1 廃墟の主
これまでのあらすじ
鮮血の夜明団タリスマン支部から逃げ出したユーリーはその組織の本部までやってきた。そんな中、タリスマンの町でのアンデッド(レヴァナント)の騒動への対策チームが編成され、ユーリーもそれに参加することとなる。
タリスマンの町の郊外で対策チームはブリトニーという女性と合流した。
廃棄所には焼け焦げた死体と、熱で変性した廃棄物が転がっていた。これらはすべてブリトニーがやったのだが――
「俺はブリトニーを甘く見ていた気がする。そうだよな。ここまでできるのなら弱くはないんだよな」
クリフォードは言った。
彼はブリトニーと同郷で、子供の頃は馴染みがあったのだ。魔物ハンターになろうとしていたクリフォードと、ベーシストになろうとしていたブリトニー。2人はそれぞれ違う道を歩んでいたはずだったが。
――今。ユーリーらはタリスマンの町に突入し、レヴァナントの掃討を行おうとしていた。ネビロス地区の一角に拠点が作られると作戦は本格化する。死人が出ることは誰もが覚悟していた。ヘンリクだってそれを承知の上で、単独でタリスマンの町に残っていた。
タリスマンでは騒ぎが起きているほか、根も葉もないような噂もある。この町には吸血鬼がいる、と。
「ああ。この状況を作ったんだ。弱いはずがない」
と、ユーリーも言う。
廃棄所にいるのは今のところユーリーとクリフォードの2人だけ。周囲には人もレヴァナントもいない。近くにあるものといえば、産業廃棄物と廃棄所に隣接したいつのものとも知れない洋館くらいだ。その洋館も今や廃墟と化している。
おおかた、廃墟と化した洋館が吸血鬼の噂のもとになっているのだろう。騒ぎに直接関係のあることではないが、ユーリーはそう考えていたのだ。
「それで、クリフォード。あの洋館、どう思うか?」
ユーリーは洋館を指さした。
「レヴァナントがいるとも限らないが……」
クリフォードは洋館を見た。その瞬間、彼が覚えたのは強烈な寒気。何かに見られているような寒気が彼を襲った。
――レヴァナントではなくても。もっと危険なものもいるのかもしれない。例えば、吸血鬼とか。
クリフォードはゲオルドの話を思い出す。タリスマンの町では麻薬と並び、紅石ナイフ――人間を吸血鬼に変えるものだって取引されていると噂がある。もしそれが本当ならば、吸血鬼が廃棄所に面した洋館にいてもおかしくないのだ。
この町の吸血鬼は人の骨も残さないという。その残虐性から『悪魔』とも呼ばれる。
物騒な話だった。
「いいか、ユーリー。イデア、出しとけよ。あの洋館には何かいる。レヴァナント、人間、吸血鬼。どの可能性もあるだろうな」
「そのつもりだ。能力を使う気にはなれねえがな」
ユーリーはそう言ってイデアを展開した。灰色の粉塵が空中を漂い始める。これが紫色となるとき、その殺傷力が発揮されるのだ。
「いや、使っていいぞ。その殺人カビ。俺にも解毒できると思う」
と、クリフォードは言う。
ユーリーはクリフォードの正気を疑った。クリフォードの前で己の能力の危険性と、過去に殺した人数を話してもなお、クリフォードは平気そうだったが。この瞬間に至っては、彼自身の近くでユーリーの能力を使ってもいいとまで言い出すのだ。
そこには彼なりの自信があるのだろう。
――臨戦態勢に入った2人だったが。視線の主は現れない。なぜならば視線を送ったその人は。
「人間……また廃棄所に現れたか」
森にたたずむ古びた洋館の中。赤髪を切りそろえた貴族のような恰好をした青年は呟く。彼は笑い、2人の様子をそのまま見ていた。
「残念だ。せめて夜に現れてくれればよかったものを。この廃棄所は、僕の餌場なのだから」
惜しむべきは今が昼だということ、と言いかけて青年は口を閉じた。
その青年の名はアンディー・インソムニア。タリスマンの町では廃墟の主と呼ばれている存在だ。いつだかもわからないが、彼自身がそう名乗ったのだが。
――夜、この廃棄所に立ち入って生きて帰った者はいない。かつて管理していた者も、アンディーが自らその血を啜って殺した。
アンディーは人の体を愛し、またその肉体の味も好んでいた。
「フフフ……またおいでよ、今度は可愛がってあげるから」
アンディーは呟いた。
その顔は笑っておらず、真意すらも表には出していない。彼は廃棄所への訪問者をもう一度見た。紫と黒の髪の大柄な男と、赤髪の男。
アンディーは、懐からナイフとメモを出す。メモをナイフに結び付け、彼はそれを外に向かって投げた。
割れるガラス。窓から入り込む廃棄所の不快な臭い。
地面に突き刺さるナイフ。
クリフォードはそれを拾い上げる。それは紙が結び付けられたナイフだった。
「……僕は廃墟の主。たとえ君たちがいつここにやって来ても歓迎しよう。だが、僕は愚兄のように優しくない。せいぜい、生きるために足掻け――だとさ」
クリフォードは手紙を読んだ。褐色のインク――おそらく血で書かれた文字は何かの悪意が込められているようだった。手紙の送り主、廃墟の主は人がここに訪れることを望んでいたのだろうか。
「ああ……めんどくせえな。タリスマンの町の言い伝えそのままじゃねえか。だいたい25年くらい前からの、な。この廃棄所に出る吸血鬼が館に人間を連れ込むって話。支部長からは介入するなと言われたんだがな」
ユーリーはそう言って洋館を見た。
洋館は手入れが行き届いていない廃墟で、蔦が絡みついている。ガラスは割れているが――
ユーリーはまたここであることに気づく。過去、ユーリーが廃棄所を訪れたときに見た廃墟の窓は割れていなかった。窓が割れているだけでも相当な違和感がある。
窓から見えるのは洋館の内部。割れている部分からは特にはっきりと見える。その窓の向こう側に何かいる。
それは、赤髪の青年だった。が、彼から生ける者の気配など一切感じられず――亡霊やその他の怪異の類を思わせた。まるで、体温を失ったかのように。
「ユーリー……? 」
クリフォードが声をかけると、ユーリーは我に返った。
「マジかよ……あれは人間じゃねえ。レヴァナントか、存在が示唆される吸血鬼か。どちらにしても俺たちの敵になる可能性は0じゃねえ」
と、ユーリーは言った。
「だな。ここにはほかに何もないから、ネビロス地区の方に行くか。それでも噂の吸血鬼は1人とは限らないぞ」
クリフォードも言った。
――このとき、2人は重大なことを見逃していた。だが、2人は見逃したこと、手紙をよこした張本人、廃墟の主の思惑など知る由もなかった。
2人は廃棄所を抜け、治安が悪いといわれているネビロス地区へ向かっていった。