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11 ユートピア

 ――どれだけ歩いただろうか。歩き続ければ、目的地にたどり着けるものだが。洋館も、この場所も合っているはずなのに、なぜかつくりが変わっている。地形も相当弄られたみたいだが。


 本来、廃棄所があったはずの場所。かかわるな、手を出すなと言われていた場所だが、少し見てしまったユーリーは以前の様子を知っている。

 ユーリーが辺りを見回すと、そこにあったのはメルヴィンの遺体。それを見て、ユーリーは顔をしかめた。


「メルヴィン……あんたは俺の知らないところで……」


 遺体は何も喋らない。


「ユーリー。今は感傷に浸る時じゃないだろう」


 クリフォードは言う。さらに彼は洋館の2階を見上げる。やはり、以前と違う。

 ここに逃げ込んだ人物が空間を偽るときに犯したミスと言えば、完全に近づかせないことに失敗したことだろう。だが――ユーリーたちはまだ、逃げ込んだ者の戦術に気づいていなかった。ルナティカを除いて。


「入って来いとでも言っているようだな!」


 さらにクリフォードは続ける。


「そういう時はだいたい罠でも張っていると思うんだけど。そもそも、中を覗き見ようとしても、全然見えない。ノイズがかかっているみたいなんだよね」


 ルナティカは答えた。彼女もまたイデア能力に覚醒していたが、それを知っている者は多くない。グランツとクリフォードもルナティカの能力をよく知らなかった。


「入ってみるしかねえのか」


 と、ユーリー。


「そうみたい。ねえ、覚悟はできた? 私が聞くようなことでもないんだけど。私は、誰か1人が生き残るためだったら盾にされる覚悟くらいあるから」


 ルナティカはそう言って他の3人を見た。


「ああ。俺だってあの野郎と刺し違えるつもりだ」


「俺を誰だと思っている? トロイ並みにやべえヤツと7年前に戦ったぜ?」


 ユーリーとグランツは口々に言った。一方のクリフォードは死ぬ覚悟を決めた3人に対して複雑な感情を抱いていた。


「なあ、覚悟するのはいいが。俺達が生還するのが一番だろ?」


 と、クリフォード。だが、彼も覚悟は決めていた。そうでなければタリスマンという死地を訪れることもなかった。


「そうだね。さて、行こうか。いろんな意味で、夜明けは近いから」


 ルナティカは言った。彼女を挟むようにした陣形で一行は洋館に突入する。かび臭い洋館の中、ルナティカは無言で気配を探るのだった。


 ――配置が微妙に変わっているそれ以外は何もないけれど。本当にここで合っている?


 ここでトロイが動くことがあれば。だが、動きはない。ルナティカが見たところ、トロイがいるのは2階。4人はそのまま階段を静かに上り、確実にトロイに近づいていた。偽られた空間の放つ特有のエネルギーがピリピリと一行の肌を刺激するのだ。




 洋館の一室にたたずむトロイ。彼が感じ取ったのは侵入者の気配と、トロイ・インコグニートの死。ここに呼び寄せることはできなかったが――


「耐えられぬ試練など存在しない。私はきっと、今の状況を乗り越える。そうすれば、タリスマンは再びユートピアとなるはずだ……」


 そう呟くトロイ。彼の展開していた棺のイデアが光り輝いたかと思えば、彼の周囲のつくりが変わる。これは偽りの空間。本当のものではないとしても、外部からやって来た者はほとんどが本物だと錯覚する。


「……来るか。誰が来るのかもわからないが、私に近づく理由であればわかっている。始末するのみだよ」


 待ち受けるトロイ。迎え撃つ準備はできている。

 今、彼に最も近づいているのはグランツ。その気配はトロイも一度は接触したことがあるようだったが――


「ジェラルド……? 違うね、私が騙されていたということか」


 このとき、トロイが目の端で捉えたのはグランツの姿。彼が展開したイデアがすぐに放たれる。が、その狙いは窓。グランツはトロイの本当の居場所に気づいていない。トロイは懐から拳銃を取り――グランツに向けて撃った。


「……違う、こいつじゃねえ」


 グランツはこの銃声を聞き、トロイが彼自身の居場所さえも偽っていることに気づいた。だが、もうそれは遅い。グランツの腹部からは血が流れ出る。激しい痛みでグランツはうずくまるが――


「トロイはこの部屋にいる! 視覚だけに惑わされんじゃねえ!」


 叫ぶグランツ。彼の声を階段で聞いていたルナティカは見る対象をグランツの部屋の中に絞った。

 ルナティカの能力は真実を見る能力。トロイがどれだけ偽ろうとも、その偽りを見ることがあっても、かならず真実にたどり着く。彼女をだますことなど、誰にもできない。


「――いた」


 ルナティカは呟いた。だが。ここで彼女は自身の能力の欠点に気づいた。

 攻撃能力も、戦うための力もない。見切れたところでどうなるのだろうか。ルナティカは考える。彼女が見切った真実を誰かに託すのなら。


 ――私はこれから、賭けに出る。ユーリーの能力に頼る危険なやり方だけど。こうするしかない。


「ユーリー。あの薬を使うしかない。お願い、今使って」


 ルナティカはユーリーに耳打ちする。


「……やるんだな?」


「うん。後のケアはヘンリクに任せるから」


「言ったな? 俺が死んでも、後を追ってくるんじゃねえ。ゆっくり来いよ」


 そう言ったユーリーはグランツに渡された注射器を手に取り、左腕の血管に突き刺した。

 痛み。そして漲る力。とんでもないエネルギーがユーリーを包み込む。だが、それと同時にユーリーの体内で命のカウントダウンが始まった。

 イデア覚醒薬のODは大幅に寿命を縮める。それこそ、使ってしまえば即死しかねないような。


 ユーリーは斧を持って、トロイのいる部屋に突入した。



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