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8 僕が見たいのは

 光が収束したのを見届けたユーリー。だが、一行はそこで止まっているわけにはいかなかった。


「先を急ぐぜ」


 と、グランツは言う。そんな彼もどこへ向かうべきなのかわかっていなかった。そもそもトロイの居場所がわからないのだから。


「場所がわからねえのにどう急げっていうんだよ」


 ユーリーは言った。


「見当がつく場所ならある。さっき劇場跡にいたのなら、次は吸血鬼の屋敷。廃棄所横にあるあの建物。私たち、かかわるなって散々言われていなかった?」


 ルナティカが口をはさむ。するとユーリーは以前トロイの言っていた言葉を思い出す。

「廃棄所横の洋館には手を出すな。」当初、ユーリーはその言葉に何の意味があるのかも理解していなかった。吸血鬼伝説とは聞くが、吸血鬼はイデア使いでも斃すことができるということがわかっていた。他に洋館に何があるのかも考えていなかったユーリーはその理由について考察するのを数年前にやめた。


「ルナ、こういうことか? トロイが俺達に洋館に手を出すな、かかわるなと言っていたのは洋館そのものがタブーか、目をそらさせたいものだったからか?」


「そういうこと。で、私が投獄された理由の一つに洋館が絡んでいるというのもある」


 ルナティカは答えた。

 これである程度の法則が見えてきた。トロイが潜む場所は、洋館をはじめとする『タリスマンの町でタブーとされていた場所』。吸血鬼伝説、都市伝説だといわれていたが、そんなものは簡単な理由。答えは隠すため。

 一行はまず、洋館を当たることにした。劇場からはそれなりに離れた場所であるが、歩いて向かえないことはない。一行はその方向へと歩き出す。




 ユーリーたちが廃棄所横の洋館に向かい始めるのと時を同じくして、クロイツは劇場から少し離れた場所にやって来た。今、彼は1人。フィルをおいて、単独で仇を討ちに来た。


 ――来い、ユーリー・クライネフ。俺が戦いたい、戦って殺したいのはお前だけだ。


 クロイツは拳を握りしめる。彼もまた、恐怖を抱いていた。ユーリーという強大な敵に対してではなく、己の能力に対して。

 彼の能力は呪いだった。覚醒したそのときから、心を病むほどのものを抱えることとなってしまった。プリズンギャングとしての責任や人を殺す罪悪感、吸血鬼となったときの絶望以上のものだった。だが、皮肉なことにその能力を頼りにする者も多かった。


 ――覚悟は決まった。俺が壊れても。やる。


 ここで、クロイツはある人物の気配を感じ取る。これはユーリーなのか。あるいは――


「――()()()()。殺すのはこいつでいいんでしょうか」


 ユーリーではない。が、クロイツの緊張は依然としてほぐれない。それどころか、ユーリーを相手取る以上の緊張感を持ってしまうクロイツ。彼自身の本能が告げているのだ。本当にやばい人物が迫っている、と。

 その直後。クロイツに向けて爆弾らしきものが放たれた。クロイツは飛びのき、爆弾の破片を両手で防ぐ。その爆風の中でクロイツは煙の向こう側を見る。そこにあるのは比較的小柄な男の人影。


「誰だ」


 と、クロイツは言った。


「ああ、失礼しました! 僕は……ダリル・グラッドストン。新しく吸血鬼になりました。処刑人から、新しく伝説になれと」


「伝説……吸血鬼伝説のことか。お前はそんなものを押し付けられるのだな」


 クロイツは言う。

 やがて、煙が晴れるとその姿は露わになる。ストロベリーブロンドの髪と赤い瞳が目を引くその姿。少年はゴシック風の服装に身を包み、クロイツをしっかりと見ていた。薄ら笑いを浮かべるその顔、その口からは吸血鬼特有の牙がのぞく。


「本当に嫌になりますよね。僕が見たいのは、この町の終焉だけなのに。それでも町を救おうとする連中がいるんですよ。そういう輩を巻き込んで死にたいと思いませんか?」


 そう言いながらダリルはにやりと笑う。彼の不気味な笑みは赤い瞳によっていっそう不気味に見えた。死にたがりの吸血鬼は取り返しのつかないことをしようとしている。

 殺してでも止めなくてはならない。

 クロイツは反射的にダリルの前に出ると、彼の首を掴んだ。


「それだけはやめろ……俺はべつに心中してもいいが、まだ仲間がいる。俺が助けられる保証もないというのに……」


「仲間? なんですか、それ。ちょっと僕にはよくわからないですね」


 そう言ったダリルはクロイツの腹に手を突き刺し、彼の臓器の一つを掴むとそれにイデアを込め――起爆。

 体内で爆発を起こされたクロイツはその勢いでのけぞり、口から血を吐いた。地に手を着いて、咳き込みながら吐くものを吐く。口からは血が出ているが、内臓は少しずつ再生してゆく。

 そんな様子を眺めるダリル。クロイツが再生するのを待っているようにも見えた。


「ちょっとあいさつ代わりにやってみたんですけど、どうですか? 血の味ってどんな味ですか?」


「少し黙れ」


 と、クロイツ。口元についた血をぬぐいながら立ち上がり、クロイツはイデアを展開する。これまで完全な丸腰だったが、体内に爆弾をしかけてくる相手に対してはイデアを使わざるを得ない。


 ――能力の発動までしなければそこまでダメージはないはずだ。頼む、アリスほど強くないやつであってくれ。


 クロイツの再生が終わるのと同時に動くダリル。その両手に持ったものは小型のナイフ。先端が加工されているようにも見える。


「黙ると思いました? あなたは、僕に似ているから、余計に黙りたくないんですよ! だって、僕もあなたも死にたがっていることに変わりない!」


 ナイフで斬りかかるダリル。イデアを纏った手で受け止めるクロイツ。ナイフの先端だけが爆発し、クロイツの右手が吹っ飛ばされた。


「……やってくれる」


 クロイツは呟いた。能力も使わずにダリルと殴り合うのは少々厳しい。クロイツは歯を食いしばりながらダリルから離れる。


 ――この条件なら使わざるを得ないのか。


 クロイツは覚悟を決めた。どれだけ精神がすり減らされても構わない。そうしてでも、ダリルに好き勝手させてはならないと悟っていたのだ。



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