18 超越したような何か
ブリトニーとイアン。2人はいち早くタリスマン支部にたどり着こうと足を急がせる。
早くいかなければ、早くトロイを仕留めなければ、と。
――我が友よ。彼らはおそらく取るに足らないだろう。
タリスマン支部から少し離れた教会の廃墟。赤い棺のビジョンを出したトロイはノイズだらけの声を聞き取った。
「ああ、そうだね。彼らは運命を変えられるやつらではない。私の運命もね」
トロイ――眼鏡をかけた方のトロイ・インコグニートは言った。
廃墟の中にはだれもいない。ここからも地下に通じているものの、この出入口は鍵がかかっている。そして。鍵と内部――地下通路からの分岐先について知る者はトロイとケイシー以外には存在しない。
ドアが蹴破られる。破壊したのはイアン。ブリトニーは彼の後ろでイデアを展開し、敵が現れるのを警戒していた。だが――
タリスマン支部の構成員、親衛隊どころかトロイの作り出すレヴァナントさえも現れない。人の気配もなく、そこはまさにもぬけの殻。
「どういうことだ……」
と、イアン。
「さあな。あいつらの本拠なんだから人がいたっておかしくねえよ。あるいは罠か」
ブリトニーは答えながら索敵のために電波を四方八方に放つ。だが、それでも敵らしき気配どころか人の気配がない。それに似た吸血鬼の気配だって。そこから導き出される答えは一つ。
「多分やつらはここにはいない。罠を仕掛けた様子もなけりゃ、待ち伏せした様子もねえんだよ。あたしらが遅かったんだろうな」
ブリトニーは続ける。
「なるほど。それで、君はこれからどうするんだ?」
「情報を共有する。誰もいねえ状態でユーリーやマルセルが突入したところで何もできねえよ。それにだ。もし、あたしらとユーリー達がまとまったところを叩かれたら?」
「……それもあり得る話だ」
イアンは何かに気づいていたようだった。
そんなイアンの後ろで、ブリトニーは携帯端末を出してルナティカに電話をかけていた。
『いいところに! 大変なんだよ、アディナが私たちを裏切った。一緒にいたのはイザベラ』
電話に出たルナティカも冷静でいようとしていたが、どこか焦っていた。
「は……? 何かの間違いじゃねえの? ほら、アディナはあんまり人と関わろうとしなかったけどさァ……」
ブリトニーはここで言葉を止めた。
――人と関わろうとしないことそのものが怪しかったんだ。人と関われば情が湧いちまう。そうすれば裏切るに裏切れなくなることだってあるからな。それで、イザベラっていうと。
『何?』
「そのイザベラって人。タリスマンのヤツか?」
『そうだね。イザベラもやたら私に執着するしトロイに何かしようとしていたみたいだけど。あいつ、多分まだ何か隠してるよ。少なくともトロイの味方とは言えないかも』
電話口のルナティカは言う。
イザベラとアディナの関係についてはブリトニーもよく知らない。そもそも、2人の接点がどこにあったのかも。
「だからってあたしらの味方でもねえだろ。一緒にいたアディナが裏切ったんならな」
『それはそうだね』
とルナティカ。
「こっちにも伝えることがある。タリスマン支部にはだれもいない。罠かもしれないが、内部には少なくとも」
『本当に?』
ブリトニーが言うと、ルナティカは聞き返す。
『私が投獄される前、あることを知った。タリスマン支部にいる模造の魔族エリュシオン。普段は私も知らない場所に幽閉されているはずなんだけど』
ルナティカの口から出た魔族という言葉。ブリトニーはよく知らなかったが、人間ではないことだけわかる。
「で、エリシオンだっけ? そいつがいるなら居場所を探し出してぶっ殺すまでだけど」
『多分、あんた達だとできない。マルセルなら戦えるかもしれないけど。だから今言っておくね。夜までにタリスマン支部から離れて。じゃないと、エリュシオンに殺されるかもしれない』
ルナティカは焦っているようだった。
「殺される……わかったよ。このことはユーリー達にも伝える」
と、ブリトニーは言って電話を切る。
横たわるクヌートの遺体。その傍らでクリフォードは目を丸くする。
電話の相手はブリトニー。彼女から聞かされたのはタリスマン支部にはだれもいないということ。そして、エリュシオンという存在。
電話を切ったクリフォードは放心状態のユーリーに声をかける。
「その状態のときに言うことじゃないかもしれないが、エリュシオンを知っているか?」
と、クリフォード。『エリュシオン』という名を聞かされたユーリーは何か忌まわしいものでも思い出すような顔――いや、それ以上に大変なものを思い出したような顔をした。
「あ……ああ。最近思い出したことだが、恐ろしく強いヤツだ。13年前にディサイドに潜伏していた魔族と同じくらい強いという話だぜ。俺は見ただけで戦ったことはねえけどよ」
ユーリーは答えた。
「どんな姿だった?」
「桃色の長い髪。俺みてえな体格の男だったな。両手を拘束具でつながれて。人間扱いなんてされていなかったぜ。人間なんかと比べていいほど生ぬるいヤツでもねえ……人間も吸血鬼も超越したような何かだったよ。見た目は人間だったが雰囲気が人間じゃねえ。生体兵器なんじゃねえのか……?」
ユーリーは答えた。
「そこまで大変な相手なのか」
「そうだな。俺達に仕向けられたら、最悪俺達は死ぬ……。斃せるとしたらお袋かシオン会長、それかグレイヴワーム支部のエレナって人くらいか。それだけやばい相手だ」
ユーリーの母――ケベラ・クライネヴァか魔族を斃したことのあるシオン、もしくは最強ともうわさされるエレナしか歯が立たない相手となれば相当なのだろう。クリフォードも眉間にしわを寄せた。
「なあ、お前のカビでどうにかなったりはしねえのか?」
クリフォードは尋ねる。
「それはできねえな。魔族は吸血鬼のモデルになった種族なんだが、その吸血鬼に俺の能力が通用しなかったわけだ。いや、通用したにはしたんだが、生命力と再生力が強すぎて殺すまでには至らなかったくらいか。魔族にも恐らく同じ結果になる。吸血鬼に通用しないだけなら試す価値もあったんだがな」
そのときのユーリーはもどかしそうだった。
「仕方ないだろ。その辺は悩むところじゃないぞ。一先ず、俺達はマルセル達と合流しろって話だ。恐らく、マルセルがエリュシオンと戦うことになるみたいだ」
と、クリフォード。それを聞いたユーリーは目を見開いた。
――まさかマルセルを犠牲にするのか?
「地下でマルセルと合流するぞ」
ブリトニーがエリュシオンをエリシオンと言っていますが、誤字ではなくブリトニーの言い間違いです。