3 吸血鬼である私ならば
「俺の方はどうにかなったがブリトニーたちはどうなんだ……?」
メルヴィンは不安そうにつぶやいた。ブリトニーやユーリー達が相手することになるアリスやトロイはアディナ以上の強敵だ。加勢すべきなのだろうか――
タリスマン刑務所前。昨日と同じ場所にやって来たブリトニーとエレナはまず屋上を見上げた。昨日であればそこにいたアリスはそこにいない。
「おい、どうするんだ。肝心のアリスがいなければ戦うどころじゃないぜ」
と、ブリトニー。
「そうなんだよなあ。いや、いいことを思いついた。刑務所を焼いてみようぜ。どうせもう中に誰もいねえんだ。いるとしてアリス。そいつを同時に斃せるならそれが手っ取り早い」
エレナはそう答えた。
「やれやれ。本当にやるぜ。あたしだってそれ以外に思いつくとしてタリスマンを火の海にすることくらいだ。仮にそれをやったとしてトロイもアリスも斃せる以上にこっちの損害があるからな」
と言うと、ブリトニーはイデアを展開した。これまで以上に鮮やかに。刑務所という建物すべてを灰塵に帰すほどに。
「いくぜ」
それだけを言い、ブリトニーは電磁波を放つ。熱を生み出す見えざる電磁波。イデアは次第に色を失ってゆく。逆にそれは刑務所に熱をもたらす。
やがて刑務所の中が高温となり、発火点に達したものが燃え始める。吸血鬼であっても、ここまでの高温には耐えられない。ブリトニーが期待したのはアリスの死。もしくは高温に耐えかねたアリスが姿を現すこと。だが。
「おかしい。アリスがいねえ。まさか中で――」
「いいや。確かに見えたぜ、アリスは。時間の長さを操って今さっき逃げ出していた――少し前にビルの屋上に上がったぜ」
と、エレナは言った。
「追いかけるぞ! 私は上から、あんたは下から!」
エレナは続けた。すぐさま彼女はイデアを展開し、屋上に跳び上がった。もともとダンピールとしての身体能力を有していたエレナ。彼女はさらに身体能力を強化できるイデアを獲得し、アリスと同じレベルの身体能力を発揮できるようになった。
その様子を見届けたブリトニーは近くにとめていたバイクに乗り、エレナの通ったルートをたどることにした。まだエレナは視界から外れていない。ブリトニーはバイクのスピードを上げて2人を追跡する。余裕があれば、光の魔法でアリスを狙い撃つ。
――時間を遅くすることは、まだねえか。
建物の屋上を地面のように走るエレナ。その先を行くアリスは不意にエレナの方に向き直る。その手には投げ斧が握られ、彼女は不敵な笑みを浮かべる。月明りに照らされた彼女はぞっとするような人間離れした美しさを持っていた。エレナもそれに魅入りそうになるが。
「そんなところで私を迎え撃とうとはどういう意図があんだよ」
エレナは言った。
「言ったところでお前に意味などないと思うがね」
アリスはそう言うとエレナに向けて斧を投げつける。違う。アリスの斧のターゲットは下にいるブリトニー。それに気づいたエレナは――
「避けろ、ブ――」
その瞬間、時の流れが遅くなる。元の感覚で動くことができるのはアリスだけ。彼女だけが時間のルールに縛られることなく動き、さらに建物の下に向かって斧を投げた。斧はアリスの手を離れると次第に速度が遅くなってゆく。
「残念だがね、お前の声はあの女に届かない。その前に私の攻撃が届くのだよ」
と、アリス。非情な言葉をかけてエレナの精神を乱しにかかる。エレナはその言葉を聞くも、声を発することさえもできない。
そして――
「さて、時間か。まず脱落者はあの女か。下から私を狙撃しようとしたばっかりにねぇ」
正常に戻った時の流れの中、アリスの手を離れた斧が下にいるブリトニーに向かってゆく。が、ブリトニーはそれくらい気づいていた。彼女の能力もあって、探知していた。
ブリトニーはバイクのハンドルを切り、落ちてくる斧を次々と回避する。その攻撃をしのいだブリトニーは建物の屋上を見た。たった今、アリスがエレナの攻撃を回避した。
――なるほどな。こっちはこっちで支援させてもらうぜ。少し距離を取ってな。
そう呟き、ブリトニーはバイクのスピードを落とした。遠い方が撃ちやすいうえ、電磁波や光の速さは少し離れたところで変わらない。そのうえ、近すぎればアリスから投げ斧で攻撃されてしまう。
一方のエレナ。彼女の攻撃を回避したアリスはバックステップで建物を飛び越える。吸血鬼ということもあるが、常識はずれの身体能力だ。そのうえ、彼女はケープの中に隠しているのか再び投げ斧を手に取った。
「何だ? 飛び道具くらい私にもあるし、連続して時を弄れないことくらいわかってるぜ?」
と、エレナ。手持ちのチャクラムを使い切った今、エレナは左手の黒手袋を取ってアリスに向けて矢を放つ。その矢も当然のように光を纏っている。アリスは矢を避けながら少しずつ後ろに下がる。
「だが時間を空ければそれくらいたやすいことだ。吸血鬼である私ならば使いすぎたとしてダメージは少ないのだよ。この力、私だって仕様くらいよくわかっているが」
アリスはそう言って斧を投げる。同時に時の流れが遅くなった。そして――エレナに接近し、彼女を蹴ろうとした。だが。
「……なんだ?」
脚に伝わる痛みと脚が崩れる感覚。アリスがそれを自覚したとき、彼女の脚はすでに血と灰で染まっていた。
「やってくれるじゃないか……この痛みは……」
アリスは痛む脚を引きずりながら、ブリトニーと反対方向に飛び降りた。
「……ちっ、神経痛のようだよ。今更だが、体が軋む。私は何をされた……?」
アリスはそう呟き、傷口と痛む箇所を見た。すると。アリスが気づかぬうちに全身に食い込んだ何かの欠片。それは少しずつ消えてゆくのだが、込められた光の魔法がアリスを蝕んでいた。