第一章06 化物と癒し
すでに崩れつつあるし、毎日投稿はやめだやめ。週二三回ペースで頑張るぞい。
『魔法』と一言で言ってもその超常の力には階級と、多数の種類が存在する。
まず、一段階魔法。最も初歩的で簡素な魔法で、ただ簡易的な現象を生み出すだけのものだ。例えば、火を起こしたり、水を生み出したり、といったことができる。それ以上の発展は、二段階魔法以降でなければ発動できない。その二段階魔法は、一段階魔法で生み出したものを精密にコントロールしたり、打ち出したりできる。
三段階魔法は、二段階魔法の規模と威力を向上させたものだ。人を殺めることすら可能な威力を持つため、この段階から、発動制限(この場所で発動すれば、厳罰が課せられる等)がかかり、教授されるのに年齢制限がかかるようになる。
四段階魔法は才能ある貴族ですら個人で行使することができる限界の魔法で、最大まで力を伸ばせば、村一つを壊滅に追い込むことすら可能であるという。行使できる人間は少なく、発動制限が重くのしかかる。
五段階魔法からは個人戦では使い物にならないレベルで大規模な力が振るわれる。その代わり、詠唱にかかる時間が四段階魔法までの比ではなく、個人での行使は魔素の個人貯蔵量を考えても不可能に近い。そのため、基本は大人数で同様の呪文を同時に読み上げる形になる。対軍魔法とでもいうべきそれらは、その別名の通り、戦争での行使が主な使い道となる。そんな対軍魔法をも超えた先、最大魔法・第八段階魔法は、被害を最小にしても大陸一つ。そのまま発動すれば、地上全てのものを破壊しかねない威力を持つという。当然ながら現代で実際に行使された記録はない。呪文が遺されてもいなければ、使用できる人物もおらず、伝説上にしか存在しない魔法であるとされる。
また、属性については、大きく分けて、火、水、風、土、心、助、光、闇の計八つもの種類がある。先天的に適性を得る者もいれば、後天的に適性を得る者もいるという。どちらであろうと、一人の人間が生涯で行使できるのは、二つの属性までである。
「・・・・・・豆粒程度の火しか出せない俺って、本当に才能ないんだろうな・・・・・・」
フィーリア様に貸し与えられた魔法学・知識分野の書物の、まとめ部分を見ながら、ため息混じりに呟く。
最も初歩的な魔法すら残りカス程度の力でやっと発動できる俺は、平凡をそのまま具現化したような存在だ。しかし、我がご主人様はそうじゃない。フィーリア様はすでに、三段階魔法の基礎に足を踏み入れているとか。実践には、年齢制限上、来年の学園入学を待たねばいけないので、現在は二段階魔法のまとめの時期にも入っている。まぁ、所謂天才という奴らしい。勉学の方は御世辞にも優秀とは言えないが、それも俺が毎朝作っている紙切れが少しは役立ったのか、多少成績がよくなっているらしい。つい最近フィーリア様の家庭教師にお菓子とともに御礼された。なんでも、進みが悪くて困っていたのだとか。・・・・・・別の家庭教師に変えた方がよくないか?ヴラド。
それは別としても、やっぱり二段階魔法の先っちょくらいまでは使えるようになりたいものだ。ジジイは風魔法の使い手のようだったが、最低でも三段階魔法まではマスターしていた様子。森の樹木に一切手を触れず切り倒すその姿に、よく憧れたものだ。
そこまで考えていたところで、扉がノックされる。・・・・・・来たか。アイツだ、アイツに違いない。
「スカイ君。おはよー」
お察しの通りフィヨルドなんだよなぁ・・・・・・。昨日稽古をすっぽかすことに成功したので、そのままうやむやにして習慣をぶち壊せると淡い期待を抱いていたのだが。
