2 殺すことに迷いがない
廃棄所から木立を抜けた先には貧民街が広がっていた。このエリアこそがネビロス地区。主に差別された者たちが、貧困のため町の外に出られずに形成されていったものだ。今やこの町には人間扱いされない者だっている。使い捨てられた駒のような。
昔はよかった。この言葉がこれほど似合う町も多くはないだろう。
ネビロス地区に突入したとき、ユーリーが最初に見たものは体内から爆破された女性だった。彼女はおそらく、売春婦だろう。遺体からは腐臭が漂いはじめており、ユーリーは鼻をつまむ。
――爆破されてからの時間はそれほど経っていない。だが、遺体は爆破されるより前から腐敗していたようにも見える。
「人の死が日常茶飯事だとしても、どうもこんな死体は心が痛む。どうやって殺されたのかも知ったことじゃねえが、見たところ外からの衝撃で死んだようには見えねえ」
死んだ女性を見て、ユーリーは言う。
「そうみたいだな。爆弾でも使われたようだが、爆弾そのものの残骸もない。爆発というより、破裂じゃないか?」
と、クリフォード。
言われてみれば、とユーリーは納得する。が、クリフォードの発言はユーリーの考えをややこしくするだけだった。
そんな中。ユーリーは女性の遺体から2つの能力の残滓を感じ取った。1つは生きた女性を操っていたもの。もう1つは女性を爆破したもの。うち1つはユーリーもおぼえがある。
「確かに破裂だな。で、こいつは多分レヴァナントになっていた。爆破された能力は俺が知ったことじゃねえけど、操っていた能力は……俺がタリスマンから逃げたときに戦ったやつらと同じだ」
「それは本当か?」
「ああ」
ユーリーは頷く。彼の目的意識は、ほんの少しの力の残滓さえも感じ取った。
幸先がいい、と2人は言いながらネビロス地区の道を進んでゆく。ネビロス地区に転がるのは、死体、血痕、死体。どれも損傷が激しいものや頭と胴体が離れているものだった。いずれもレヴァナントとして操ることもできないような。
――この町の人間は一体何をしている?殺し合いか?それとも。
そんなとき。ユーリーに殺気が迫る。いや、殺気というにはあまりにもお粗末だ。たとえるならば、外部からの殺気で動かされているような。
――相変わらず、この町は物騒だ。
クリフォードが銃を取り、その気配の方向に銃口を向けた。
「来たぜ。奴らのお出ました」
と、クリフォードは言う。
彼が銃口を向ける先にいるのは30体ほどのレヴァナント。広範囲の攻撃ができれば簡単に撃退できる程度だが――
「ああ。射撃はどれくらいできるんだ?腕次第では――」
「ヘッドショットは狙える。なんなら、お前が突っ込んだところでお前に命中させずに撃てるぞ。こう見えて射撃だけで重要任務受け持つくらいだからな」
クリフォードは言った。
ユーリーからしても、それが嘘だとは思えなかった。
「よし。だったら、援護を頼む。やつらの頭を吹っ飛ばすことくらい、俺には簡単にできる」
ユーリーがそう言ったときには、すでに彼はレヴァナントとの距離を詰めていた。斧でレヴァナントの首を落とせる範囲に入ると、ユーリーは斧を振るう。
そのひと振りで、レヴァナント5体の首が吹き飛ぶ。
彼はすでにイデアを展開していた。強化された身体能力と、もともとユーリーが持っていた怪力で、あっけなく頭を飛ばされるレヴァナント。だが、大振りな斧には隙もある。右側からユーリーにとびかかるレヴァナント。
――銃声。レヴァナントの牙と爪はユーリーに届くこともなく、レヴァナントは地面に崩れ落ちた。
「よそ見するなよ。まだ残っていやがる」
ユーリーとクリフォードがここで斃したレヴァナントは10体。その後ろには、まだ残りがいる。
ユーリーは斧を持ち直して残りのレヴァナントを見る。彼らもまた、操られているような一般人。皮膚や服はぼろぼろで、腐臭を放っていた。
「哀れなやつらだな……生きているのか死んでいるのかもわからねえ状態で」
再び斧を振るうユーリー。今度は振りぬくのではなく、一回転。これでユーリーに群がるレヴァナントの首が落ちる。さらに、もう一振り。
まだ討ち漏らしはいる。討ち漏らしのレヴァナントはユーリーから3メートルほど離れた場所に5体。右に3体。左に2体。
「今だ! 」
ユーリーの近くのレヴァナントを全員斃したとき、ユーリーは言う。それに応えるように響く銃声。ユーリーの後ろでクリフォードが発砲した。
撃たれた弾は2発。左側のレヴァナントが地面に倒れ、右側のレヴァナントがユーリーに迫る。ユーリーは斧を持ち直し、それを振るう。
――レヴァナントたちがいた場所には血だまりができていた。生きた人間が流すようなものではなく、腐臭を放つ血だまり。
ユーリーは鼻をつまみたくなった。腐臭くらい嗅ぎ慣れているというのに。
「ああ……考えるほど気持ちが悪い。まだ、こんなのが徘徊しているのか」
と、呟くユーリー。
「そうだな」
「先に進む。レヴァナントの傾向を見ておく必要がある。それから、一般人の保護だ。俺も、逃げたとはいえタリスマンの魔物ハンターだからな」
2人は血だまりに背を向けてネビロス地区のさらに奥に進んでいった。
この先に何があるのか。ユーリーはある程度知っている。この先にあるものは何軒もの廃屋。根城にしているストリート・ギャング。特に、ストリート・ギャングは気を付けるべき相手だった。
「ネビロス地区の事情はよくわかる。ストリート・ギャングの中にもイデアを扱う者がいるんだ。どんな能力かどうか知ったことではないけどな。あんたも、気をつけろよ」
ユーリーは歩きながらクリフォードに言った。
「あ、ああ。もしそういうヤツが襲ってきたらどうすればいいか? 」
「手足を撃てばいい。何も殺すことはない。もし相手が本気で殺す気で来たのなら話は別だが」
ユーリーは一度黙る。
彼の脳裏に浮かぶトロイ・インコグニートの姿。ストリート・ギャングを銃で撃ち殺す彼の行動は、まぎれもなく正義からくるものだった。だが、本当に正義のもとに悪と判断するものを排除するだけでいいのか。
ユーリーには迷いがあった。
――俺は、結局トロイと変わらないのかもしれない。
ユーリーとクリフォードを物陰から見ていた者がひとり。彼は、ストロベリーブロンドの髪を風になびかせながら、2人がレヴァナントを殺す様子を見ていた。
「すごい……どんな人か知らないけど、殺すことに迷いがない」
少年――ダリル・グラッドストンは言った。
彼はレヴァナントが2人の前に現れたそのときからイデアを展開しており、彼の周りには緑色の液体が浮遊していた。そして、彼は一度その能力を使っていた。
「僕はさんざん迷って逃げたけど、あの2人はいとも簡単に。ストリート・ギャングなのかな」
ダリルは呟く。
確かにこのタリスマンの町のネビロス地区では人殺しなど珍しいことではないが。ほとんどがダリルに縁のあるものではなかった。
そのダリルも、ついさっき人殺しに手を染めた。彼自身を襲った売春婦のレヴァナントに対して能力を使い、離れたところから爆破した。
――僕の手は血で汚れている。
ダリルは罪悪感にさいなまれながらも、斧を振るっていた男――ユーリーにあこがれを抱いていた。