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12 人間に戻れなくとも

 ユーリーは無意識のうちにイデアを展開していた。だが、それは今までの紫や青の胞子とは違うもの。これは――進化したユーリーのイデア。血のように赤く染まったイデアがユーリーの近くから、部屋全体に展開されてゆく。それがコントロールされているかどうかは誰にもわからない。


「そこにいるのはわかっている」


 ユーリーは言った。


「もう包囲されているんだ。首を切り落とされるかこの毒に蝕まれるか。選べ。選択の余地はある」


 これがハッタリか、本当かは誰もわからない。が、トロイにはそれが絶対的な死に見えた。


 ――認めない。ユーリーは私の部下の分際で私を裁こうとしているのか。私も、同じやり方で応じてやろう……


 姿を現さなかったトロイは、錠剤を口に含み、噛み砕いた。すると、彼からもとてつもないイデアのエネルギーが発せられるようになる。と、同時に姿を現すトロイ。偽装されていた空間は本来の姿を取り戻す。屋敷は、本当は一部の壁や天上がなくなっており、その2階にあったのはゲートだった。


「私を裁くことなど、断じて認めない!」


 トロイは叫ぶ。そんなトロイであろうとも、ユーリーの放つイデアは確実に蝕んでいった。だが、それでも足りない。


 トロイはスレッジハンマーを手に取るとユーリーに詰め寄った。その頭を叩き割る。処分すべき相手は処分する。

 そのトロイを見たユーリーも斧で応戦する。斧とスレッジハンマーがぶつかり合い、2人のイデアのエネルギーが膨れ上がる。もっとやれる、と確信したユーリーは、さらにイデアを展開した。密度だけが高くなるように。トロイを包み込み、彼を蝕むように。

 そして――蝕まれるのはトロイの精神。


 ――タリスマンは安泰だと錯覚していた。飛行船は…………


 トロイはエネルギーを受けて吹っ飛ばされ、床に叩きつけられる。そのままスレッジハンマーを手放すと、トロイは床を這ってゲートの方に向かう。そんなトロイを見ながら立ち尽くすユーリー。ルナティカはユーリーをよそに、トロイの後を追う。


「飛行船の欠損は投げられた。異次元の遺体が嘲笑っているようにも怨みを持つのか。やはりそれはムー大陸ではよくあること……」


 そう口に出しながら、トロイが向かうゲート。そして。


 ルナティカはゲートの前に膝で立つトロイをゲートへと蹴り入れた。トロイはゲートの中へ消えてゆく。金色の霧と歪んだ空間に遮られて、彼の姿はもう見えない。


「二度と戻ってこないで。この町も、私も、ユーリーもあなたを必要としていない」


 と、ルナティカ。

 トロイが消えていったゲートはほどなくして、消えた。それを確認したルナティカはユーリーの方を見た。能力を使っていた時間は短いものの、ユーリーは相当疲弊しているようで、壁に掴まりながら座り込んだ。さらに、大量出血しているグランツ。彼も意識がはっきりしていないようだった。


「……勝った。けど、早く治療しないと」


 ルナティカは言った。


「ヘンリクを待つしかねえな。グランツを下に運ぶから、ルナティカは連絡を取ってくれ」


 と、クリフォード。ルナティカは頷いて携帯端末を取り出すと、ヘンリクに電話をかけた。


「ヘンリク。今から来てほしいんだけど。場所は廃棄所の横にある洋館……の廃墟。できれば急いで。ユーリーが……」


 ルナティカはできるだけ焦りをおさえながら言った。


『ユーリーがまた死にかけているのかい? 焦っているのはわかったから。今からそっちに行く』


 電話越しに応えるヘンリク。すぐに電話は切れ、ルナティカは携帯端末を床に置いた。


 ――グランツの傷はどうにかなるのかな。ユーリーも。イデア覚醒薬のODについてはわからないことも多い。2人とも生きていてくれれば……


「ルナティカ。グランツの血は止めた。一応生きてはいるみたいだがなんとも言えない状況みたいだ。どうにか良くなってくれればいいんだが」


 と、クリフォードは言った。無傷だった彼は目を閉じて意識を失ったグランツを見た。意識を失っていても、やはり彼の顔は歴戦の猛者の顔だった。それもそのはず、グランツは7年前にトロイ並みの相手と戦ったのだから。