「起きてるでしょ?さ、外へ出ようか」
引きこもりの台詞じゃねえよクソ。
心中悪態をつきながら、渋々剣を掴み、扉へ向かった。
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「このまま稽古をうやむやにできるとでも思った?残念、俺はこれからも君のところへ通い続けるよ」
見た目が無駄に美男子で、ヤサシソーな笑みを浮かべているだけに、後半は女性が言われればキュンキュンしそうな台詞ではあるが、残念なことに俺は男であり、この人の黒い部分をほんの少しとはいえ知っているので、全くときめかないし、むしろ寒気を覚えるくらいだった。後、笑顔ならフィーリア様の方が何倍も似合うし可愛い。
「私の観察、もう終わったんでしょう?なのに何で、まだ私のこと構うんです?」
上段から放たれる剣を、こちらは横に構えて受け止める。間髪入れず足払いが来るので、それを見越したのと体格的にやや押されぎみな今の状況をリセットするべく、後ろへ回避する。
「スカイ君、俺と稽古してて気がつくことない?」
まだまだ成長しきっていない短めな俺の足で回避できる距離などたかが知れている。すぐに踏み込んでくるフィヨルドに対応するべく、剣を構え直して、全神経を彼の挙動一つ一つに集中させる。
「何が、ですかっ・・・・・・!」
吸い寄せられるように滑らかな払い。その狙う先は、どうやら俺の胸部であるらしい。滑らかすぎるが故に読みやすい、彼の剣の軌道に己のものを割り込ませ、しばしの均衡状態が生まれる。しかし、すぐに体格的にも筋力的にも俺より勝るフィヨルドが力押しし、バランスを崩される。
「うおっ・・・・・・」
「君、俺に張り合えてきてるんだよ」
「へ?」
「最初は初撃の勢いを殺すのすらままならなかったのに。今じゃあ、時々俺の方が危ない時がある。これで体格が大差なかったら、俺とっくに負けてるよ?それが君を稽古に誘う理由。君と剣を交えると、俺もいい特訓になるからね」
言われて、初めて気づく。確かに俺はフィヨルドの動きを読んだり、受け止めたりを当たり前のように行えるようになっていた。
「君、魔法の才能はさっぱりらしいけど、近接戦闘の勘は凄まじいと思うよ。いくら独学とはいえ、一応それなりの年月剣振ってる俺のこと、押し始めてるんだから。俺の動き、全部目で追えてるでしょ?」
「は、はい・・・・・・」
「あーもう。やっぱしフィーリアの従者にしとくの勿体ないなぁっ!どう?俺と一緒にさ、将来戦場に出ない?武勲挙げようよ」
「嫌ですよ、そんな危険なところ。それに、私がその申し出受けるって言ったら、フィヨルド様、また私のこと消そうとするのでしょう?浮気者とか仰って」
「あはは。――――――勿論」
やめて。怖い。睨まれるのより怖い笑みっては何だよ。笑顔に殺気を混ぜ込むな。
どうやらこの人もまた、フィーリア様大好き人間であるらしく。愛する妹のことをとってもとーっても大切に思っているようだった。シスコンめ。
「従者である以上は、ある程度体が動かないといざというとき主人を守れないけど、その点じゃあ君は特訓次第で化けそうだよね。俺みたいな超二流相手とはいえ、素人段階で動きが見切れるようになってるんだから」
「は、はぁ」
正直急に、お前は勘がいい、とか言われても、嬉しいどころか反応に困る。というか、特訓しだいで化けそうって・・・・・・こいつは俺に何かやらせようとしているのだろうか。
どこか不穏なものを感じる。すごく嫌な予感がする。
