9 3番目に危険な町(挿絵あり)
舗装されていない道を車が進む。その車が向かう先が『レムリア大陸で3番目に危険な町』こと、タリスマン。
後部座席に座るユーリー、クリフォード、アディナ、マルセルの4人はそれぞれで銃やクロスボウを持ち、襲撃者に備えていた。車という密閉して移動し続けている空間においてはユーリーやアディナの能力など使いづらい。
4人は無言で外を見張っていた。
紅葉した木々の間を抜けて、車は進んでゆく。一行の目的地まで――
「目的地に近づいてきたみたいだ。まだレヴェナントらしきものはいないみたいだが」
助手席に座っていたゲオルドは言った。彼の言う通り、レヴェナントらしきものもいなければ敵襲もない。気づかれていないのかはたまた敵の罠にはめられているのか。
警戒心を解かないまま、一行は目的のエリアまで到達する。
その場所は、タリスマンの町の近郊――ガルガリン地区。比較的裕福な者たちが集まり、ある程度の治安とインフラは保証されている。一行はここでヘンリクと合流する予定だった。
「調査からヘンリクが戻るのは今日の夜。会うのは明日になるみたいだ」
予約していたホテルの前で車を降りると、ゲオルドは言った。
タリスマンの町、ネビロス地区の外れ。『廃棄所』と呼ばれる場所がそこには存在していた。この廃棄所は殺された人の遺体が放棄される場所として使われ、また麻薬の取引なども行われていた。
その近くには洋館がある。洋館は空き家とも幽霊屋敷とも呼ばれているが、その実態を知る者はほとんどいない。
廃棄所に立ち入るのは零とヘンリク。
2人は何も麻薬の取引や死体の放棄を目的としてここにやってきたのではなく、調査のためにここに立ち入った。
――ネビロス地区でも『レヴェナント』がいたるところでうろついていた。彼らは麻薬取引をする者をこぞって襲い、食い殺していた。損傷が軽い者はほどなくして起き上がり、辺りをうろつき始めた。奇妙な点は、彼らが襲う者を選んでいるように見えていたこと。彼らは麻薬取引や暴行やスリなど、悪行を行う者だけをターゲットにしているようだった。
廃棄所に積み重ねられているといわれていた死体は一部を残して消えていた。噂とは異なり、死体の放棄される廃棄所は混沌としていない。
そこにあるものといえば、合成麻薬と首を食いちぎられた男の死体だけだった。
「ヘンリク。これを見て思うことはあるか? 」
零は言った。
「ああ。ここに残っている死体は白骨死体と、損傷が激しいものばかりだ。あとは、胴体と頭部が離れたもの。おそらく、死体からもレヴェナントを作ることができるのではないかと踏んでいる。生きた人間がどうなのか、という話だが。生きた人間も死んだ人間もレヴェナントにできる能力があるんじゃないか? 」
「イデア能力、か。確かに死体そのものを操る魔法はあっても、人間に感染させるものは見たことがない。可能性は高いと思う」
ヘンリクが言い、零が返す。
2人が見た光景は魔法によるものだとは考えられなかった。
「だねえ。記録を取っておこうか。ユーリーたちに報告しないといけない。素性が分かっただけでもいいけど、本音としてはレヴェナントを作り出しているヤツを特定したかったところだ」
ヘンリクはそう言ってカメラを出した。
――錬金術師の扱うそのカメラは、フィルムでもない。錬金術師にも細工することのできない特殊なものだ。
ヘンリクはカメラのシャッターを切り、廃棄所の様子を記録する。
「やれやれ。アニムスの町近くの廃棄所とは雰囲気が違いすぎるな。なんというか、こっちの廃棄所はいろいろと闇が深い。昔の産業廃棄物だってあるみたいだからねえ」
ヘンリクはため息をついた。
「はっきり言ってここまで凄い場所だとは思わなかった。早いところここを出よう」
2人は廃棄所を後にする。
