモを空中に飛ばす。
「俺たちも、敵を見つけたら殺しにいくんだよ。わかってんだろ、シャルム」
隣にいたダニエルは言う。
「俺たちは、対立勢力が頭おかしい正義に寝がえりやがったばっかりに……」
さらにダニエルは呟いた。
正義とは言えないようなストリート・ギャングだが、その一派がある組織に寝返った。それからか、シャルムらの境遇は厳しいものとなったのだ。
ヘンリクから事前に聞いていた、とある廃屋。荒れ果てて蜘蛛の巣もできているが、放火された様子もなく、十分に暮らすことはできる。
周辺にはレヴァナントの残骸も転がっている。
ユーリーは廃屋のドアをノックする。
ほどなくしてドアを開けられ、アディナが手招きした。
「中にレヴァナントはいない。今は私とブリトニーとヘンリクがいる」
彼女はそれだけを伝えて口をつぐむ。
アディナは、もともと多くを語ろうとする人ではなかった。彼女の出自も、過去も。クリフォードが興味を持っても、アディナはするりと受け流していた。何か話せないような事情でもあるのだろう。
ユーリーとクリフォードはアディナに案内されるまま、廃墟に入っていった。
――やはり廃屋というだけあって、荒れ放題だ。ガラスも割れていれば蜘蛛の巣だってある。いたるところに落ちているのは虫の死骸か。
「ん? ユーリーも来たか」
廃屋のリビングルームに当たる場所で、ヘンリクはブリトニーと談笑していたようだった。
「俺も忘れんなよー」
クリフォードは言う。
「……君、無茶しただろ。止血しているとはいえ、このままでは戦えないぞ」
部屋に入るクリフォードを見るなり、ヘンリクは言った。それもそのはず、クリフォードは右腕を貫通する怪我をしていたのだ。止血はしているが。
「脳とかじゃないから治療は比較的簡単だけど、あんまり僕に心配かけられてもね。ほら、ここに座って」
クリフォードはヘンリクの前に置いてあった椅子に座る。
「これから傷をふさいで、骨と筋肉と神経を修復する。見たくないのならあまり見ない方がいい」
と、ヘンリクは言った。
それとほぼ同じ頃、本拠のドアがノックされた。
ユーリーは玄関に向かい、斧を取って外の様子を見ながらドアを開けた。
「……警戒するのもわかるが、俺だ。マルセルもいる」
襲撃者だろうかと警戒しながらユーリーが見たのは、ゲオルドとマルセルだった。2人は戦いで服が乱れた様子もないようだ。
「ならよかった。中でクリフォードが治療中だ。多分俺のせいでいろいろあってな」
「話を聞かせてくれ」
と、ゲオルドは言う。マルセルとは違い、ゲオルドにはユーリーの話を聞く気がある。
ユーリーは彼を目の前にして、躊躇うように口を開いた。
「俺があなた達……クリフォードやヘンリクまで危険にさらすかもしれない」
ゲオルドの後ろにいたマルセルが顔をしかめる。彼もよくわかっていないことのようだったが。
「知っての通り俺はタリスマン支部の人間だった。この町のストリート・ギャングから目の敵にされるような。さっき俺はそのストリート・ギャングに襲われて、そいつらを2人殺した。おまけに、タリスマン支部とは無関係ないクリフォードまで巻き込んで、怪我までさせた。それも、ヘンリクしか治療できないくらいのな」
「……そんなことがあったのか」
と、ゲオルドは言う。
クリフォードが怪我をしたとき、ゲオルドとマルセルは廃工場近くを見て回っていた。2人は何人かストリート・ギャングらしき人物をみかけたが、彼らがあからさまな敵意を向けることもなかった。敵意を向けられたユーリーと同じチームであるにもかかわらず。
向けられる敵意というものは、その当事者でなければわからないことだってある。例えば、恨みを買ってしまった者。
「ああ。聞いておくが、俺はこのとおりストリート・ギャングに敵視される、このチームにとって疫病神だ。でも、レヴァナントとは戦える。リーダーであるあんたに任せるが、俺はこのチームにいてもいいのか?」
ユーリーは尋ねた。それだけ、ユーリーはこのチームのメンバーをレヴァナントあるいはタリスマン支部の人間以外の危険にさらしたくなかったのだ。
「何を言っているんだ? 俺はすでに、テュールの町に向かっているときからお前のことを仲間だと思っていた。それに、仲間を見捨てるなど、俺は一番やりたくないぞ」
即答。少なくともゲオルドはユーリーを仲間だと認めているようだった。が、マルセルに関してはそうでもない。マルセルは感情を隠すことが苦手なのか、表情をゆがめていた。
ゲオルドは優しい。その優しさが身を滅ぼさないのか、ユーリーはほんの少しだが不安になった。
「ユーリー……命かけたところで和を乱す発言だけは慎めよ。いくら自分が悪いってわかっていてもな。弱音吐いて謝っても、行動で見せない限り俺は許さない」
ゲオルドの後ろで、マルセルは口を開く。
マルセルはユーリーと同じ21歳という年齢の割に人生経験が豊富であるように見えた。何かを乗り越え、ユーリーよりはるかに広い世界を知っているような。
――彼にはかなわない。
「情報共有をしたい。俺たちも廃工場でいろいろと見たものがある」
ゲオルドが言う。
3人は本拠の中に入っていった。
「なあ、あたしらが見たモノ。アレ……レヴァナントは襲う人を選んでいるように見えたんだよね」
円形に並べられた椅子の1つに座ったブリトニーが言う。
「浮浪者や売春婦には感染するような襲い方。ストリート・ギャングらしき人は激しく。よそ者を襲うようなことはなかった。まるで、何かに操られているようだったね」
と、アディナも続けた。
2人の話を聞きながら、クリフォードは目を丸くした。その一方で頭を抱えるユーリー。
「俺たちに関してはそうでもなかった。ストリート・ギャングも、レヴァナントも。俺たちを敵だと認識して襲ってきた」
今度はユーリーが言った。
「本来俺たちが予想していたのはユーリーたちと同じ状況。俺たちやアディナたちの状況はむしろイレギュラーだぞ」
と、ゲオルド。
「それで、俺たちが見つけたのはストリート・ギャングのリーダーらしき人が誰かと連絡を取っていたこと。鮮血の夜明団がよく用いる方法を使ってね」
「そいつらがどう動いてくるかはまだわからないが」
ゲオルドとマルセルは同時に言う。
――ストリート・ギャングが一枚岩ではない可能性も否定できない。が、ユーリーが逃亡する直前では、ストリート・ギャングのたちが活発といえる状況ではなかった。
かつてストリート・ギャングのボスだった者はトロイらの手で刑務所に入れられた。その影響で解散にまで追い込まれたものも少なくない。
「おい、どうしたんだ」
すでに治療を終えていたクリフォードがユーリーに尋ねる。
「……ある人の言ったことを思い出しただけだ」
――お前が信じる正義が本当に正義か、暴走したものではないか。一度考え直してみたらどうだ?
ユーリーが思い出したのは、彼の考えを少しずつ変えるに至った人物――ジャレッドという男の言葉だった。
――あの人がいなければ、俺は多分あそこで人殺しを続けていた。全く、運命ってのは……。
ジャレッドさん、実はステージ1に出てきました。覚えてる方いらっしゃいますか?