「じゃあ、そういうわけだからさ。俺、後で父さんに話してみるから。いい師匠が見つかるといいね!」
「は?」
案の定だった。そういうわけだからさじゃねえよ。どういうわけだよ。
そんな俺の心中の疑問に、フィヨルドは笑みを浮かべたまま答えた。
「今言った通りだよ。君に戦いのセンスがあるとわかった以上、フィーリアの従者として、あの子を守るためにも、それを伸ばさない手はないね。俺も、独学じゃあ無理があるなと思って、そろそろ誰かしら先生捕まえてこようと思ってたし。いい機会だよ」
・・・・・・いい機会じゃねえよ。
いつまでもニヤニヤと笑みを浮かべるのを止めない美男子を心中で睨みつけながら、こいつが何かよからぬ行動を起こさないことを切に願うのだった。
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案の定だった。
「おはようございま」
――――――扉はすぐさま閉めた。
は・・・・・・?え?今、部屋の前にすごい強そうなおじさんが立っていたんだが。
大柄で、その身長は男性平均を軽く飛び越えていた。髪は短く刈り上げていて、顔には大きな傷跡。冒険譚で主人公に立ちはだかる山賊の親玉ばりの威圧感だった。思わず扉を閉じてしまった。
あんな奴知らない。この屋敷で見たことのない人物だ。一応従者という立場でこの家に居る俺なので、使用人一同の顔は大方覚えている。そのどれにも当てはまらないどころか、この場にいるよりも戦場で猛威を振るっていそうなくらいの化物だった。
しかしこのまま扉を閉じたままでいるわけにもいかない。フィーリア様を起こしに行かなければならないし、遅かれ早かれこの部屋を出なければならない。
「ど、どちらさまでー・・・・・・」
そっと扉を開ける。隙間から顔を出せば、やはり場違いな男が威圧感を放ち、佇んでいた。
「ひぃっ」
再び反射的に、生存本能のようなもので扉を閉めようとすると、大男はその大きな手で、ぬっと扉を掴み、固定した。ひぃっ!力つええっ。
「おっと。逃げないで下さい。そんなとって食べようなどという考えはありませんよ」
「・・・・・・は?」
男の口から発されたと思われるその声の響きは、存外優しげなものだった。え?こいつがしゃべったのか?
「初めまして。グラセリオス・インクリエスタと申します」
俺が硬直している合間、男はペコリと頭を下げ、なんだか強そうな名を名乗り、凶悪そうなその傷顔に笑みを浮かべながら、顔を上げた。
視線が、あなたも名乗ってください、と脅しか・・・・・・訴えかけてきたので、恐怖に押しつぶされそうになりながら、こちらも頭を下げた。
「あ・・・・・・は、はい。俺・・・・・・いえ、私は、スカイと、申します。この屋敷のご令嬢、フィーリア・グランヒール様に仕える従者を、務めさせて、いただいて、おり、ます。あの、この屋敷の方ではありません、よね?ご用件をお伺いしても、よろしい、でしょう、か?」
たどたどしく、男の威圧感に晒されながら、なんとか用件を問う。
「おや?聞いておりませんか。私は、スカイ君。あなたの鍛錬のため、ここに参上した次第ですが」
さも不思議そうに、何人も人を殺していそうなその顔と共に、首を傾げてみせる。
瞬間、喉が硬直し声も出ず、その分だけ心が激情に震えた。目の前の大男ではなく、この状況を作り出したであろう一人の青年への。
「・・・・・・」
フィヨルドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!!!!!!!!!
