3 存分に恨んでくれ
レヴァナントを退け、ユーリーとクリフォードはネビロス地区の内部に入る。そろそろストリート・ギャングたちが根城にする場所に近づいてきたと考えるユーリー。そんな彼が察知したのは不審な気配。
ユーリーは立ち止まる。
「お、何があったんだ? 」
と、クリフォードが尋ねると、ユーリーは口を開く。
「これはレヴァナントじゃねえぞ。ストリート・ギャングだ。特に、俺はやつらから目の敵にされているからなあ。タリスマン支部がストリート・ギャングの一派を前身とするってのは知っているか?」
「聞いたことはあるぜ。まあ、人によっては今の支部長とはかみ合わないだろうなあ」
クリフォードは言った。
そのとき。ユーリーは周囲に人の気配を感じ取った。人数は1人。だが、単独で2人を相手にしようとするところに感じられる自信と殺気。そして強さ。
ユーリーは斧を握りしめ、クリフォードは銃を構える。
そのとき2人が感じたものはそれぞれの武器が引っ張られる感覚。ユーリーは斧が、クリフォードは銃が。何者かがそれらを引っ張っている。
「なんだ……? 」
クリフォードは異変に気付き、辺りを見回した。
鉄くずが。鉄パイプが。何かに引き寄せられるように動いている。軽いものは宙に浮いてどこかへと飛んで行く。その一方で鉄製でないものは動かない。
「磁力か」
クリフォードは呟いた。
「敵はおそらく磁力を操っている。居場所こそわからないが――」
「避けろ! 」
ユーリーは不意にクリフォードを押し倒した。その1秒後、2人の上を通過する物体。目の端で捕らえたユーリーはその姿を見た。
2人の上を通過した物体はカーブして、磁力とは反対側に向かっていった。
――敵は2人いる。大まかな距離はまだ、わからない。
「お前ならこの状況でどうするか?自分の居場所を知られずに攻撃できそうな相手2人だ」
クリフォードは言う。
「正直、ここが市街地じゃなくて俺が単独だったらカビでぶっ殺したいところだ。それができなくとも、脅せるならな……」
「物騒なこと考えるなあ……」
と、クリフォード。このときも、彼は周囲の観察を怠らなかった。
銃が何かに引っ張られる感覚はより強くなってゆく。身体能力の強化ができないクリフォードは、踏ん張ることも難しくなっていた。
そして、銃を手放すクリフォード。
「おい!銃を手放したら……」
「持っていたら俺ごと引っ張られるんだよ!お前も、気をつけろ――」
その時にはすでに、ユーリーが動いていた。銃が引っ張られた方向に、斧が引っ張られている方向に向かってダッシュする。
彼はクリフォードが制止するのも聞かずにその方向に向かう。
「やれやれ、俺はもう1人の相手をすることになるのかな? 」
クリフォードは最初に感じた気配の方に向き直り、服の下に隠し持っていたナイフを取った。
「ふ……来いよ。隠れてコソコソとやるしかねえんだよなあ? 」
クリフォードは隠しきれぬ気配を目の前にして言う。
磁力を放つ物体が必ずどこかにある。ユーリーは路地裏に入ってその発生源を目にすることとなった。
「来たか。こんなに簡単に引っ掛かってくれるとはおもわなかったよ」
狭い路地裏にて待ち構えていたのは14歳程度の痩せた少年だった。彼が身に着けていたのはガスマスクとサイバーパンク風の衣装。持っていたのはその華奢な体格に似合わぬチェーンソー。そのチェーンソーの下に転がる鉄くずとクリフォードの銃。
――そういえば、この路地裏に立ち入ったそのときから斧が何かに引っ張られる感覚がない。
「引っ掛かったおかげでお前のところにたどり着けたわけだがな。これが吉と出るか凶と出るか、賭けるのも面白そうだ!」
