4 正義に魂売った
通りに面した建物の屋根の上。鉄使いは舌打ちした。
彼が見ていたその先で、共闘していた少年――アシェルは首を斧で斬られて死んだ。無惨な死体を目にして、アシェルと同じサイバーパンク風の衣装を着た少年――イライアスはまた作戦を考えるしかなかった。
アシェルが戦闘員とするなら、イライアスは指示を出す司令のようなもの。2人のうち、どちらが欠けても意味はない。
イライアスの能力は何もない場所に鉄を作り出すこと。それ自体に何の攻撃力もなかったが、アシェルの持っていた磁力と組み合わせると無類の強さを誇っていた。だからこそ彼らはともに行動していたが。
「まずいな。アシェルを殺したヤツがオレに気づくのも時間の問題。あの野郎が、簡単におびき寄せてしまうから……」
腹をくくったイライアスはイデア――錆びた鉄の腕輪のビジョンを出すと、屋根から飛び降りた。通りにて待つ男――クリフォードを迎え撃つために。
通りにはイライアスの存在を見抜いていた男が待ち構えていた。彼は銃を手放していたが、イライアスも油断はできない。何かしらの能力がある以上、武器は偽装の意味合いも持つのだ。
屋根から現れる少年イライアス。クリフォードはそれに気が付くとイライアスの方に向き直る。
「あの気配の正体か」
クリフォードは言った。そう言った瞬間、イライアスの顔面が硬直する。もちろん、クリフォードはそれを見逃さない。
「ひっ……何もしないから! ほら、何もない!」
イライアスは両手を広げた。手に握られたものもなければ、隠し持つものもない。服の形状もあり、クリフォードは武器を見つけられなかった。が。
「本当に?」
「本当だ!」
イライアスは言う。
クリフォードは相手――イライアスが少年であることもあり、完全に油断していた。着ている服こそ小ぎれいだったが。
が、それが完全に裏目に出る。
イライアスが詰め寄る。クリフォードに向かって手を伸ばす。その手には何も握られていなかったが、イライアスはクリフォードに――
「なわけねーだろ! 正義に魂売ったクソが!」
イライアスの手がクリフォードの右手に触れる。手に触れた場所には尖った鉄製の刃物が生成される。
クリフォードの右手から血が噴き出し、彼の服を赤く染める。クリフォードの右腕は、内部から刃物で貫かれていた。
――イライアスは直接体に触れることで対象の体内に鉄の物体を生成することもできるらしい。その結果が、見るもおぞましいこの光景。
「そんな……」
クリフォードは飛びのいた。
彼の目にうつるのは卑しくほくそ笑む1人の少年。彼は彼の事情があると、クリフォードもわかるのだが。小さな『悪人』を深く知らないクリフォードは迷いを抱えることとなる。
――悪人とはいえ、子供を殺すことは果たして許されるのだろうか。
「志願した俺が馬鹿だったな……うまくいけばこの弾丸でレヴァナントを黙らせることができると思っていたんだが……いや、別の目的もあるんだが……」
クリフォードは後ずさりする。彼に足りなかったのは、覚悟。クリフォードが前向きな思考を持っており、己の力を過信するがゆえに追い込まれた状況。
荒廃し、悪の蔓延る町だ。敵がレヴァナントだけであるわけがない。
そんなときに、響く銃声。
クリフォードとイライアスは同時にその方向を向いた。
引き金を引いたのはユーリーだった。彼の撃った弾丸はクリフォードにもイライアスにもあたることはなかったが、2人の気をそらすことくらいはできていた。
「すまねえ、クリフォード。1発使ってしまった」
ユーリーは言う。
そして彼は、次は自分が相手だといわんばかりに2人に近づいた。
「気にしちゃいねえ。ただ、絶対にこいつに触れられるなよ。こうなる」
クリフォードの右手には鉄製の刃物が貫通している。そこから滲みだす血。その傷は外側から刺したとは思えないものだ。
ユーリーは無言で頷くと、クリフォードに銃を手渡した。
「だそうだ。俺はそれなりにお前の能力に気づいた」
2人の間に割って入るユーリー。イデアを展開すると、斧を握りしめた。
対するイライアスも、戦闘の態勢に入った。
リーチと武器の有無で言えば、ユーリーが圧倒的有利。だが、イライアスの能力はばれていたとしても脅威であることに間違いはない。
――相手の能力は恐らく何かを作り出す能力。クリフォードは触れられるなと言ったが。やはり触れて発動するものか?
足を踏み込んで、斧を振る。
イライアスは一瞬、それに怯んだ。が、彼の首を斧がとらえる直前に生成される、鉄の盾。
斧の衝撃は盾に加わり、鉄の盾には斧が食い込む。その衝撃でイライアスは吹き飛ばされた。彼の首に傷はない。
「クソッ!お前も……」
空き家の壁に叩きつけられたイライアスは敵意をあらわにした。
「命を狙われている以上、俺も自分の身を守らなくてはならねえ。腹、くくれよ。クリフォード」
と言ったユーリーは立ち上がらないイライアスに詰め寄り、斧を振るった。
イライアスはその斧を間一髪のところで避ける。そして――
「あんたは、俺みたいな子供も殺せるんだろ」
「……残念ながら。俺にはこうする以外の方法がわからねえんだ。ヤツのせいでな……」
イライアスの命乞いすらも受け流し、ユーリーはイライアスの首を刎ねた。
胴から離れたイライアスの首が地面に転がる。
「ごめんな。あの野郎を裏切っても、結局俺は人を殺すことしかできない」
――イライアスの首は何も語らない。せめてこれがイライアスのためだと信じたかった。胴体と首を切り離さなければいずれレヴァナントとして蘇るから。
「クリフォード。一度、ヘンリクの決めた本拠に行った方がいいかと思う。その傷だって結構深いぞ」
ユーリーは顔を上げて言った。
クリフォードを気遣っていながらも、内心ではこの状況から目を反らしたかった。人殺しと呼ばれているこの状況から。
「だな。その前に止血させてくれ」
と、クリフォードは言う。
殺された2人の少年は、ストリート・ギャングだった。規模は小さいものの、住人からも恐れられる『武器と麻薬の出所が一切わからない』ストリート・ギャング。彼らはデーモンボーイズと呼ばれ、かつてのユーリーらも手を焼いていた。
今。彼らを見張る者は数がコントロールされている。横たわる少年の死肉をむさぼるレヴァナント。その様は吐瀉物よりも不快だろう。
むさぼられた少年――アシェルは感染しても再び起き上がることはなかった。
レヴァナントが徘徊するタリスマンにて。デーモンボーイズのギャングたちは何らかの対策を取ろうとしていた。
レヴァナントだけでなく、この町にやってきた侵入者――ユーリー・クライネフも排除せねばならない。
「……せめてボスがいればいいんだけどな」
廃工場の屋根に座った青年が言った。彼もまたサイバーパンク風の服装をしていた。
「なあ、シャルム。今までにない事態が起きている。お前ならどうする?」
「とりあえずアンデッドを殺す。数がコントロールされているようにも見えるから、まずはそうするな。後は、黒幕がいればそいつをぶっ殺す。まあ、十中八九トロイ・インコグニートだろう」
シャルムと言われた青年は答える。
――以前、彼が見ていたもの。それはトロイ・インコグニートが死体をレヴァナントに変える様子。はっきりとはわからなかったが、浮浪者はトロイとの接触によって明らかに変貌した。
「街中にトロイが来たのなら、ぜひぶっ殺してえところだ。ヤツだけじゃねえ、タリスマン支部の連中もな」
と、シャルムは口角を上げた。