どうやらフィヨルド様は俺の剣の師匠を見つけてくださったようです絶対ぶん殴ってやる。
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今日に限って、フィヨルドは早朝稽古の誘いに来なかった。庭に一人で出たわけでもないようだった。ついに解放されたのかと嬉しさでニヤついていた矢先、グラセリオスとか言う化物が俺の部屋を訪れたのだった。どうやら、昨日俺に言っていた話は実現したらしい。仕事が早すぎる。
しかし、いつになってもフィヨルドは庭に訪れず。化物と低身長のガキんちょというミスマッチが、庭の空気をより不穏なものにしていた。
重々しい雰囲気の中、ようやくグラセリオスが口を開いた。
「して、スカイ君。君は、剣の腕に関しては、からっきしだそうですが、どこまでできるのです?」
からっきしなやつが、何かできるわけねえだろ。
などと返すことは怖すぎてできるはずもなく、いまだ彼の威圧に慣れない俺は、たどたどしさそのままに言った。
「え、えぇと・・・・・・フィヨルド様の剣を捉えるくらいは」
「なるほど、駄目駄目ですね」
「は、はいっ、すみません」
とりあえず謝っておく。少しでも口答えしたら殺されそうだ。なぜこんな人間を派遣した、フィヨルド。
「そんなに縮こまらないでほしいですね。先も言った通り、私はスカイ君に剣を指南しにこの場へ参上しました。その君が、本調子でいてくれねば、こちらとしてはやりづらい」
「は、はぁ」
「―――――――その態度のことを言っているんだ。もっと堂々としなさい」
一瞬だった。ほんの一瞬だが、彼の気配が変わった。
殺気。それまでの威圧感など自然体だとでも言いたいかのようなレベルで、凄まじい気迫を感じた。後数秒続いたら、恐怖で失神していたかもしれない。
「は、はいぃっ!!わかりました!シャキッとします!」
殺される殺される殺される殺される殺される。
姿勢を正し、ピンと背を張り、なんとか及第点に持ち込もうと努力する。
「ふむ、多少は改善されましたな。では、そろそろ始めると致しましょうか」
「はいっ!よろしくお願いいたします!グラセリオス様!」
殺されたくないので元気良く従います!
「様は不要。呼び捨てでも、指南役でも。簡単に御呼び下さい」
「で、では!指南役と!」
「よろしい。では、剣を構えなさい」
「はい!」
「――――――――行きますよ」
「っ・・・・・・!」
気配が変わる。先の一瞬ほどではないが、凄まじい気迫。自然、体が震え上がり、肌が泡立つ。思考がまとまらなくなる。それほどの、オーラ。
「行く、と言っても、私から仕掛けるようなマネはしません。君から来なさい。私に一太刀でも入れられれば、その時点で君の勝ちです」
指南役は、剣を地面に置いた。それなのに、まったくハンデになっている気がしなかった。まるで別のことを考えているかのように隙だらけの棒立ち。そのはずなのに、矛盾しているかのように、隙を感じなかった。
・・・・・・勝てない。一瞬で悟った。しかし、命じられた以上は、仕掛けないわけにはいかなかった。
「っ行きます!」
バッと地を踏み、飛び出す。正面に剣を構えたまま指南役の前にまで駆け、上段から振るう。が、右に瞬時に回避され、勢いそのままの俺の脚は払われる。そのままコケけ、顔を地面にたたきつける。
「ぐげっ」
「いやはや、この程度ですか。多少体は動くようですが、肝心の動かし方がなっていない。今する話でもありませんが、ここが戦場ならすでに十は死んでいます」
・・・・・・こちとらまだ十一で剣だってほぼ独学なんだよ。無茶言うんじゃねえ。
「甘ったれるな。君の年齢など関係ないのです。私が呼ばれた以上は、相手が子供だろうと容赦はしない」
・・・・・・この人も俺の思考が読めるわけですか。
顔面を思い切り打ちつけた痛みから涙目になりながら、なんとか顔を上げる。すると、指南役がこちらに手を貸そうとしていたので、それを制して木刀を支えに体を起こしにかかる。戦ってる真っ最中の相手に、手を借りるわけにはいかないだろう。
