5 オープン・ザ・ゲーム
「……ふっ、最高じゃないか。どちらかがここにやってきたら、オープン・ザ・ゲームといこうか」
アリスはそう呟いてもう一度マルセルを見た。
エレナか、マルセルか。あるいはそれ以外か、二人が同時にやって来るか。まだ分からない未来を想像し、アリスは微笑む。そして――
「見つけましたよ、処刑人」
マルセルでもエレナでもない人物がひとり。眼鏡をかけた少年、ダリルは屋上に通じる階段からアリスの前に現れた。彼は戦いに来たようには見えない。
「ほう、お前も光の魔法使いなのかい?」
「光……何かわかりませんし違います。ただ、僕は……貴女に殺されに来ました」
と、ダリル。彼が放つ明らかに異質な空気。生きることさえも諦めて、ここで死のうというのか。アリスにとっては理解に苦しむことだった。
なぜ自ら命を投げ捨てに来ようとするのか。
「殺されに来た? ははーん、お前は変な性癖でも持っているね? まあいいや、手は貸してやろうかね」
アリスはそう言うとダリルに近付き――彼女は細い腕でダリルをひょいと抱き抱え、刑務所の屋上から飛び降りた。それもアリスの考えあってのこと。そのまま1階の裏口から中に入り、窓のある部屋にダリルを放り込む。
「夜が明けたらお前の相手くらいはしてやろう。私は今時間がないんだよ」
アリスはその言葉だけを残し、ドアと鍵を閉めた。直後、アリスは脚に力を込めて刑務所の屋上に跳び上がった。
――もう来ているかな?
アリスが階段の気配を意識したときだった。
斜め下から放たれる光の波。アリスは白いケープを盾にして光を防ぐ。光をはじくケープに守られたエレナは3人目の相手の存在を確信する。
光を放ったのはエレナやマルセルではなく、ブリトニー。刑務所の建物の下で、アリスの姿を見つけるなり先制攻撃をしかけたのだ。
そして、光に続いて放たれたボルト。アリスがこれを避けたのと同時に――
「タリスマンの吸血鬼伝説はあんたで間違いねえのかな?」
銀の義手。光の魔法が込められた一撃を見切ったアリスはケープを利用して受け流す。
アリスの目の前に現れたのはエレナだった。
「勿論。インソムニア兄弟とは訳が違う」
アリスは笑いながら言う。
――この女はエレナ・デ・ルカか。噂にも聞くが光の魔法使いでも10本の指に入る実力者じゃないか。今のところ、こいつが最有力候補だね?
アリスはエレナの右手を掴んで放り投げると彼女の後ろにいるマルセルとの距離を詰めた。狙いはエレナなどではない。元からマルセルを殺すために――
「マルセル! さっさとクロスボウを――」
空中に浮いたままエレナは叫ぶ。その声を聞いたマルセルはアリスにクロスボウのボルトを放つ。光を纏ったボルトが放たれたその瞬間。時の流れは遅くなる。
引き延ばされたような時の中、マルセルはアリスとボルトの様子を見守ることしかできなかった。たとえ動けたとしても、ゆっくりとしか動けず――
アリスはボルトを潜り抜けマルセルの首を掴んだ。
「対策くらいできているよ。光の魔法使いなんて、遠距離から中距離の戦いが大半だ。私らよりも身体能力が劣るんだからねえ。だが、3人でやるとは考えたもんだよ」
アリスはマルセルを階段から突き落とす。そのとき、アリスが目にしたのは銃を持ったクリフォード。彼もまた影からアリスを狙っていた。
アリスは彼のもとに近寄ると、怪談から蹴落とした。
「――さて、時の速さは元に戻る。動き出すんだよ、お前たち」
アリスの能力が作用していた時間が切れる。その瞬間にアリスは投げ斧を手に取り、マルセルを見下ろした。
階段と踊り場に叩きつけられるマルセル。それを封殺しにかかるアリス。上から投げ斧を投げつける。――と、そのとき。銃声とともにアリスの顔の半分が吹っ飛ばされた。これはクリフォードがやった。
アリスはそれに構わず、マルセルにとどめを刺すべく、彼に近寄った。銃創も直に癒えるだろう。
「……まず俺を狙うのか」
マルセルはアリスにクロスボウを向けた。ボルトは装填されていないが、それに取り付けられた剣の切っ先は白銀に輝いていた。
「そうだね。試すと言ったが、お前に関しては話が別だ。個人的にお前だけは殺しておきたいと思ったんだよ」
アリスの目にマルセルは滑稽に映る。最初に殴り込んできたときから何も変わっていないように見える。アリスはため息をつき手を下さんとしたが――左手に走る痛み。そこには銀の矢が刺さっていた。
エレナだ。エレナがやった。殺される直前のマルセルを援護しようとエレナがその義手から矢を放ったらしい。が、アリスはそれを気にすることもなく投げ斧を拾い――マルセルの頭を叩き割る。
「つまらない男だよ。ねえ、そこの赤毛。光の魔法使いでないのなら、そこから逃げるといい。私はこう見えて理由もなしにいたぶったりするのは嫌いなんだよ」
マルセルの脳漿を浴びたアリスは言った。
「……逃げるだと? なんで俺がそんなことを」
「逃げないのかい。だったら、巻き込まれたとしても責任はとれないねえ……残念だ」
アリスはそう言って投げ斧を放り出すとその身を翻す。彼女の視線の先に立っているエレナ。銀の義手を覆っていた黒い手袋は破れ、銀の義手が月の明かりで輝いている。
「やったな、アリス・アッカーソン。試すにしては雑じゃねえの」
エレナは言った。
「どうだかね? 一つ言えることとすれば……私はお前を殺すつもりはないのだがね。相応の力があれば」
――殺すつもりはない。アリスの言葉が引っ掛かる。彼女はなぜ、殺すつもりはない、などと言えるのだろうか。
エレナは一瞬であったが戸惑った。