そんなとき、2人がその目に見たのは緑髪の女。彼女は誰かを探しているようで、廃棄所を横断し、ネビロス地区に向かっていった。
――死体を持ち去った男は見つからない。だいたいどこにいるのかは予想がついたが。
その女、ブリトニー・ダーリング。フリーの魔物ハンターであり、クレヴィック所長の依頼で死体持ち去りの犯人を追っていた。彼女に指示を出していた男は、テュールの町で犯人を探知している。
ブリトニーは派手な色の上着のポケットから端末を出し、電話をかけた。
「……ギルモア?あたしだよ。ヤツを追って今は廃棄所のはずれにいる。ただね、ヤツは見つからない。もう一回探知してくれる? 」
『了解だ。とりあえず、非常事態に陥るか俺がヤツの居場所を伝えるまで電話は切るな』
ブリトニーの耳にギルモアという男の声が入る。
「こっちも、了解だ……いや、1回切るよ。敵襲だ」
電話を切ったブリトニーは端末をポケットに入れ、そのジッパーを閉じた。
彼女の目の前に現れたのは生ける屍。アンデッドやリビングデッドの類だ。
ブリトニーは臨戦態勢に入り、彼女の周囲にはイデアが展開された。
そのビジョンは虹色の五線譜と音符。かつて彼女がとあるバンドでベーシストをしていたことを如実に語るような見た目だった。
「おーおー、来たか。確かこの辺りにレヴェナントとかいうやつらが出たんだってな。誰が元凶だか知らねえが、あたしの目の前に出てきたことを後悔しな。死体持ち去りについては、取り戻すことを考えなくていいって言われたからな」
生ける屍――タリスマンの町の何者かが作り出したレヴェナント。彼らはブリトニーに群がる。
「ハエみたいにたからなくてもいいんだぜ。そんなことしなくても、あたしが相手してやるんだからなあ! 」
ブリトニーは左手を前に突き出し、そこからイデア――電磁波を生み出すものを放った。虹色の五線譜は透明となる。だが、それは見えない矛。ブリトニーによって放たれた見えない電磁波は、レヴェナントたちを内部から焼き尽くした。
「引くなら今だぜ。引かなきゃ、全方向にこれを放つ! 」
爆ぜるレヴェナントたちに背を向け、ブリトニーは再びイデアを可視化した。
次は――
レヴェナントたちは引く様子を見せなかった。ブリトニーは指先から膨大な電磁波を放出した。1度目とは比べ物にならない、廃棄所を焼き尽くさんとする災害級の電磁波。
レヴェナントは、次々と爆ぜて焼け焦げた。
肉の焼ける臭いに鼻をつまみながら、ブリトニーは屍人の残骸の上を歩く。
「結局、ヤツはいなかったか」
ブリトニーはネビロス地区を確認すると再び電話をかけた。
「いやあ、ごめんよ。敵襲で電話を切るしかなかった。それがさ、敵が面白いヤツでな」
電話口のブリトニーはどこか楽しそうだった。
彼女にとってもさきほどまでの敵は興味の対象だった。挑発しておきながらも、チャンスがあれば捕縛して調べてみたい、と。だが、現実はそうもいかず彼女の周りにはレヴェナントの残骸が積もるだけだ。
『どんな敵だったか?もしレヴェナントだとするならヤツの目的にたどり着けるかもしれない。特徴を言ってくれ』
「ああ、そうだねえ。人とは思えなかった。自分の意思をかろうじて保っているが理性のかけらも存在しねえ。あとは腐臭。人間が腐ったようなね」
『ブリトニー。犯人捜しは中断して、ゲオルド・ムーアと合流するんだ。いずれ彼らと目的が一致するはずだ』
ギルモアの口調が変わった。
「ゲオルド・ムーアってーと、レヴェナントをぶっ殺すために派遣されたやつらのリーダーだろ。あたしがそいつと合流すりゃあいいってわけだな」
『そうだな。健闘を祈るぞ』
ギルモアはそう言って電話を切る。
ブリトニーはネビロス地区に出た。いつになるか彼女自身もわからないが、ゲオルドらを待つことにした。