斧が軽くなったことを知って、ユーリーは斧を振り上げて少年に迫る。
が、この瞬間に回転を始めるチェーンソーの刃。ユーリーが斧を振りかぶると、斧の刃はチェーンソーに引きつけられた。ユーリーもバランスを崩し――いや、本来の動きではない斧の動きによって吹き飛ばされる。
ユーリーの手から斧が離れる。
そして。ユーリーはわき腹から廃屋に突っ込んだ。
割れる窓。廃屋の中に着地するユーリー。
かび臭い建物の中で、ユーリーはあるものたちを目撃した。
それは、生きた少年を食い漁るレヴァナントの姿だった。そいつはまだユーリーに気が回っているわけではなかったが、ユーリーはすぐに窓の傍に寄った。
レヴァナントに腹部を齧られる少年は手を伸ばして――
「お兄ちゃん……助けて……」
見たところ10歳にならない程度の少年が声を絞り出す。
その声が仇となったのか、レヴァナントはユーリーに気が付いた。腐敗した顔をゆっくりとユーリーの方に向け、ニタァと笑うレヴァナント。
少年は助からないだろう。助からないとわかっているが、助けられないのか。見捨てることは間接的に殺すこと。
ユーリーは見捨てることを恐れていた。だが。
「くそ……すまねえ!俺を許してくれ! 」
ユーリーはそう言って窓を飛び越えて路地裏に出る。
それと時を同じくして、少年は人相が変わってゆき、人から化け物となった。やがて彼も腐臭を放つ生ける屍に変わるはず。
「ああ、まだやる気かな?武器も持たずして」
路地裏の少年は言った。
ユーリーは何も言わず、路地裏の少年に詰め寄る。少年がチェーンソーを持っているということも気にせずに。チェーンソーがユーリーの服を切り裂いて彼の体にも傷を入れる。痛みにも耐えながら、ユーリーは少年の顔面に右ストレートを叩き込む。
衝撃で少年の顔が歪む。白いものが彼の口から飛び出し、彼は地面に叩きつけられた。チェーンソーは消える。
「なんだ、イデアか。そのチェーンソーに磁力か何かあったってわけだな。ったく……」
ユーリーは破れた服の上から傷をおさえながら斧を拾う。
――次はクリフォードが戦っている相手だ。今、銃を持っていない彼をおいてここにいるが、クリフォードは銃なしで戦えるのだろうか。
ユーリーは路地を出ようとしたが――
飛来するのは、鉄のアンテナ。それがユーリーに向かって飛んでくる。彼が持っている斧も、引き寄せられている。
ユーリーはイデアを展開した状態でアンテナをよけた。そのアンテナが向かった方向は、倒れた少年の手元――再び現れたチェーンソー。刃は回転している。
「やっぱり殺すしかないのか? 」
ユーリーは呟いた。
――トロイ・インコグニートの元から逃げた今、関係ない人物を殺したくはなかった。いくら悪い相手であろうとも、贖罪するチャンスくらいは与えたかった。
ユーリーの思いに反して、少年はそれを許さない。年齢は低くても、彼はすでに悪というものに染まっているのかもしれない。いや、彼はユーリーに明確な敵意があった。敵意に留まるものではなく、殺意が。
ユーリーはストリート・ギャングに恨まれている。
「そうだよな。殺すか殺されるかの状況でためらうわけにはいかねえ」
ユーリーは向き直り、引力を利用して少年に迫る。引力にあらがって斧を振り上げる。そして、振り下ろす。
ユーリーにかかる、少年の血。
黒と蛍光グリーンの衣装が赤い血で染まり、少年はその中で息絶える。傷からは脊椎が見えていた。これも、レヴァナントとなることを防ぐため。
「……よりによって子供を殺すなんてな。胸糞悪い。恨むなら存分に恨んでくれ」
ユーリーは少年の遺体に背を向けて通りに出た。
このあたりからユーリーの心の闇が見えてきます。