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9 悪夢

 イデア能力は覚醒するそのときまでどのような能力となるのかわからない。それはクロイツも例外ではなかった。

 獄中でゲートから流れ出るガスを吸ったクロイツはほどなくしてイデアに覚醒する。それを看守に使ったとき、クロイツは地獄を見ることになったのだ。


 ――なんだ、これは。幻覚か幻聴かもわからないが。いや、半分は本物だ、過去だ!


 クロイツの脳裏から離れない、初めて吸血したそのときの光景。当時、まだ銀髪だったクロイツが自身を見てくるのだ。見えていると同時に見られている。返り血を浴びたかつてのクロイツが自身を責め立てるように見てくる。

 見るな、見るなと念じても。クロイツには彼が嘲笑っているようにも怨みを向けているようにも見えた。


挿絵(By みてみん)


 そして、わかったことは一つ。クロイツの能力は使うことで精神をすり減らす。人間がイデアに覚醒することで体に負うリスクを、クロイツは心に負ったのだ。




 不完全に展開されていたイデアを完全に展開したクロイツ。完全なイデアは、クロイツの周りに現れた彼自身にも読めない古代文字。展開に伴って、クロイツの顔には苦悩が浮かぶ。


「お前の精神が崩壊したらその能力も、使えなくなるだろう……」


 クロイツは呟いた。


 ――聞こえる。過去の俺と、今の俺を責める声がな。耳を塞ぎたくなるくらいだ。


「関係あるんですかね、それ?」


「人によるが」


 と、クロイツ。その彼の気迫に、ダリルは戦いた。


「……条件は揃った。心中するか、新しい吸血鬼」


 と、クロイツは笑う。そうまでしなければクロイツは精神の安定を保てない。そんな能力、夢を投影する能力。投影された夢は半径30メートルの人間に作用する。


 ――来たか。俺が使い続ける限り、俺は悪夢を見続ける。


 ダリルの目の前に展開された悪夢。周囲から得体の知れない白い化物たちが現れた。それらは一様に白くのっぺりした人型で。ペタペタと歩きながらダリルに近づいてきた。


「シロイロノアクム」


「コワレロコワレロ」


「ハイルゾ」


 ダリルも理解できないような文字列を発する化物たちは、一斉にダリルに襲いかかってきた。白い化物が掴んだ場所は腐り落ちる。ダリルは後退するが、化物のうち1体かダリルの脚に飛びかかった。すると――ダリルの脚が腐り、ずるりと抜けた。


「あ……骨が……なにこれ……」


 吸血鬼なのだから再生くらいは可能。だが、問題はそこではない。ダリルが化物の群れから抜け出せたのかと思えば、今度は白い塊がダリルの脳内に入り込む。


 ――頼む。早く、壊れてくれ。そうでなければ、俺が……


 クロイツを襲う頭痛と流れ込む悪夢。投影した悪夢以上のもの――クロイツにとってのトラウマが彼の頭に流れ込むのだった。

 どちらが先に壊れるか。投影された悪夢に心身ともに蝕まれるダリルと、その反動として起きながらにして悪夢を見続けるクロイツ。頭を抱えながら声にならない叫びをあげるクロイツの前にいるのは自傷を繰り返しては再生するダリル。


「あはは……いい能力……ですね……こういう能力だと、死にたくなりませんか? 僕は少なくともそう思います……もっと、もっと広範囲に広げてくださいよ……」


 血を滴らせながらダリルは言った。これはハッタリなどではなく、彼の本心。破滅願望をあらわにし、クロイツを心中する相手として選んだのだ。


 クロイツはそれに応じるようにさらなるイデアを展開する。

 今度はダリルの体内から骨が突き出した。骨が皮膚を突き破り、ダリルは血を流す。もしこれが心臓に突き刺さっていれば吸血鬼であっても致命傷となる。

 そんな中でもダリルはにやりと笑い、近くの空き瓶を掴むとクロイツに投げつけた。炸裂する空き瓶。クロイツは避けることもせず、爆発を正面から受けた。それに追い打ちをかけるようにダリルは――クロイツにゆっくりと近づいてきた。


「――来るな! 俺に近づくな!」


 クロイツは叫んだ。能力によって精神をすり減らしたクロイツがこれ以上ダリルの相手をするのはあまりにも厳しいことだった。

 クロイツはイデアの展開をやめた。息が上がった状態で地面に手を着き、ダリルを見た。彼の体はみるみるうちに再生してゆく。それに加え、精神に異常をきたした様子もない。相性が悪かったのだ。クロイツは顔をこわばらせて言った。


「お前は、何なんだ……? 俺の能力を受けた相手はことごとく精神を病んでいった……なのにお前は……」


「僕が最初から壊れていたんですよ。心中したがる人間が、正常なわけがないじゃないですか……!」


 ダリルは言った。


「そう……か。そうだな……俺は今いたずらに自分の精神だけを削っていたのか……」


 ダリルの一言で、クロイツは完全に戦意を喪失した。もはやイデアを展開しようという気も失せ、逃走することだけを考えた。本来彼が考えていたユーリーへの復讐だって、断念してしまいたくなった。


 ――やはり復讐は無駄なことなのか。覚悟はしていたつもりだというのに、なぜ俺はここまで邪魔される?


「そういうことなんでしょうか。僕にはわからないんですけど。それで、もし僕を斃すことをあきらめたのなら、一緒に死にましょうよ。僕と、この町を巻き込んで。そうしたらユーリーも殺せますよ」


 と、ダリル。その一言は精神的にも疲弊しきったクロイツをなびかせるのに十分だった。


「……ああ。だが、3分待て。どうしても巻き込みたくないやつがいるんでな」


 クロイツはそう言うと上着のポケットから携帯端末を出し、仲間にメッセージを送る。電話してしまっては説得されるだろう、と考えて。


「ああ、例の仲間ですね。彼らが町の人間だとは限りませんから」


 ダリルは答えた。


「待ちます、待ちますよ。その瞬間が今夜であればいいだけの話ですから――」


 そんなダリルだったが、クロイツ以外の気配も感じていた。これは、ダリルもよく知る気配。激しいようで、優しくて、毒を含んだ。もしや――


「状況が変わりました」



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