15 殺さなくてはならないのね
アディナは窓から外を警戒していた。この本拠の場所が割れていれば洒落にならない。特に今はヘンリクとルナティカを守らなければならないのだから。
「守る、か。そういうことを考えたことなんてなかったよ」
アディナはルナティカに話しかける訳でもなく、呟いた。
一方のルナティカは心なしかピリピリしているようだった。まるで、ここに招かれざる客が来ることを見抜いているように。
「ルナティカ。何か相談したいことがあれば意見くらいは出せるはずよ」
「いや、その必要はないよ。だって……」
ルナティカはそう言って口をつぐむ。
「なら良かった」
アディナは多くを語らない。まるで、意図的に何かを隠しているようだった。初対面だったルナティカもそれには薄々気づいていた。むしろルナティカだけが見抜いていたのかもしれない。
「……そろそろか」
アディナはルナティカやヘンリクに聞こえない声で言った。
10秒後――
爆発音と煙。本拠の裏側が爆破された。
そんな非常事態でも落ち着いた様子のルナティカ。彼女が睨み付けていたのはアディナ。そして。
「隠していたんでしょ? 会長にも、私たちにも、皆にも」
ルナティカは言った。
「なっ……何を言っているの? 私は……」
「隠すならもっとしっかり隠すこと。ヘンリク、いくよ」
と、ルナティカ。
ヘンリクは事前に何かを聞いていたようで、ルナティカが退避したのを見計らって煙弾を投げた。煙が室内に充満し、2人は地下への入り口の場所へと急ぐ。
アディナは一人、本拠のリビングルームだった場所に残される。そのときだった。
「取り逃したのぉ? ま、アンタだからやらかすと思ってたんだけど」
爆破された場所からずかずかと本拠だった場所に上がり込む一人の女。彼女はメッシュの入った白い髪を靡かせてアディナの前に現れる。
「申し訳ないけれど、はめられた。ルナティカは思いのほか手強いのね、イザベラ」
「まあね。ていうか、ルナについてはアンタじゃなくても取り逃して不思議じゃないからぁ。それだけあいつは先を読むし人を使うのが上手いってこと。なんで執行部にいなかったんだろうね?」
イザベラは呆れたように言う。
「それで、私達はルナティカの確保に失敗した。どうするの?」
と、アディナ。
「えぇ、そりゃまずはギャングどもの残党の抹殺かなぁ。私達の仕事って秩序を保つことでしょ?」
イザベラは言う。
彼女の口から出た秩序という言葉に一瞬だが動揺するアディナ。だが、それはイザベラやアディナのいるはずだった場所では当然のこと。アディナは平常心を保とうとしていた。
「殺さなくてはならないのね」
――私は人と深く関わることも許されないのか。それでもいいのだけど。
アディナは半ば諦めたようだった。
煙が晴れない中、イザベラとアディナは本拠の外に出た。その瞬間、アディナは目を疑った。
バイクに乗ったエレナとその後ろのメルヴィン。作戦のために出払っていたはずのメルヴィンがどういうわけか本拠に戻ってきている。
「どういうことだ。何が起きているんだ、アドリエンヌ」
メルヴィンもまた、動揺を隠せないでいた。
「その……」
「お前たちの本拠を爆破したんだよ。本命はこうして逃がしちゃったけどね?」
言葉に詰まるアディナをよそに、イザベラは何のためらいもなく言った。
「外道……アド……アディナもなぜこんなことを。止めることもできなかったのか……?」
メルヴィンの言葉はアディナの心に突き刺さる。
本来、メルヴィンの存在など想定されていなかった。所謂イレギュラー。彼の存在でアディナの計画は狂っていった。
「と……止められなかった。ええ、そうよ。私は結局この人一人止められなかった」
アディナは言う。
「違うでしょ? アンタも共犯者なの、認めなよ。同郷だとか、過去だとか、私には関係ないもん」
共犯者。それはイザベラとアディナの関係性を示す最も簡潔な言葉だった。が、メルヴィンはそれを信じられなかった。いや、信じたくなかったのだ。
疑ってもそれは願望でしかない。事実は疑いようもなく目の前にあるのだから。
「で、お前らの目的聞いとかねえとな。目標って誰だ? それにお前ら、何者?」
動揺しているメルヴィンを押しのけてエレナは言う。
「我々は執行者。鮮血の夜明団の秩序を守る者。それでルナティカが必要になって彼女を狙っていたってわけよ。まんまとはめられちゃったけどね!」
隠すこともなくイザベラは言う。
彼女が執行者であることを、アディナ以外の人は知らなかった。そもそも彼女は執行者であることを何年も隠しながらこのタリスマンの地にいたのだ。
そしてアディナも。ドラゴンランド支部に所属していながら執行者で。しかも、この作戦には自ら志願した。
「困ったねェ。こいつら、今すぐにでも始末したいところだがやっちまうと今度は私の首がいろんな意味で飛びそうだ」
エレナは言う。
「脅しのつもり? 悪いけど本気で意味ないから」
「違うぜ。私、これでも本気で悩んでるんだ。今くらい見逃してくれたってお咎めはねえだろ」
そう言いながらもエレナはその手にチャクラムを取ろうとしていた。イザベラはそれを見て言う。
「どうせ悩んでなんかいないくせに。だから引いてやるよ。まだあっちでの仕事が残っているから」
イザベラはそう吐き捨てると踵を返して本拠から去る。アディナもまた、イザベラについていくのだった。
「辛いだろうな。まさか、よりによってアディナが裏切っているとは。本当に、嫌なものを見せてしまって申し訳ないよ」
イザベラとアディナが去った後、エレナは言った。
「ああ……」
メルヴィンは生返事をするだけ。
今はイデアで補っているものの、重傷を負っているメルヴィン。それに加え、アディナの裏切りによって彼は憔悴している。
それについてはエレナも危機感を覚えていた。
「休めよ。ヘンリクとも連絡が取れるんだからな」
「……そうさせてもらう。俺が今戦ったところでまともにやれる自信がない」
と、メルヴィンは答える。
メルヴィンとエレナは本拠から地下に入り、ヘンリクやルナティカとの合流を図るのだった。