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みひら

 校外学習から一ヶ月が経つ。春子さんが周りを牽制してくれたおかげで、ぼくはクラスカーストで下になることはなかった。中くらい、いてもいなくても気にされないくらいのちょうどいい位置だ。友達はできなかったが、別にそれはどうでもよかった。

 春子さんという初恋の相手が、同じ学校の中にいる。それだけで活力になるというものだ。

 男というのは得てして単純らしいが、一般人に輪をかけて臆病なぼくも、その例外には漏れなかったらしい。




 ただ、あんまり他学年と交流する暇がなくて、あれ以来春子さんにはめっきり会えていないが。鉢合わせても、あちらが覚えているかどうかもわからないので、ぼくはまた会おうなどという考えには及ばなかった。甲斐性なしと笑われるだろうし、臆病者だと後ろ指を指されるかもしれない。けれど、六年も生きれば、大体自分の気質はぼんやりでも定まってくるもので、ぼくは精神面に関しては親に驚かれるほど成長が早いものだから、とかなりの早さで諦めていた。

 そんなぼくが健全な小学生男子のように外で暴れるなんてことはするはずもなく、教室で本を読む派であるには違いなかった。

 けれど、そんなぼくにだって、外に出る趣味はあった。

 それは、花だ。

 ぼくは花が好きだ。花が咲いていると、訳もなく嬉しくなる。笑顔が零れる。花は何も言わないから、ぼくはほんの少しだけ、花の前では強気になれる。

 そんなぼくはある日のこと、思い切って、学校の花壇に水やりをしよう、と朝早く登校した。

 朝早くしたのは、なんとなく見られると恥ずかしい気がしたからだ。いくら花の前では強気になれるといっても、それは雀の涙程度に過ぎず、「男のくせに花が好きとか女々しいー」などと言われようものなら、二度と花壇という花壇に近づかないレベルのトラウマになること請け合いだ。賭けてもいい。

 ぼくは弱い人間だなぁ、と思いながら水やりをする。マリーゴールドなんかが眩しく輝く季節。初夏が訪れ、自己主張強めの花が増えてくるだろう時期だけれど、やはり花が喋るなんて奇っ怪なことは起こらず、ぼくはやはりほんの少しだけ強気でいられた。

「お花さん、ずっと綺麗なままでいてね」

 そんな叶わないことだって口にできる。花はいつか枯れるものだ。それでも、せめてものお願い、というやつができるだけで、ぼくは満足だった。まさしく自己満足だ。

 けれど誰も邪魔してこないこの時間はぼくにとって尊くて、非常に充足感のあるものだった。

 花に囲まれていれば、悲しい気持ちも忘れられる──ぼくは一週間くらい、そう思っていた。

 それが突き崩されたのは、朝のことだった。

 朝早い時間なのに、登校してくる児童がいて、ぼくは「花に話しかけるイタイ小学生」と思われたくなくて、咄嗟に物陰に身を隠した。

 ちら、と人が来た方を覗き、息を呑む。春子さんと夏帆さんだ。相変わらずぎっちり恋人繋ぎの手。きっと夏帆さんはその意味を知らないで指を絡めているのだろう。

 胸がぎゅう、と、掃除のときに絞る雑巾みたいにされるような心地がして、ぼくは嗚咽になりそうな咳をこらえるのでいっぱいいっぱいになった。──どうしたって、この初恋は叶いっこない。まさしくそのことを見せつけられているような心地がして、眦に何かが滲む。

 ぼくは弱い、と思った。物語に出てくる主人公はこんなに弱くない。ただの一度や二度、片想いを思い知らされたくらいで泣いたりなんかしないのだ。ぼくは生憎とそんな「主人公」になる素質を持ち合わせていなかったらしい。

 それから逃げるように如雨露を片付け、予鈴が鳴るまでトイレに引きこもって泣いた。

 ぼろぼろに泣き腫らして教室に行くと、みんなから怪訝そうな目で見られた。先生も心配したらしく、いらぬ呼び出しを食らった。ぼくがいじめを受けていると勘違いしたらしい。

 とても皮肉なことにそんなぼくへのいじめは、ぼくが泣いた原因である春子さんが抑止力となって、ぼくにははたらかなかったのだが。


 席替えをして、窓際の席になって、ぼくはあの日から水やりに行くのをやめて。休み時間にすることもなく、ぼーっと窓の外を見ていた。

 すると、ぼくとは違って、窓の外を見ることを目的として乗り出していたクラスメイトが、すげぇ、と感嘆の声を上げる。

「あの人今三人抜きした」

「いやいや四人抜きだろ。背高いね」

 そんな何気ない言葉に引きずられて、ぼくは窓の外、校庭を集中して見た。校庭では上級生の男子が集って、サッカーをしているらしい。……男子?

 背が高いと言われたゴールを決めた人物を見直す。見覚えしかない。男子と似たり寄ったりの格好をしているその人は見間違えようもない、春子さんだ。

 男子の中に女子一人で混じるとは、勇猛果敢な方だ、と尊敬していると、昼空に一人の女子の歓声が響く。

「ひゅーう、春子、さっすがぁ!」

 よく通るその声も聞き覚えがあった。夏帆さんだ。校庭に繋がる階段に集った観戦者の中にいるのだろう。春子さんは口笛吹けないんだったら囃すなよ、といった感じのツッコミをしているのが見えた。本当にそう言っているかはぼくの想像だからわからないけれど、相変わらず仲のいいことだ。

 また、ちくりと胸が痛み、ぼくは窓の外を見るのをやめた。本当は春子さんの更なる勇姿をこの目に納めたかったけれど、露骨すぎる夏帆さんとの仲良し感にぼくの心が試合終了まで保つ気がしなかったので、図書室から借りた面白くもない本を読み耽ることにした。

 これも、ぼくの弱さなんだろう。



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