「そうだね。私たちの思いが呪いにならなければいいけど」


 と、ルナティカは意味深な言葉を残し、辺りは静寂に包まれる。ふと、ルナティカが空を見ると空の下の方が明るくなり始めていた。もうすぐ夜明けだ。ルナティカは立ち上がり、付近の様子を見た。


挿絵(By みてみん)


「私たち、勝ったんだね。実感がわかないけど、解放されたんだ」


 ルナティカは呟いた。

 暫くすると、ルナティカの視界にヘンリクの姿が入って来た。




 血は灰となる。夜明けの空を見上げるクロイツの傍にはフィルとライオネルがいた。クロイツはまだ生きていたが、ひどく衰弱している。


「血液がいるのか……俺の能力で治せるような状態じゃなさそうだが……」


 と、フィルは言う。


「いや、必要ない。室内や地下に連れて行くこともない。このまま放置してくれるか?」


 クロイツは言った。


「それは許さねえ。フィルもクロイツを地下に連れてけよ。俺はクロイツが死ぬところを見たくねえ」


「だな。ここまで衰弱しているなら、俺が担いでいっても問題ねえだろ」


 フィルはライオネルの提案に乗り、クロイツを持ち上げるとそのまま建物の中に入る。クロイツは「放せ」と言うが、そんなことは関係なかった。しびれを切らしたクロイツは強引にフィルの手から抜け出した。


「おい、そんなことをしたら……」


「黙れ。お前たちは(過去)にとらわれるな。未来を見て進め」


 と、クロイツは言った。立っているのも厳しいようなクロイツだったが、頑として室内に入ろうとはしなかった。

 すでに太陽は上り始めている。クロイツの皮膚は少しずつ灰になり――衰弱した吸血鬼が太陽光で灰になるのには、それほど時間はかからない。フィルはクロイツの皮膚が灰になるそのときに、彼の頬に拳を叩き込んだ。


「……駄目か」


 フィルは呟く。


「無駄だ、フィル。今の一撃で逆に俺の皮膚がめくれた。俺の死期が早まったということだ。諦めろ。また俺を無理に拘束したところで無駄だ」


 不敵に笑うクロイツ。すでにクロイツの顔の半分が灰となっていた。灰が顔からポロポロと剥がれ落ちてゆく。その様子を見て、ライオネルは何もすることができなかったが――フィルは今度こそ、とクロイツを持ち上げようとした。だが。


「クロイツ……」


 気づかぬうちにフィルは吹っ飛ばされていた。クロイツは強引にイデアを展開し、近くの建物の屋根に飛び乗った。


「フィル、ライオネル。いい朝日だな。何年ぶりに見るんだろうな。人間に戻れなくとも、朝日くらい見ることはできたんだよ……俺のことはグランツに言っておいてくれ」




 ゲートのむこう側――異界と呼ばれる場所。トロイが転移した場所は町中だった。

 コンクリートに横たわるトロイを目にしたとある研究者――イアン・インコグニートは彼に近寄るのだった。


「ふむ、転移者か。7年前から増えているようだが。まあいいか、私の検体も転移者だ。部下に取りに来てもらおう」


 イアン・インコグニートは携帯端末を手に取り、部下に電話をかける。

 もうじきトロイはイアンの部下に検体として引き渡される。だが、トロイはもはやそのようなことなど理解できないほど精神が崩壊していた。


 やがて、イアンはトロイを研究所に連れてゆくのだった。



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