5 真実を知るのは
教会の廃墟の隠し通路が通じているのは刑務所だけではない。以前、ゲオルドとマルセルが訪れたときにアリスがいたのと反対の方向。そこについて言及する者はほとんどいないのだが、確かに『どこか』には通じている。
その方向に向かうユーリーたち。
「グランツ。トロイは何か言っていたか?」
地下通路を歩きながらユーリーは言う。これまでに地下通路に立ち入ったことのあるユーリーだったが、グランツの向かう方向については何も知らない。
「めぼしいことは何も……じゃねえな。あいつ自身の寿命には言及していた。研究機関によるとイデア使いは寿命が縮むって話があるらしくてな。後継者はジェラルドだそうだ。殺されたっつうのにな」
グランツは答えた。彼はユーリーが思う以上に情報を握っている。
するとユーリーはなんとも言えない表情を見せた。事情を知るルナティカ以外は少し戸惑ったが。
「まあいい、この先だぜ」
先頭を行くグランツは言った。この先、ということは。
ここから先は敵の本拠と言っても過言ではない。刑務所とは反対側の、それほど目をつけられない場所。ユーリーもよく知っていたが、タリスマンではほとんど話題に上がらなかったというのは偶然か。それとも――
「なるほど、劇場跡か」
と、ユーリー。
「……口に出すような理由もなかったけど、よりによってそこなんだね」
ルナティカも続けた。
「劇場跡よりも廃工場とかスラムとか刑務所ばかり見ていたからね、私たち。これだけは見落としていた……これをわかってトロイは……」
権力ある者は自身の悪事を隠すためにしばしば別の方向に目を向けさせる。トロイがやったのも恐らくそれに近いこと。劇場跡と刑務所の存在しない部屋から目をそらさせて、スラム街なんかの方に目を向けさせる。
「急ごう。場所を動かれることはないだろうが」
グランツはそう言った。
やがて、一行は劇場跡の地下にたどり着く。廃墟ではあるものの、どういうわけか手入れされた形跡がある。扉は開かれており、カーペットを被せられた石造りの階段が上に伸びている。
この階段を上ったところにトロイはいる。偽りの空間を作り出しているのかもしれないが、グランツは確かにその目で確認していた。
そして、階段の上。ロビーの一角に身を潜めているのはトロイ。
「おかしい。直接でなければ我が友の声が聞こえるはずだ。なぜ昨日から、反応がない……」
声を聞こうとしても返事はない。脳内に語り掛けてくる並行世界の彼はどこに行ってしまったのだろう、と不安になるトロイ。彼の中でどうしても捨てておきたかった可能性――トロイ・インコグニートが殺されたという可能性。
トロイは並行世界の自分自身を誰よりも信頼していた。たとえ姿がはっきりと見えなくとも、魂は同じ。魂のレベルで考えも何もかも流れてきたのだから。この世界のトロイも並行世界のトロイも、本質的には同じなのだ。
「返事をしろ……トロイ」
呟くトロイ。だが、彼の中に流れ込む残酷なる声。
――お前の築いた支配体制はもはや持たない。いいか、トロイ。時計の針は戻すことも止めることもできない。覚悟はできているか……死よりも恐ろしい結末の覚悟は。じきにお前は裁かれるのだ……
トロイは頭を抱えた。頭痛が彼を襲う。それでもトロイは必死に耐え――白い棺のイデアを再展開する。
「私を裁くことなどできはしない……もしそのような者が現れるとすれば……」
トロイがそう言った時。
かつん。トロイに迫る足音。それは1人のものではなく――4人。トロイにとっては死神の足音ともいえるようなものだろう。逃げることも許されない中、トロイは覚悟を決めた。
――私は生き延びる。私は正しいのだから裁かれない。裁くことなど許さない。
「見つけたぜ、支部長」
響く死神の声。トロイは目を見開き、立ち上がるとスレッジハンマーを手に取った。
一方の死神――ユーリー達。彼らが「見つけた」と言っても、その視界にトロイの姿はない。その言葉もユーリーのハッタリだった。
彼らの目の前に広がるのは華やかに飾られた階段とは打って変わり、朽ち果てた廃墟。不自然な変わりように戸惑う一行だったがユーリーとグランツはトロイの存在を確信していた。
「今度こそぶっ殺すぜ、支部長。あんたのしたことは――」
そう言ってイデアを展開するユーリーの後ろ。現れるトロイに気づいたグランツは。
「避けろ、ユーリー! 殺されるぞ!」
そう言ってダーツを飛ばす。その攻撃に気づいたトロイはユーリーから少しだけ距離を取る。すると今度はクリフォードが銃口を向けた。
ここにとどまればユーリーの能力で殺される。そう感じたトロイは展開していたイデアの能力を発動する。
「お前たちの見ている空間は偽りに過ぎない……真実を知るのは私だけだ……」
その声とともに光り輝く白色の棺。「まずい」と感じたクリフォードは引き金を引く。だが――
「逃げられた。どうやら殺しだけじゃなく、逃亡にも役に立つ能力らしいな」
クリフォードは皮肉でも言うかのように呟いた。
彼が銃で撃っていたのはトロイではなく、彼の後ろの壁だった。いつのまにかトロイはその場から姿を消している。
さらにトロイがいなくなったことで、劇場跡の内装が瞬く間に変わっていった。何年も、何十年も経っていたかのような内装は、人気はないが手入れがなされているような内装に変わっていた。一行がここにやってきたときから、すべては偽られていたのだった。
「外に出よう。見失ってしまってはどうにもできねえ」
グランツは言った。
一行は仕方なく劇場跡から出るのだった。
外。劇場跡から出るなり、一行が見たものは虹色に輝く光の波だった。
「ブリトニー……」
ユーリーは呟いた。今の光はブリトニーが放ったものに違いない。彼女がアリスを仕留めたのだろうか。