4 致命傷
全身の11か所に破片が刺さり、アリスの体を蝕んでいた。アリスは急いでそれらを抉りだし、這うようにして建物の中に入る。そうして彼女が目指すのは、地下。致命傷を受けても逃げられるようにと考えて、この場所で戦ったくらいだ。地下に逃げ込むくらいたやすい。
やがて灰となる血痕をのこして、アリスは建物の中を這ってゆく。管理人も殺された建物には見張りなどいない。誰にも止められることなく、アリスは一時的に戦線から離脱した。
地下道に逃げ込んだ後、アリスはそこで寝泊まりしている浮浪者の首根っこを掴むと彼の方から血を吸うのだった。
――足りん。致命傷ではないが、消耗しているのはわかる。血を吸っていないのだからな。
さらにアリスは何人もの浮浪者や売春婦に手を伸ばす。彼らの事情も知ったことではなく――アリスに個人の事情などどうでもよいことだったのだ。
地下道は血で汚され、遺体が横たわるようになっていった。
――さて、来るなら来るんだよ。エレナ・デ・ルカ。私が合格だとした実力をぶつけてくるがいい。どうせ私が斃すことになるだろうが。
アリスの口角が上がる。すでに彼女の体は再生しきっていた。
時の流れが元に戻る。エレナはすぐさまアリスが飛び降りた方を見た。地面に残る血痕は少しずつ灰になろうとしている。
「……ったく、見失っちまったか」
と、エレナ。そうやってエレナが状況を知ろうとしているときに目に入る紫髪の男――ユーリー。彼もまた、敵を見つけられていないらしい。
エレナは踵を返し、ブリトニーの方へ。
「アリスを見失った! あの能力だから逃げられることも覚悟していたが、いざやられるとなるときついところがあるぜ……」
エレナは言った。
「いなくなったと思ったらそれか。致命傷でも与えたのか?」
「さあな。アリスはしぶといからな」
そう言って飛び降りるエレナ。足元に衝撃が走るが、展開していたイデアでいくらか衝撃は吸収できた。地面に降りたエレナはブリトニーの無事を確認すると――
「反対側に飛び降りた。あの状態からしたら血痕をたどればどうにかなるだろ。回り込んで追い詰めてやろうぜ」
「いいけどさ。どこでやる? 場所を利用するのは大事だと思うけどさ」
と、ブリトニー。
「場所なんてどうでもいい。私は場所を選ばずやれるし、私があんたを適度にアリスから引き離せばその距離から攻撃をぶち込めるだろうが」
エレナは答えた。これもエレナがブリトニーの戦い方と能力を見て考えたこと。
「どうでもいいって……それが考えなしのことだったら許さねえから。で、場所は?」
ブリトニーは聞き返した。するとエレナは路地の反対側を指さした。
「行ってやろうじゃねえの。私としてもあいつをはやいとこ灰にしたい」
2人は路地を通り抜け、アリスの血痕をたどることにした。アリスと2人は再び戦うこととなる――
エレナが一瞬だけ見た方向。ユーリーたちはある人物からのメッセージを頼りにとある教会を目指していた。ことの起こりはクリフォードの携帯端末にいつしか届いていたメッセージ。それを確認したとき、クリフォードはひどく驚いていた。
「……刑務所で見失ってから安否がわからなかったが、まさか生きているとはな。正直俺も驚いたが、あの声なら間違いないだろ」
と、クリフォード。ルナティカとユーリーは半信半疑だったが、頼りになる情報がない以上、メッセージを頼りにするほかはない。
「ああ。仮に罠だとしても……俺が何とかするしかねえ。今は状況が状況だからな……」
ユーリーは言う。
3人は教会の前にバイクを止めると、その中に入っていく。先頭にクリフォードが、ルナティカを挟む形で後ろにユーリーが。
いつ攻撃されてもいいように、とクリフォードは銃を構えた。その気配は――
「おいおい、そこまで警戒するなっての。俺だ、グランツだ」
その声はユーリーとクリフォードにとって聞き覚えのあるものだった。間違いなく。
「グランツ……誰かが化けているとかいうのはないだろうな?」
「それはねえよ。それにしても……兄貴の知り合いから治療されるとは思ってもみなかったぜ。あの人の介入がなけりゃ俺は死んでただろうな」
その声とともに現れるグランツ。以前に刑務所で共に戦ったときと同じような雰囲気の彼に安心するユーリー。しかし、グランツをよく見てみれば右腕がない。治療しても腕まで再生することはできなかったのだろう。
「その腕……」
ふいにクリフォードが言う。
「気にすんなよ。腕まで生やしたらリハビリが間に合わねえからこのまま傷だけ塞いでもらったんだよ。行こうぜ、トロイの居場所を突き止めた」
と、グランツ。その言葉に耳を疑うルナティカ。そして。
「本当にそこにトロイがいるとわかるの? 信用するには情報が少なすぎると思うんだけど」
ルナティカは言った。
「安心しろ、変装して接触した。ちょうど誰かが殺してくれたトロイの腹心の死体を見つけたからな」
そう言ってグランツはポケットから携帯端末を取り出す。それに貼り付けられた血と十字架と鍵のエンブレム。ユーリーはグランツの持っているものに見覚えがあった。
「……あんた、ジェラルドのふりをして接触したのか」
と、ユーリー。彼にとって恩もあるがそれ以上に恨みのあった人物に成り代わったことについて、複雑な思いであることに間違いはない。
「おう。俺としても都合のいいことだった。ま、誰か知らないが殺してくれた人には感謝するしかねえ」
グランツは答えた。
「さて、行くか。俺がどこまで役に立てるか知らねえがな。あとは、こいつも渡さねえとな」
そう続けるグランツはポケットから何かの入った注射器をユーリーに手渡した。
「これは……」
「イデア覚醒薬だ。覚醒済みの能力者でも、これを使えば能力の強化が可能らしい。トロイへの最終兵器になるかもしれねえからな。誰が使うかも考えとけ。少なくとも、俺以外が使うべきだからな」
と、グランツは答える。心なしか頼もしく見えるグランツの後を追い、一行は教会の隠し通路からつながった地下へと向かうのだった。




