9 魔族は死を望まれる
「模造の魔族エリュシオンを抹殺せよ。決して生きたまま野放しにしてはならない」
エレナがタリスマンにやって来る前、このことを言われていた。他にやることが増えようが、それだけは必ず成し遂げなければならない。
バイクをとばす道中のエレナ。夜目が利くエレナの視界には嫌でも次々と遺体が目に入ってきた。これはトロイに操られ、レヴァナントとなっていた遺体。彼の支配から解放された遺体たちがこうして道端に重なっている。――いずれ腐ってゆくのだろう。
エレナはあからさまに遺体から目をそらし、先を急ぐ。余計な介入をされないために。
タリスマン支部といわれている場所。エレナが以前訪れたその場所は見る影もない。改築もされているうえに、その壁の一部が崩落している。正面に回り込むしかないようだ。
エレナはバイクをとめると正門の方まで回り込んだ。ここから突入する。人の気配もなく、レヴァナントだった遺体が積みあがる中でエレナはタリスマン支部の建物に足を踏み入れた。
内部には少しであるが戦った形跡があった。ここで何があったかどうか、気にすることも面倒に感じたエレナであったが――
「模造の魔族の本拠だからな……こちらから仕掛けられるようにしねえと」
エレナはそう言ってチャクラムを右手に持った。義手に装填する矢は尽きたが、まだ戦える。吸血鬼の血を引くエレナは人間を大幅に上回る身体能力を有しているのだから。
カツン、カツン、と響くエレナの足音。敵がそれに気づいて襲ってくるのはいつか。チャクラムを構えて、エレナは進む。
――楽しみだな。私の足音を聞いて、ヤツが反応してくれれば。面白くなりそうだぜ。あいつも被害者なんだろうが……野放しにしておけないのは事実。
空気が、変わった。付近の壁に絡みついているのは蔦だ。これも恐らく誰かがやったもの――
「誰だ。おれのところに来て、何をする気だ」
低く、艶やかな男の声。それに続き、闇の中から現れる屈強な男。
「討伐対象じゃなけりゃ、男前だとは思うぜ。だが、今の状況では話が別だ……その死にざまを私の脳裏に焼き付けさせてくれよ」
そう言うと同時にチャクラムを放つエレナ。それが致命的なものになると理解していた魔族――エリュシオンは両手につけられた鎖で撃ち落とす。
「そうか……やはり魔族は死を望まれるのだな……」
エリュシオンは手の甲を血が出るほどに掻きむしりその手から血を流す。が、傷口から見えるのは植物の種。それはみるみるうちに発芽し、エレナの方へとのびてくる。壁に絡みついた蔦の正体はこれだ。そして、この場所の壁に破壊された形跡のある理由――
伸びてくる蔦から回避しながら、エレナはさらにチャクラムを放つ。が、それは蔦を切断するにとどまり、エリュシオンには届かない。そんな中でもエリュシオンは蔦を伸ばすのだった。
「いや、人を殺す意志がねえのなら私としては見逃してやってもいいんだよ、エリクサー研究所に預けてな」
エレナがそう言うと、エリュシオンの表情が変わる。何か忌まわしきものでも思い出したように。
「エリクサー研究所……なぜおまえがそれを知っている……おれが人間でいられなくなった研究所を……」
と、エリュシオンは言った。動揺したのか、蔦も動きを止めている。
「何か因縁でもあるのな。だったら、その因縁でお前が被害を出さないためにお前を討っておくしかないらしいな」
蔦が動きを止めているうちに。エレナはその間をかいくぐってエリュシオンに迫る。アリスの体を抉ったとき以上の光を左手に込めて。それをエリュシオンの体に叩き込む。だが、魔族の特性にも機を付けなければならない。
――魔族は、胸から肋骨みてえな歯が出てくる。あそこからも捕食するって話だが、私まで捕食されちまっては意味がねえ。
いつ開くか。それを気にして、光の魔法の範囲を広げるエレナ。彼女の全身がまばゆく光る。だが――盲点はほかにあった。エリュシオンの操る蔦が蠢いたかと思えば、エレナの脚、さらには両手を縛り上げた。
「やってくれるじゃねえの。接近戦自体を挑ませねえってやつか?」
「違う。おれが、捕食するために決まっているだろう……」
と、エリュシオン。彼はさらに蔦を増やし、エレナを空中に固定しようとしていた。それができたらエリュシオンは蔦に縛られることなく戦えるのだろう。
――はやいとこ脱出しねえとな。それか、この蔦が光の魔法を通すってならむしろ好都合なこった、縛られているってのは。
エレナは義手に光の魔法を流すときと同じようにする。蔦から光の魔法を流せば――エレナは科学者の不手際に賭けた。だが。
蔦に光は流れない。光どころか、エレナの扱う魔力が。電気がゴムに絶縁されたかのように、何も流れないのだった。
――まずい。
エレナはここで初めて己の不利を確信した。使う能力が蔦でなかったら。こうやって縛ってくることがなかったら。義手から撃てる矢が尽きていなかったら。
「いくぞ、おまえも地獄に突き落としてやる」
「へへ……やれるもんならやってみろ。そんなやり方で私に通用するならな。言っとくが」
「御託はいい。黙って死ね」
と、エリュシオン。ハッタリや挑発などではどうにもできない。エレナが自力で蔦を引きちぎらない限り、勝ち目はない。が、これをどうやって引きちぎるのか。エレナが蔦を引きちぎれるような体勢ではない。
「……おいおい、だまって私が死ぬと思うか? お前が私に触れた瞬間、その手も足も灰になる。どうなるか分かってんだろ」
エレナは言った。
「本当に減らず口を叩くのだな。いいだろう直接触れなければいいのだ」
そう言ったエリュシオン。彼の手から伸びていた蔦が一か所に集まってゆく。ゆっくりだが、彼の手を覆う蔦。そうやってナックルでも作るのだろう――
エレナは不利な状況をごまかすようにして笑う。