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GIFT of Judas ~偽りの正義と裏切者への贈り物  作者: 墨崎游弥
ステージ9 アリスのゲーム
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10 この蔦が切れるまで

 助けが来るはずもないのだろう。エレナはその虚勢の裏で最悪の事態を覚悟していた。ここで何もできなければエレナは死ぬ。せめてその前に――


「何だ」


 ふいにエリュシオンがそう言うと、彼の周囲の蔦の動きが止まる。一瞬だったが動揺したエリュシオンを見たエレナはここで彼女の持つもう一つの魔法を使ったのだった。

 風の魔法。本来ならば矢をまっすぐに飛ばすために使っているが、今回ばかりは事情が違う。エレナの扱う魔力は空気に大規模な流れを生み、蔦は揺れ始める。


「いいや、こりゃただの賭けだ。あんまりにもリスクが大きすぎる、な」


 揺れは大きくなり、蔦は大きくしなる。そんな中でも風はさらに強くなる。エレナは目を見開いてこう言った。


「この蔦が切れるまで風を強める。魔法だって止めねえ。私が実力者だといわれる理由、教えてやろうか」


 諦めるはずもなかった。素手で引きちぎることができなくても、強風でどうにかなる。蔦や空中に張り巡らせたものも強風で切れることだってある。エレナの強風をぶつけて切れないものがあるはずもなく――

 ブチ……と切れ目が入る蔦。強度はあるが、それにエレナの強風が勝る。そして。そんな中でエレナはある異質な空気を吸い込むこととなる。微量ではあったが、彼女も噂でしか聴いたことのないガス――金色のガス。イデアに覚醒するためのファクターである。


 ――吐き気がする。風に酔ったか……? 違うな。酔ったとは違う。変なものを体に入れちまったか。あるいは。


 蔦が切れる。エレナはその勢いで、自身が起こした風に飲み込まれて空中に打ち上げられた。が、このときのエレナは蔦にとらわれていたときのエレナとは違う。覚醒した力の詳細は彼女自身も知らないが――湧き上がる妙な力と彼女の周りに浮かぶ結晶の破片だけは認識していた。


「く……おまえもやるな」


「実力者だからな。今度こそ始末するぜ、模造の魔族」


 と、エレナ。

 そうは言ったものの、未だに蔦の突破口が見つからない。エリュシオンの全身を覆う蔦は光を通さず、それを貫通して光を叩き込むことはほぼ不可能。ここでエレナが目を付けたのは壁のヒビだった。


 ――なんでか知らねえがヒビができていた。ここをぶっ壊せば、室内という環境にとらわれずに戦えるな?


 再び、風を大砲のように強く。蔦への攻撃で壁が脆くなりかけていたのか、存外簡単に壁に穴が空いた。そして――外に出るエレナ。


「殺すなら来いよ。こっちで相手してやる。そういえば、もうすぐ夜明けだな。その前に私を斃さなくていいのかな?」


 エレナは言った。義手に光を纏わせて、こちらに向かってくることがあれば攻撃するといわんばかりに。


「その挑発には乗ってやる。おれは今、光の魔法だろうが太陽光だろうが怖くないがな」


 エレナにとって有利な方向にことが動いた。エリュシオンは蔦を纏ったまま壁に空けられた穴から外に出る。


 ――最終ラウンドだ。


 不安定ながらもイデアを再展開するエレナ。ここからの攻め筋は依然として見えないが、圧倒的にエリュシオンが有利という状況からは抜け出した。

 しばしのにらみ合いの後、先に動いたのはエリュシオンだった。蔦を伸ばしてエレナに叩きつける。間一髪でエレナはそれを避けるが――横目で見たのは何かに切り裂かれる蔦。いや、蔦はエレナが展開した結晶の破片のイデアに切り裂かれた。

 これで、突破口は見えた。


 エレナは不敵に笑うとエリュシオンに向かって突撃する。いくら蔦の能力が強かろうと、エレナの能力を前にして、切り裂かれるほかはない。エレナが予想したとおり、エリュシオンは蔦を伸ばした。


 ――ここだ!


 蔦が八つ裂きにされた。さらにエレナは展開範囲を強引に広げ、エリュシオンの纏った蔦の鎧を切り裂かんとイデアを動かした。


「――切り裂いた、だと」


 戸惑ったようなエリュシオン。体に纏った蔦は切れる。エレナはそのチャンスを狙い、エリュシオンの懐に飛び込んだ。


「切り裂いたぜ、私の新しい力でな」


 不敵な眼差し。それを見たエリュシオンは最後のあがきともいわんばかりに――第二の口を開いた。胸部に縦に空いた傷のような口からは肋骨が伸びたものともとれる歯が出現する。その内部からも蔦が伸びてくる。


 エレナはそれも切り刻む。魔族に操られているとはいえ、蔦もやはり植物だった。伸びる蔦を突破したエレナはその口に光を纏った義手を撃ち込んだ。

 エリュシオンの体内に流れ込む光の魔力。光を嫌う魔族の細胞は光を受けて次々と灰になってゆく。しまいには――蔦を残して全身が灰となる。


「……斃せた」


 自分自身を疑うようにエレナは声を漏らす。義手の無機質な関節には灰が降り積もり、それはエリュシオンを完全に殺したことを意味していた。

 戸惑いながらも安堵と脱力感を覚えたエレナは膝から崩れ落ち、表情は緩む。それと同時にエレナを襲う吐き気。


「ぅ……おぇぇぇぇぇ……」


 エレナは地面に手を着いてそのまま嘔吐した。その原因がイデアの覚醒と急速な使用であることは彼女自身も知らない。


 ――あの吸血鬼の言う通りどうにかなったか。こうやって終わるのは本当に不本意だがな。さて、もうすぐ夜明か。


 吐瀉物の臭いにむせ返りながら、エレナは夜明け前の空を見た。地平線近くに輝く明けの明星が見えた。



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