自力で立ち上がると、ほう、と。何やら感心するかのように、指南役が息を漏らした。
「心構えはそれなりにできているみたいですね。誰の教えでしょう」
「・・・・・・私の育ての親ですかね。大切なことは、すべて彼から教わりました」
「いい親をお持ちだ。今後も、その人の教えを忘れてはいけませんよ」
「はい。ありがとうございます」
ジジイのことを褒められるのは自分のことのように気持ちがいい。もう二度と会うことはできないけれど、あの人と過ごしたことは、あの人に教わったことは、言われなくとも絶対、忘れはしない。
「・・・・・・続き、お願いします」
少しくらくらする頭を振り、いくらかマシになったのを感じながら、再び剣を構える。ジジイの話題になったからか、いくらか指南役の前に立つのに余裕が持てるようになってきた気がする。我ながら単純だと思った。それと同時に、見返してやろう、なんていう、浅はかな挑戦心も宿る。
「やっと調子が出てきたみたいですね。来なさい」
「はいっ!」
とりあえず、フィヨルドに抗議するのは後回しだ。この人に一発ぶちこんでやる。
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斬りかかっては、倒され。悪い部分を指摘され、再開。その繰り返しが何度か続き、転倒時の受け身が上手くなってきた頃。
「ふっ・・・・・・ふっ・・・・・・」
息も絶え絶え。頭は目の前の化物のことしか考えていない。眼前に立つ大男を見定め、チャンスはないか、隙はないかと意識を集中させ――――――、
「――――――ここまでです」
「・・・・・・ぇ?」
指南役のその一声で我に返った俺は、間抜けな声を上げる。
「そろそろ時間ですね。君には君のやるべきことがあるはず」
「あ!」
頭が急速に回り出し、自分がフィーリア様の従者であることを思い出す。己の役目すら頭の隅に追いやって忘れてしまうくらいに、張りつめて没頭しきっていた。まずい、今何時だ。
あわてる俺を宥めるように、優しく指南役は言った。
「安心しなさい。まだ一時間ほどしか経っておりません。本日はこれまでにしましょう」
たった一時間程度の付き合いだけれど、多少威圧感こそあれ、この優しい雰囲気が、彼の素であるのだと分かった。
優しさには礼儀と誠意を。初対面の様に萎縮することはもうせず、指南役の目をまっすぐ見据えた後、頭を下げた。
「・・・・・・はい。ありがとうございました」
「いえ。確かに、動きは荒削りが過ぎますが、伸び白がある。反射神経もなかなかのものだ。鍛錬を続ければ、君は化ける」
存外の高評価だった。あんなに転倒して、一度もこの人に剣で触れることは叶わなかったというのに。
「・・・・・・フィヨルド様にも言われたのですが、私は、剣を扱うのに向いているのでしょうか」
視線を一度、右手で握りしめた一振りの剣に落としてから、尋ねる。
魔法が素質的にも使い物にならないのなら、俺の武器になるのは今現在この木剣一本だ。それでさえ、俺は素人に毛が生えたものでしかない。フィヨルドの言うとおり、何か不測の事態があった際、主人を守るにたる力は、俺には全くない。
「向く向かないは最終的にはその者の気概次第です。剣の才があろうと、人を斬るのに躊躇する者はいますので。ただ、才能の観点で言っているのでしたら、スカイ君はそれなりの力を有しているでしょう」
「たった一時間で、それも素人相手なのに。そんなこと、わかるんですか」
「素人相手だからこそですよ。その人生来の性質が如実に浮き出る。君の動きはまっすぐだ。それ故に読まれやすいし、考えも足りない。逆境ではそんなことを考える暇などないかもしれませんが、反射的に相手の裏をかける動きというのも、身に着けてみたらいい」
「・・・・・・」
