2 俺が俺に戻れた
ジェシーの死、ケイシーの戦いを見たエレナ。彼女は今、ルナティカとヘンリク、そして外から戻ってきたブリトニーの元にいた。
傍らのルナティカは先ほどまで電話をしていた。彼女は少し考え事をした後、エレナの方を見た。
「ねえ、光の魔法使いを挑発しているようなことに取れるんだけど。マルセルに届いたメッセージが」
と、ルナティカは言った。
「そうだよなあ? 誰がそのメッセージをよこしたか知らねえが、本当に面白いこと考えるぜ。ルナティカはどう考えてんだ?」
「挑発って考えたらそこまで。でもね、その挑発している人はおそらく刑務所の所長かな。何の目的で挑発しているのかは知らないけれど、それだけ光の魔法使いがいると不都合なのかもね。だって、所長は強いとは言っても吸血鬼なんだもん」
「だよな。私もマルセルについていこうか。ついでにブリトニーも」
エレナはそう言ってブリトニーの方を見る。疲れている様子のブリトニー。唐突にエレナから指名され、一瞬だけ戸惑う様子を見せた。
「は? あたし? 確かに電磁波だって扱えるんだけどさあ」
と、ブリトニーは不服そうに言う。
「電磁波も光も変わらねえ。電磁波を弄れるあたり、応用してみれば光だって出せるんじゃねえの?」
「そうだねえ、確かにできるよ。このところずっと熱しか扱ってないわけだけど、一応吸血鬼相手に戦えないこともない。けどさ、あたしの戦闘力にはあまり期待しないことだ」
ブリトニーは言う。これでも彼女は1年半ほど前までは戦いと無縁な生活を送っていた。イデア能力こそ発現していたが、それを戦闘に使うようになったのも1年半ほど前のこと。それ以前の彼女はベーシストであって、魔物ハンターなどではなかったのだ。
「そうだな。私がフォローできる分はする。で、ルナティカとヘンリクはメルヴィンに任せる」
エレナはそう言って不敵に笑う。
「じゃ、行こうか。私らはあくまでも援護。マルセルに何かあれば手を出す。私ならその気になれば吸血鬼との殴り合いもできる」
エレナとブリトニーは立ち上がり、階段を上って地上に出る。そこから向かうのは――タリスマン刑務所。
「策があるのならいい、これから刑務所に向かう」
マルセルは言った。
「俺達もついていくぞ。さすがに1人にはできない」
ユーリーも声をかけ、立ち上がる。3人はタリスマン支部の寮を出るのだった。
ユーリー、クリフォード、マルセル。3人はそれぞれのことを考えていた。が、何よりも今やることはマルセルを呼んだ人間あるいは吸血鬼を討つこと。
タリスマン支部を出て少しした頃だった。ユーリーはとある人物から襲撃を受ける。
その斬撃は鋭く、よけようとしたユーリーも浅い傷を負っていた。ぱっくりと開いた傷からは赤い血が流れ出る。そのときの気配はユーリーもよく知っている。知っているからこそ、ユーリーは叫ぶ。
「クリフォード! マルセル! 先に行け!」
夜のタリスマンに響くユーリーの声。ユーリーは斧を持ち直し、次の斬撃を受け止めた。金属音が響き、ユーリーの視界に現れるジェラルドの姿。そして、彼の得物である鍵型の刃物。
「よう、ユーリー。タリスマンをここまで荒らした気分はどうだ?」
ユーリーの斧を振り払いながらジェラルドは言う。
「最高の気分だぜ。やっと俺が俺に戻れたって感じだ」
と、ユーリーは言ってイデアを展開する。灰色の胞子のようなものが展開される。これだけでは脅威ではないと知っているジェラルドは得物を再び振りぬいた。ユーリーはジェラルドの動きを読んで左側に回り込む。獲物を振りぬいたジェラルドには隙がある。ユーリーが狙ったのはその隙だ。
すると、ジェラルドは得物を消して左手に持ち替える。イデアで作り出す得物ということは出し入れも自由であるということ。だが、ユーリーはすでにジェラルドの懐にまで入り込んでいた。そして、ユーリーは斧を捨てる。
「相当舐められてるみてえだな……」
ジェラルドは言う。が、ユーリーとの距離は得物で攻撃するにはあまりにも近すぎる。ジェラルドはこのとき、はじめて焦りを覚えた。
そのままユーリーはジェラルドにつかみかかり、投げた。
「ユーリー……」
「喋るんじゃねえ」
ユーリーはそう吐き捨てるとジェラルドにのしかかり、両肩を抑え込む。ジェラルドは抵抗するも、ユーリーの膂力を前にしては何もできない。
――素の力でも、イデアを展開した状態でも負けちまう。そうだった、ユーリーを敵に回すときは……
「ジェラルド……」
ユーリーは呟いた。そんな中でもジェラルドはどうにか抵抗しようとイデアを展開しなおすが――展開したところで意味などない。長柄武器を扱うジェラルドだが、近すぎる距離ではそれを振るうこともままならない。それに加え、今はジェラルドの自由も封じ込められているに等しい。得物を振るったところでユーリーに掠ることもない。
「悪かった……俺が悪いことをした! だから……」
「それは本気で言ってんのか?」
ユーリーは声を絞り出した。
過去の記憶を見てしまったユーリー。もはやユーリーに許すという選択肢は残っていなかった。展開されたイデアは少しずつ青く染まってゆく。
「お前は……」
ユーリーは声を絞り出す。
――俺は自分の手で元の仲間を殺している。スティーヴンもクヌートもそうだった。それでよかったんだろうか。
ユーリーはジェラルドの顔を見た。すでにジェラルドは事切れていた。口には青色のカビが生えており、ユーリーの能力で死亡したことは明らかだ。
失われた命は戻らない。ユーリーはまた、元の仲間を殺した。