どうやらフィヨルドとヴラドは相当な手練れを呼び寄せてしまったらしい。見た目だけじゃない、いや、見た目以上に。この人物は、強大だ。
「では、明日も同じ時間に」
「はい!ありがとうございました!」
地べたに置き去りにしたままだった剣を拾い、そのまま一礼した後、指南役は屋敷を出て行った。
完全に姿が見えなくなるまで見送った後、どっと疲れを感じて、その場に座り込んだ。
「・・・・・・何者だよ、あの人」
「グラセリオス・インクリエスタ。戦場の鬼とまで言われた、すでに引退済みの大英雄さ」
「フィヨルド様いつからいたんですか・・・・・・」
背後の少し離れた場所から忌々しい声が聞こえたので、一瞬顔をしかめてから、振り返る間に取り繕って、後ろを向く。案の定、底の見えない笑みがトレードマークの美男子がこちらに手を振りながら突っ立っていた。
「ていうか、一緒に稽古受けるんじゃなかったんですか。なんで私だけ捕まってたんですか」
「ごめんごめん、言ってなかったね。君は朝。俺は夜って形で、稽古受けるんだよ。流石に君は夜稽古してから寝るとかしたら、身が持たないだろう?フィーリアも、君と寝る前に雑談するの、楽しみにしてるみたいだからね」
も、っていうか、フィーリア様のこと最優先だろあんた。俺の身が持たない云々はどうせ後付だ。本当に俺への被害だけで済むなら、こいつなら平然と俺を夜の稽古に付き合わせるに違いない。しかし、朝に稽古するというのもどうかと思う。正直今体は汗だくで疲れ切っている。この疲れを残したまま、一日を過ごさねばいけないのは、結構辛い。明日は筋肉痛確定だろう。
「それはそうと、大英雄・・・・・・?」
フィヨルドが口にした言葉の気がかりだった部分を持ち出す。
「そう。あの人は、数々の武勲を上げて暴れ回った、戦場の鬼。俺の知る限り、現在雇える人材の中で、最強の戦士だと思うよ」
なんつう化物呼び寄せてんだ。
「まあ、引退済みだけどね」
「引退済みって・・・・・・そんな年には見えませんでしたけど」
ついでに言えば、どこかの村で大虐殺図ってそうな顔してましたよ。
「ああ、うん。確かに、見た目はまだまだ生気がみなぎった感じだよね。でもあれ、六十一歳なんだよ」
「ハァ!?六十一ぃ!?精々三十代後半じゃないですかあの見た目!」
脳裏に殺気を放つ、山賊の親玉とでも言うべき化物を思い浮かべる。若々しいなんてもんじゃないぞ、肉体衰えなさすぎだろ。
「あれで本人的にはかなり衰えてるらしいからね。まあ、そのおかげで俺たちは指南を受けられるわけだけどさ」
「・・・・・・私は別に受けたかったわけではな」
「何か言った?」
「・・・・・・何でもないですよ」
指南役とは別のベクトルの恐怖を、フィヨルドの笑みから感じた俺だった。逆らったら殺されるんだろうなぁ、ほんとの意味で。
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「今日は一日元気がなかったわ。どうしたの?」
心配してくれているらしく、すでに舟をこぎかけている俺の顔を覗き込むフィーリア様。あぁ・・・・・・やっぱり根が優しいな、この人は。
場所は俺の部屋。時間帯は夜である。今頃フィヨルドが稽古を受けているのかもしれないが、暗くて窓の外はよく見えない。クソ、あいつがズッコケてるところ見たかったのに。
「あー・・・・・・はい。ちょっと場違いな方が剣の指南に来まして・・・・・・」
早朝にあった出来事をかいつまんで伝える。一語一句逃さぬように、と言った様子で俺の話に耳を傾けてくれるフィーリア様。こういう時親身になってくれるところは、フィーリア様の美点である。
「・・・・・・大丈夫?痛いところとかないかしら」
話し終えると、心配そうに目を細めて、俺を気遣ってくれるフィーリア様。
「開口一番にそう言っていただけるだけで満足です。お気遣い本当に身に沁みます」
フィヨルドとは大違いだよクソ。アイツなんて疲れた俺のことずっとニヤついた顔で見てたからな。指南役、どうか今晩はアイツのことボッコボコにしてやってください。
「スカイも疲れてるみたいだし、今晩はあんまり話し込まない方がいいかしらね・・・・・・」
残念そうに、座っていた椅子から腰を上げ、扉へ向かおうとするフィーリア様。俺に引き留めてもらおうなんて打算は微塵もなく、ただ純粋に俺と会話できないことを悲しんでくれているみたいだった。
それ故に、罪悪感は凄まじい。
「別に、話し込むくらいいくらでもいいですよ。ていうか、そんなのもう今更じゃないですか。今まで散々俺の睡眠時間奪ってきたんですから、気遣いは不要ですよ」
「そう?じゃあ、まだいていいのかしら」
雰囲気が打って変わり、嬉しそうに振り返る我がご主人様。懐きすぎだろ。
「全然。いくらでも」
「何だか今晩のスカイは優しい気がするわ」
「今晩優しいのはフィーリア様ですよ」
互いに互いの言動がおかしくなり、あはははっ、なんて、笑う。やはりこの人の話しているときが一番心が弾む。
「トランプしてみない?眠ければ、いいけど」
「あっ、いいですね。でも、ルール知らないのばかりで・・・・・・」
「いいわ、やれるならルールは私が教えるから。ふふっ、誰かとトランプなんていつ振りかしら」
ああ、癒されるよ、フィーリア様の笑顔。最近どんどんフィーリア様に取り込まれていっている気がする。いや、気のせいだ。
最初からトランプするつもりだったらしく、隠し持っていた大量のカードを取り出した。それが、彼女と俺の目の前に交互に撒かれていく。分け方から察するに、どうやらババ抜きをするらしい。流石にこれは俺もルールを知っている。・・・・・・最後に悲しい発言があった気がしたのは、きっと気のせいだろう。・・・・・・一人でトランプしてたのかぁ。
「あれ?でも、ババ抜きって二人でできるんですか?」
「できるわ。最後の駆け引きが楽しいの」
「へぇ・・・・・・」
確かに、よくよく考えれば二人きりでもできる遊びではある。ババのなすりつけ合いだな、顔に出やすい俺で相手になるだろうか。
不安になりながら、俺たちは互いに揃ったカードを捨てていった。
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「ふふっ、また勝ったわっ」
「・・・・・・俺、向いてないですよこれ」
全戦全敗。ボコボコにされた。まあ、フィーリア様が満足そうなのでよしとしよう。・・・・・・本格的に思考回路が危なくなってきてるな、俺。
己の今後に危機感を覚えていると、閃いたとばかりにいきなりフィーリア様が胸の前で両手を合わせた。
「そうだわ!これから毎晩、二人でババ抜きをやりましょ」
「俺をいじめ倒す気かあんた」
自分に有利な土俵の上で相手と闘い続けるとか卑怯すぎるだろ。
そんな考えは、次の瞬間不服そうに頬を膨らましたフィーリア様に取り消された。
「違うわよ。ほら、スカイってすぐに顔に考えていること、出ちゃうでしょう?」
「・・・・・・否定はしません」
というか、ガバガバすぎる。何度自分の個人情報を自分の口と顔で漏洩させたことか。
「そのトレーニングよ。遊びながら、あなたの感情をコントロールできるようにするの!どう?」
さもいい考えでしょ、みたいに自信満々に言うので発言の不備を指摘してやりたい気持ちになったが、これと言って目立っておかしな点もなく、内心舌打ちしながら、素直に肯定してやる。
「んー・・・・・・まあ、いいアイディアなんじゃないですかね」
「じゃあ決まりね。明日もトランプ持ってくるからっ、寝ちゃだめだからね」
「はいはい」
俺の為と言いつつ、何気にこの人が一番楽しんでる気がするのは何でだろうな・・・・・・。
ぞんざいに返事しながら、はしゃぐフィーリア様の絵になるな、なんて、かなり歪んだ思考回路で考える俺だった。
なんとか一万文字越えたぜ・・・・・・長期連載ファンタジー作品書いてる作者さんは化物揃いなんだなって思った。